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「呼び出し」:3

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 次に和真が目を覚ました時、そこは、見知らぬ部屋だった。


 木製の、落ち着いた印象の壁に、白を基調として細かな模様が描かれた意匠の天井。

 床には赤みの強いワイン色の絨毯じゅうたんが敷かれ、何だか高級感があった。


 和真が首を左右に巡らせると、そこはどうやら、何かの執務室のようだった。

 古い洋館にでもありそうな雰囲気で、様々な家具が置かれ、壁時計や絵画などが飾られている。

 照明は電気のようだったが、古いランプに外見を似せて作った照明であり、部屋のアンティークな雰囲気によく合っている。


 その部屋の中で、和真は大きなソファに座らされていた。

 正面にはコーヒーテーブルが置かれ、美しくみがかれた木目を見せている。


 まるで別世界へと連れてこられたような感覚に陥ったが、和真はすぐに現実を思い出すこととなった。

 何故なら、自分自身の両手には手錠がはめられ、首には相変わらず首輪が取りつけられていたからだ。


 和真は自分の状況を思い出して、憂鬱ゆううつだった。

 懲役、九百九十九年。

 たとえ死んでも、和真はここから出ていくことができない。


 急に、家族や、友人、学校のことが恋しくなってきた。


 和真はこれまで、家族、父親と母親のことを[わずらわしい]としか思っていなかったし、学校のことは、[退屈で無意味な場所]としか思っていなかった。

 それでも、友人たちとおしゃべりをしたり、一緒に遊んだりすることは好きだったし、いい思い出だってある。


 だが、和真はもう、その[ありふれた退屈な日常]の中へ戻ることができないのだ。

 あの、そこから抜け出したいと何度も考えた日々を、和真は永遠に失った。


「あら? ずいぶん、落ち込んでいるようね」


 失意の中にあった和真は、その声で、この場所には自分一人ではないということに初めて気がついた。


 視線を向けると、そこにはエルフの女性、アピスの姿があった。


 黒いローブを身にまとったいつもと変わらない姿で、和真の目の前にあるコーヒーテーブルを囲むように置かれているソファの一つに、脚を組んで優雅に腰かけている。

 その側には彼女の魔法の杖があり、そして、アピスの目の前には銀製のティーポットと、紅茶らしい飲み物が注がれた、ソーサーに乗せられたティーカップがある。

 部屋と同じようにそのティータイム道具一式はアンティークのような外観で、アピスの態度と相まって、[優雅な休憩時間]を演出している。


 だが、和真にとっては、何もかもが不快だった。

 良い香りのする紅茶は、和真の分はもちろん用意されていなかったし、アピスは失意の底にある和真のことを嘲笑あざわらうかのように、意図的に優雅な態度を見せていることがありありと分かるからだ。


 和真がアピスのことを睨みつけていると、その視線に気づいたアピスは、その美しい碧眼へきがんのおさまっている双眸そうぼうを細め、微笑む。

 自身の意図したとおりの反応を和真が示していることに、ご満悦なのだろう。


「なによ、どうしたの? [たった]の九百九十九年じゃない」


 アピスは愉悦ゆえつの笑みを崩さぬまま、そう言うとティーカップを手に取り、香りを楽しんでからゆっくりとそれを味わった。


 それから、アピスは和真のことを嘲笑あざわらう。


「ああ、そうだった。……あなたたち人間は、百年も生きられればいい方だったわね」


 和真は無言でアピスのことを睨みつけ、アピスは愉悦ゆえつゆがんだ微笑みを浮かべ続ける。


「あなた、そう、いくつだったかしら? 十五? 十六? あら、大変ねェ? せいぜいあと八十年も生きられればいい方じゃない? まぁ! ヨボヨボのおじいさんになって息を引き取っても、あと九百年も刑期があるじゃない! 」

「黙れよ」


 和真はわざと驚いたふりをするアピスに、思わずそう言っていた。

 それが、アピスを余計に喜ばせるだけだということは和真もよく理解していたが、しかし、とてもガマンすることなどできなかった。


 思った通り、アピスは和真のその言葉を聞き、その表情を見て、さらに笑みを深くする。


「ああ、素敵! 」


 それから、アピスは両手の手の平を自身の左頬の近くで合わせ、小さく首を傾げながら言った。

 美しいエルフがすると愛らしい仕草しぐさに思えるはずなのに、今の和真には不愉快でしかない。


「あなたたちチーターに思い知らせるのって、いつでも最高ね! はるばる、こんな世界までやってきて、本当に良かったって思えるわ! 」


 和真は、アピスに向かって怒鳴り散らりそうになるのを必死になってこらえた。

 これ以上、彼女を余計に喜ばせたくはなかったからだ。


 そんな和真のことを、アピスはなめ回すような、ねっとりとした視線で眺めている。

 「すべてお見通し」とでも言いたげな顔をしていた。


「さて。お遊びはこのくらいにして、お仕事をしなくちゃね」


 やがてアピスはそう言うと、満足したふうにティーカップに残っていた紅茶を飲み干し、ティーカップをソーサーの上に戻すと、杖を手に取ってソファから立ち上がった。


「大人しくしているのよ? バイバーイ」


 アピスは最後まで和真を挑発するような態度を見せると、部屋の出入り口の方へ向かって行き、そのドアの向こうに消えていった。


「くそっ! 」


 和真はそう悪態あくたいをつき、ソファに座ったまま身体を前のめりにさせた。


 頭を抱えたい気分だったが、手錠をされたままなのでそれもうまくできない。

 何もかもがいら立たしかった。


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