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「クラン」:3

「クラン」:3


 クラン・メンダシウムからの使者は、和真に[談話室で待っている]と言っていた。


 談話室はこれまでに和真も何度か利用したことのある場所だったから、すぐに向かうことができる。

 和真はやや緊張しながら、頭の中でこれから起こる出来事をできるだけシミュレーションしながら、談話室へと向かって行った。


 談話室は、一見するといつもと変わらない雰囲気に思えた。


 テーブルを囲むように配置されたソファに囚人チーターたちが腰かけ、おしゃべりをしたり、本や雑誌を読んでいたり、共有のテレビを見たり、映画を見たりしている。


 だが、和真はすぐに、違和感に気がついた。

 談話室にいる囚人チーターたちはみなリラックスしている風をよそおってはいたものの、和真のことをチラチラと見てきているし、何となく緊張感のようなものがあった。


 和真の懲役九百九十九年という刑期についての噂が出回り始めたころから和真は周囲の囚人チーターたちから注目されてはいたものの、今、談話室にいる囚人チーターたちから向けられている視線は、好奇のものではなく、嫉妬しっとのような、刺すような感覚のあるものだ。


 談話室に入ってすぐの場所で立ち止まり、周囲から向けられる視線に和真が戸惑っていると、談話室の奥の方から一人の囚人チーターがやってきて、和真のことを呼んだ。

 食堂で和真のことを呼び出した、使者だ。


「来い。奥で、ラクーン様がお持ちだ」

「は、はい」


 必要なことしか言わない使者に案内されて、和真は談話室の奥の方へと向かって行った。


────────────────────────────────────────


 監獄棟の最上階に作られている談話室の奥の方は、入り口の方からはあまりよく見えないこと、プリズンアイランドに存在する街の方を見ることのできる大きな窓があるおかげで、囚人チーターたちから人気のある場所だった。

 もちろん、死角にならないように監視カメラが設置されてはいるものの、ソファも少し品質の良い、クッションのよく効いたものが置かれている。


 そのせいか、そこはいつも囚人チーターたちによって占拠されていた。

 普段は早い者勝ちであるようなのだが、チータープリズンに収監しゅうかんされてから日の浅い和真はまだ、そこの座り心地が良く眺めも良いソファに座ったことがない。


 そこで、クラン・メンダシウムのリーダー、エルフのチーターであるラクーンが、和真のことを待っていた。


 ラクーンは、長身で容姿端麗ようしたんれいな見た目の男性だった。

 白銀の長い髪と、涼やかな印象のブルーグレーの瞳を持つラクーンは、心なしか常に光の粒を身にまとってでもいるかのように、あわく輝いて見える。


 元々エルフ族には容姿端麗ようしたんれいで長身な者が多いのだが、ラクーンはその中でも特別であるようだった。


 和真がやって来たことを使者から耳打ちされ、和真のことをラクーンが立ちあがって出迎えた時、和真はその姿に思わず息をのんだほどだ。


 だが、和真が自然にそうなってしまったのは、ラクーンの容姿が優れているからだけではなかった。


(こ、こいつは、絶対に凄いチートスキルを持っているに違いないっ! )


 ラクーンの姿を見た瞬間、反射的に和真はそう理解し、同時に、ラクーンから圧倒されるような威圧感を覚えていた。


 それはさながら、[自分の手では決して届かない、偉大な存在と触れてしまった]かのような感触だった。

 少しでもヘタな動きをしてラクーンの機嫌を損なえば、自分は[消される]。

 理性と本能の全てで、瞬時に和真にそう悟らせるほどのオーラを、ラクーンはその全身から放っているようだった。


「キミが、蔵居 和真くんだね。噂はいろいろと聞いている。ようこそ、歓迎しよう」


 身体がすくんで動けずにいる和真に向かってラクーンは優しく、優雅ゆうがに微笑みと、そう言って左手を差し出し、和真にソファに座るようにうながした。


 ラクーンに圧倒されてしまっていた和真は、言われるままにソファに座るしかない。

 一度は座ってみたいと思っていた高品質なソファだったが、緊張感のせいか和真はその座り心地が少しも分からなかった。


「緊張することはない。今日は、ただ、話をしたいだけだ」


 ラクーンはそんな和真の姿を見て微笑みを浮かべたまま、和真にさっそく、呼びつけた用件を話し出した。


 どうやら、ラクーンは和真のチートスキルについて知りたがっているようだった。

 懲役九百九十九年というデタラメな刑期を言い渡されるほどのチートスキルだから、よほど強力なチートスキルだと思われているのだろう。


 ラクーンを前にして(この人に逆らってはいけない)と肌で理解していた和真だったが、自身のチートスキルについての質問は、何とかのらりくらりとかわし続けた。

 [特別任務]について知られずとも、和真のチートスキル、[劣化コピー]のことを知られてしまえば、ラクーンたちに警戒され、彼らのチートスキルをコピーすることが難しくなるのではないかと思ったからだ。


 ラクーンと会話しながら、和真は、自分が談話室に入って来た時、そこにいた囚人チーターたちからどうしてとげとげしい視線で見られたのかについても知ることができた。

 今、談話室にいる囚人チーターはすべてクラン・メンダシウムに所属している者たちで、ラクーンと和真が落ち着いて話をできるよう、関係のない囚人チーターたちを人払いするために集められた者たちであるらしい。


 そして、大きな派閥であるクラン・メンダシウムでは、新参者がいきなりラクーンと話すことはまず、不可能なことであるようだった。

 ラクーンの質問をのらりくらりとかわし、本当に重要なことは話さないようにしている和真に向かって使者を務めた囚人チーターが怒り、ソファから立ち上がりながら「貴様、新参の分際で、ラクーン様と直接お話しできることは栄誉なことなのだぞ!? 」と怒鳴りつけてきたことから、それが分かった。


 つまり、他の囚人チーターたちは、いきなりラクーンから呼び出され、直接対話することになった和真への[特別待遇]を快く思っていないのだ。


 怒った使者と数人の囚人チーターに取り囲まれた和真は、もう、全部話してしまう他はないのではないかと追い詰められてしまったが、しかし、その状況から和真を救い出してくれたのは、ほかならぬラクーンだった。

 ラクーンは激昂げっこうした囚人チーターたちをなだめ、和真に微笑みを向ける。


「今日は、ひとまずはこれくらいにしておこうか。……だが、もし、キミが我々のクランに所属したいというのなら、私はそれを喜んで歓迎しよう」


 それは和真への明確な勧誘の言葉であり、同時に、今日のおしゃべりはここまでにしようという合図でもあった。


 和真はラクーンから放たれる威圧感と周囲の囚人チーターたちの視線から逃れるように、談話室を後にした。


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