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「管理部の人」:2

「管理部の人」:2


 管理部というのは、和真にとって、初めて聞く部署だった。

 和真がこのチータープリズンに収監しゅうかんされてからすでに二週間が経過しているが、そんな名前の部署があるとは知らなかった。


 それも、当然のことだ。

 監獄に収監しゅうかんされている囚人チーターたちには、必要以上の情報は一切、与えられないのだ。


 囚人チーターたちは、自分たちの日々の暮らしのスケジュールが誰によって作られているのか知らなかったし、監獄がどんな組織と体制で運用されているのかも知らない。

 ただ、絶対に間違ってはならないのは、獄長であるカルケルの定めた[ルール]に従い、プリズンガードたちに目をつけられるような目立った行いをしてはならないということだけだった。


「管理部、というのは、このチータープリズンを運営する、カルケル獄長以下の、実際の監獄運営にたずさわる部署、組織が、正常に働いているかを把握、管理し、監督するための部署ですね。このチータープリズンの設立にかかわったいくつもの世界から代表者が選ばれ、その職務をこなしています」


 和真の疑問を察しているのか、ヤァスは簡単に、管理部とはどんなものなのかを説明してくれる。

 それから、ヤァスは苦笑し、肩をすくめて見せた。


「もっとも、僕はオブザーバーとして参加しているだけで、正式な管理部の人間では無いのですけれどね。本当の管理部の人たちというのは、和真さんに判決を言い渡した裁判の際に、和真さんの周囲の席に並んでいた人たちのことです。ボクはオブザーバーなので、間接的に部屋の外のモニターで傍聴ぼうちょうすることしか許されませんでした」


 言われて、和真は、スーツを着た大きな熊人間のことを思い出す。


 アピスのようなエルフがいるように、このチータープリズンでは、和真が暮らしていた世界とは異なる異世界、物語の中にしか登場しないような場所からも、様々な人々がやってきている。

 収監しゅうかんされる囚人チーター、それを監視するプリズンガードやプリズントルーパーにも様々な人々がいる。


 そして、チータープリズンの運営状況を確認するための組織、部署である管理部も、様々な異世界から集められた人々で形成されているようだった。


「話、というのは、その裁判で和真さんが言い渡された、刑期についてです」


 初めて知ったチータープリズンの内情にあれこれと考えを巡らせていた和真だったが、ヤァスのその言葉で、緊張で身体を固くした。


 ヤァスもまた、アピスと同じように、懲役九百九十九年という刑を受けた和真のことを、嘲笑あざわらうのかと思ったからだ。

 だが、その予想は外れていた。


「実は、あの判決を提案したのは、ボクなんです」


 ヤァスの口から出てきた言葉は、和真にとって衝撃的なものだった。

 思わず和真は両手の拳を肌が白くなるほど強く握りしめ、奥歯を噛みしめ、ヤァスのことを睨みつけていた。


「アンタが、あんな、デタラメなことをっ! 」


 和真は今すぐにでもヤァスにつかみかかり、思い切り、その柔和な笑みを張りつけた顔面を殴りつけてやりたかった。


 実際に、そうしようとした。

 それができなかったのは、和真がヤァスに飛びかかるよりも、ヤァスが次の言葉を言う方が早かったからだ。


「ですが、和真さんの刑期は、大きく短縮することができます」


 刑期を、短縮する?

 その言葉で、和真はヤァスに飛びかかろうとソファから立ち上がりかけていた身体の動きを止めた。


「何なら、ほんの数週間から数か月程度で、出所することもできますよ。……ボクの提案する、ある[特別任務]をこなしてくれさえすれば、ですがね」


 そんな和真の様子を見て、ヤァスは笑みを深くし、そう言葉を続けた。


「どうです? 興味は、ありませんか? 」


 和真はヤァスのその言葉に、彼に対する疑念をより強くしていた。


 自分は、とても納得することなどできない、理不尽な刑期を言い渡された。

 そしてその後、気絶させられて、見たこともない場所に連れて来られ、そして、その判決を提案した人物と二人きりで、密室で会話を交わしている。


 その状況は、あまりにも不自然で、出来過ぎているような気がする。


 だが、和真は違和感を強く覚えつつも、ヤァスの提案に逆らうことができなかった。

 それは、あまりにも魅力的な提案だったからだ。


 この監獄から、元の日常生活へと戻ることができる。

 家族がいて、友人がいて、学校があって、退屈なあの日常に戻ることができる。


 その、突然和真の目の前に現れた、まばゆい輝きを放つ[希望]は、和真の思考を、感覚を、鈍らせる。

 和真はヤァスからの提案に違和感を覚えつつも、その疑念について、少しも考えることができなくなっていた。


「どうすればいいのか、教えてください」


 和真はほとんど悩むこともなく、ソファに座り直すと、ヤァスの方をまっすぐに見ながらそう言っていた。


 そんな和真の姿を見て、ヤァスは満足そうな笑みを浮かべ、紅茶を一口、口に含んで、ゆっくりと飲み込む。

 それからヤァスは和真の方へ顔を向けると、柔和な笑顔を浮かべ、いかにも[これは貴方のために特別に用意した案件なのです]とでも言いたそうな口調で、[特別任務]についての説明を始める。


「和真さん。貴方あなたに、やっていただきたいことがあるのです。……これは、和真さん、貴方あなたにしか、貴方が(あなた)がこれから目覚めることになるチートスキルを使ってでしか、できないことなのです」


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