「脱出」
「脱出」
ノワールの冷酷な拷問に耐えかねたシマリスは、とうとう、すべてを認めて自白した。
それは、ノワールが糾弾した通りの内容だった。
シマリスは、ヤァスと取引をしていた。
その指示通りに動く代わりに、なるべく早期に、少なくともシマリスの一族や仲間たちが冬眠に向けて多くの食料を得なければならない秋には、その故郷である山に帰すと。
山に何としてでも帰りたがっていたシマリスはその取引に乗り、ヤァスに命じられて和真のことをずっと監視していた。
これまでに何度か和真とシマリスは遭遇していたが、それにはこんな理由があったのだ。
おそらく、ゲームセンターで長野を捕獲する作戦も、シマリスが和真のあとを人知れずつけてきていて、監視していたからできたことに違いなかった。
シマリスは和真が監獄に帰ってからも監視を続けていたが、そんなシマリスに、ヤァスは新たな命令を下した。
囚人たちに「和真を殺せば早期出所できる」という噂を広め、その噂に興味を持った囚人たちには、大きく鳴り響くサイレンが[狩り]を開始する合図であるということを伝えた。
囚人たちがチートスキルを使えるように、和真に用意されたのと同じ、チートスキルを無効化する機能を持たない首輪を手配したのはヤァスの手引きによるもので、シマリスは詳しいことは知らないのだと言った。
拷問によって得られた証言は一般的に、証拠として認められることはない。
厳しい拷問による苦痛から逃れるために嘘の自白がなされるということ考慮して、普通はそのように扱われる。
だが、シマリスの言葉は、すべて真実であるようだった。
その内容はかなり具体的で、当事者でなければ知り得ないような情報ばかりだったし、シマリスの切実な口調は、真実を話していると思わされるものだった。
「オイラは、山に帰りたかっただけなんだ! 」
すべてを話し終えると、シマリスは涙ながらにそううったえた。
「オイラがいなけりゃ、山のみんなは冬を越せない! いや、今だって、お腹を空かせているかもしれない! オイラはみんなをお腹いっぱいにしてやらなきゃならないんだ! 」
そして、思いのたけをすべて吐き出したシマリスは、「頼む、見逃しておくれよぅ」と、すすり泣きながら懇願する。
そんなシマリスに、ノワールは優しい声で言った。
「もちろん。ミーも約束は守る。こう見えて、監獄側にツテもある。必ず、お前が山に帰れるように手配しよう。少なくとも、お前の一族と仲間たちが、飢えることのないように手配させてもらう」
その言葉に、和真も千代もピエトロも、ほっとしたような笑みを漏らす。
同時に、和真の頭の中では、(このネコ、何者なんだよ? )という疑念がわき上がってくる。
勢いと雰囲気に流されてシマリスへの拷問に協力してしまったものの、そんなこと和真は少しもやりたくなかったし、自分にそんなことをさせた相手が何者で、何を考えているのか気になるのは当たり前だった。
「さて。そろそろ、ここも危なくなってきたようだ。移動した方がいいだろう」
和真は不審の目でノワールのことを見つめていたが、ノワールはそんな和真の視線など無視して、顔を厨房の外へと向ける。
和真たちにも、囚人たちと、プリズンガード、プリズントルーパーが戦っている音が近づいてきているのが分かった。
どうやらプリズントルーパーたちの増援が監獄へと到着し、劣勢を盛り返して、囚人たちに反撃に出ているようだった。
このままここに留まっていては、囚人か、プリズンガードやプリズントルーパーたちのどちらかが食堂にも入ってきて、戦いに巻き込まれる危険が大きい。
「でも、移動するって、どこへ? 」
ノワールが現れる前に千代とピエトロがしていた会話を思い起こした和真は、ノワールにそう指摘する。
すると、ノワールはニヤリと笑って見せた。
「安心しろ。ミーが抜け道を知っている」
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抜け道を知っている。
そう言ってノワールが和真たちを案内したのは、監獄棟の建物に張り巡らされた通気口だった。
鉄筋コンクリート製で気密性が高く、規模も大きな監獄棟には、空気を循環させるための通気口が張り巡らされているようだった。
「遅れるな。慌てず、騒がず、静かに動け。そうすれば、安全な場所まで見つからずに抜けられる」
ノワールにそう指示されるまでもなく、和真たちは静かに、ゆっくりと進んでいった。
そもそも通気口の内部は人間がぎりぎり通れるだけの大きさしかなく、ゆっくりとしか進めないというのもあったが、何より、戦い慣れしていないメンバーだけしかいないので、他の囚人やプリズンガード、プリズントルーパーたちに気づかれるわけにはいかない。
見境なく、問答無用で攻撃されるかもしれないからだ。
道を知っているというノワールを先頭に、千代、和真、ピエトロの順番で、通気口を進んでいる。
ヤァスのスパイだったシマリスは今、千代の胸ポケットの中にすっかりおさまって、縛られたまま大人しくしている。
やがて、一行は監獄棟の外へと脱出することができた。
通気口の出口はちょうど監獄棟の屋外に設置された非常階段につながっていて、和真たちはその階段を使って監獄棟から脱出することができた。
監獄棟の周辺では囚人たちと監獄側の争いが続いているようだったが、囚人たちの目的が和真で、彼らは和真がまだ監獄棟のどこかに潜伏していると思っているらしく、その外側にまでは意識を向けていないようだった。
だが、注意は必要だった。
プリズンアイランドの基地から続々と増援のプリズントルーパーたちが駆けつけてきており、彼らに見つからないように隠れなければならなかったからだ。
どこまでヤァスの手が及んでいるのか分からない状況では、信用のできない相手と接触するわけにはいかなかった。
「こっちだ。安全な場所がある」
ノワールはタイミングを見計らうと、物陰から飛び出し、和真たちを先導してすばやく走り抜けていく。
和真たちはノワールを追って、姿勢をできるだけ低くしながら駆け抜けていった。