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10話 依頼

 ゴーゴーと唸りを上げ強い風が吹き荒れ、大粒の雨が閉じられた鎧戸を激しく叩き、バシバシとけたたましい音を立てている。

 10月、関東に直撃する進路で上陸した大型の勢力を誇る台風7号。

 昼過ぎから荒れ始めた天候は夜の九時を回っても未だに衰えず、家の外ではその猛威を遺憾無く奮っていた。


『すごい音だね〜』

『そうだなご主人』


 俺とマーリンはベッドに寝転び、テレビに映し出された台風情報のテロップを眺めながら相互共有(リンク)で会話していた。

 日頃の魔法修行とマーリン自身の成長によって僅かながらに魔力が増え、こうして修行時以外でも相互共有を行う余裕が出来つつある。

 こうした持続性魔法を使い続ける事も立派な修行の一環で有り、魔力を増やす為にも良い訓練になる。

 最終的にはより上位魔法で有る常時共有(オーバーリンク)を使える様になり、常に意志の疎通をしかも距離に関係無く行う事が出来る様になるのだ。

 しかしマーリンがそこまで行くにはまだまだ魔力の絶対量が足りず、今後の成長に期待と言ったところだ。


『そろそろ寝ないと、座学でまた居眠りするぞ』

『分かってるよ〜でも、こう煩いと眠れないかも……』


 口では雨風の音が煩いからと言っているが、マーリンの心からははっきり不安と恐怖の感情が伝わって来る。


(相互共有してる時に強がっても仕方が無いだろうに……しゃーねーな〜)


『ご主人、今日はこっちで寝て良いか?』

『どうしたの? いつもは誘っても嫌がる癖に……あ〜分かった、怖いんでしょう』

『ああ、そうだよ! ほらさっさと相互共有を切って寝るぞ』

『ファウストは甘えん坊さんだね! 仕方が無いな〜』


 言葉とは裏腹にホッとした表情を浮かべながら、いそいそと寝支度を整え明かりを消し布団に潜り込むマーリン。


『おやすみファウスト』

『おやすみご主人』


 就寝の挨拶を終えると共に相互共有は解除され、マーリンは俺を抱き締めたまま寝る体勢に入る。


「おやしゅみファウスト……」

(全く手間の掛かるご主人だ……おやすみ)


✳︎


「ファウストおはよー、すごく良い天気だよ!」


 鎧戸を開き外の様子を見たマーリンが、寝不足でややグロッキーな俺に向け開口一番そう告げて来る。

 一夜明け、その日は昨日の喧騒が嘘の様に鎮まり、朝から雲一つない青空が広がっていた。

 俺達が暮らす家にはさしたる被害も無く、強いて言うなら俺がマーリンに何度か潰されそうになったおかげで、あまり寝れなかったと言う程度だ。


(眠い……マーリンの寝相は相変わらずだな……)


 気を抜けば眠りに落ちてしまいそうになりながら、何とか意識を保とうと顔を何度も擦る。


「ファウストいくよー、ゴハン〜ゴハン〜」


 さっさと着替えを終えたマーリンは元気一杯の声を上げると、朝食の支度が出来ているであろうリビングに向かって部屋を出て行ってしまった。

 最近では流石に俺を抱っこして移動する事も無くなった訳だが、今日に限ってはそうして欲しかった。

 正直眠過ぎて動くのが億劫な程だ。

 このまま二度寝するか? とも思ったがそうすると朝食を食いっぱぐれる。

 空腹と寝不足のダブルパンチは、流石に身体が保たないだろう。


(行くか〜……)


 重い身体を引きずる様にしてマーリンを追いかけリビングへ向かうと、入り口付近に来ただけで既に芳しい香りが漂って来る。

 その香りを嗅いだだけで俺の腹はクゥ……と小さな自己主張を奏でた。


(うん、やはり朝はきちんと食べないとな)


✳︎


 朝食後。本日も午前中は座学な訳だが、寝不足で腹も一杯になった俺は早々に睡魔との戦いを強いられていた。

 そして今にも負けそう、寧ろ負けて楽になりたいまで思う程だ。

 しかしそんな事をイザベラが許すはずも無く、意識を失いかけた瞬間を見計らう様に容赦なくデコピンを見舞って来た。

 そしてそんな俺を見てニヤニヤ笑いを浮かべるマーリン。

 よし決めた、もう何が有ろうとマーリンとは一緒に寝てやらない。

 そう心に深く刻むと再び無謀な戦いへ赴く、が返り討ちにされその度イザベラからの教育的指導を受ける。

 そんな事を何度か繰り返した頃、テーブルの上に置かれたイザベラのスマホが小刻みに振動しブブブっと音を立てた。

 スマホの画面には“リュウ君”と表示され、同時に映し出された受話器のマークが電話の着信を表していた。


「何かしら……少し席を外します」


 イザベラがスマホを片手に部屋を出ると、直ぐに話し声が聞こえ始めた。


「どうしたの?」

「……」

「今仕事は休んでるって知ってるでしょ?」

「……」

「そう……分かったわ、今回だけ特別よ」

「……」

「うん、じゃあまた後で」


 隆一(りゅういち)の声は聞き取れなかったが、話の雰囲気からするとイザベラへ本業の依頼らしかった。

 しかも仕事を休んでいる彼女を動かす程度には、緊急を要する内容の様だった。


「急な仕事が入りました、本日の授業はここまでとします。

 ……と思いましたが、残りの時間は実地研修にしましょう。

 マーリン支度して来て下さい、汚れても良い服装でね」


 部屋に戻るなりそう切り出したイザベラは、言うだけ言うと自分も準備のため部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された俺とマーリンは何事かと顔を見合わせるが、今はイザベラに従うしか無さそうと結論付け、急ぎ準備を整えに向かうのだった。


✳︎


 俺とマーリンはイザベラの運転するジムニーシエラに揺られ、一路現場へ向かい移動中だった。

 イザベラの格好は車弄りの時に使うツナギにトレッキングブーツ、長い髪は纏め上げ紺色のキャップに収められている。

 およそイメージの中の魔法使いとはかけ離れた出立ちだが、そもそも魔法使いに決まった格好など無く、免許交付時に手渡される、『魔法使い協会』のロゴ入りキャップを身に付ける事だけが人前で魔法を使う際の決まりとなっていた。

 三日月をバックに箒に跨り空を飛ぶ、ローブにとんがり帽子を身につけた魔法使いの姿、そんな抽象的な姿はキャップにプリントされたロゴ位にしか残っていないらしい。

 免許を持たないマーリンは更に自由で、ジャージに運動靴それにピンクのリボンが付いた麦わら帽子と、まるで庭先で遊ぶ子供と言った感じの姿だった。

 町を出て峠道を登り方面に向かい暫く走ると、警察車両と消防の車が道を塞ぎ一般車両をUターンさせているのが見えて来る。

 手前の空き地にはテレビ局の中継車が停まっており、道端ではマイク片手のレポーターがカメラに向かい、真面目な顔で何かしら喋っていた。

 更に近付けば、警察官や消防士の中に混じり町役場職員の姿もちらほら見え始め、イザベラの運転する車を停止させるため一人の警察官が進み出て来るが、それに気が付いた隆一が警察官を引き止め代わりにこちらへやって来る。

 

「イザベラさん、わざわざすみません」

「私は構わないけど……リュウ君大丈夫?」


 隆一の姿はスーツの上を脱ぎ、ワイシャツにスラックス、手には軍手をし足元はゴム長と、慌てて準備をしたのかかなりチグハグな格好をしていた。

 疲労の浮かぶ顔には所々泥がこびり着き、髪の毛は汗でしっとりと湿っている。


「僕は大丈夫。現場はもう少し行った先です、一応安全は確認しましたが警戒は怠ら無いで下さい」

「分かったわ、後は私に任せて少し休みなさい」


 それだけ言うとイザベラは車をスタートさせる。

 隆一が前方に向かい片手を上げ合図を送ると、道を塞いでいた警察車両が僅かに動き車一台通れるだけの隙間を作る。

 車をゆっくり前進させながら慎重に通り抜けミラー越しに後方を確認すると、丁度隆一の元へ駆け寄る女性職員の姿が見えた。

 多分、以前話に出て来た隆一を食事に誘った女性に違いないだろう。

 その女性職員は隆一の顔をタオルで拭いたり、飲み物を渡したりと甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 表情は良く見えないが、隆一への好意を隠そうともしていない風に見えた。

 

「あら、良い娘そうじゃない。リュウ君にお似合いね」


(うわ……隆一、報われない奴)


 報われる報われない以前に、イザベラへ対し自分の気持ちを打ち明けていない隆一自身のせいでは有るが、それでもある程度の同情は禁じ得ない。

 側から見ていてあれ程分かり易いのに、隆一の気持ちに何故イザベラは気が付かないのだろうか……


「これから行う仕事の内容を説明します」


 先程までとは打って変わり、真面目な表情でイザベラが口を開く。

 どうやら仕事モードに入ったらしい。


「私達の仕事は道を塞いでいる土砂を取り除き、道路を開通させる事です」

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