「呼び出し」:1
「呼び出し」:1
囚人が呼び出しを受けることは、あまりないことだった。
というのも、普段の生活であれば、囚人たちの行動は事前に定められたスケジュールによって厳格に管理されており、どこに行けばその囚人を見つけることができるのかがはっきりとしているからだ。
だが、一日のうちの大半の時間が自由時間となっている休日であれば、話は別だ。
監獄内にいるということは分かっていても、自由な行動が囚人には許されているから、どこにいるかまでは分からない。
だから、人手を割いてあちこち探し回るよりも、こうやって放送で呼びつける方が効率的なのだ。
和真はまず、収監された時に割り振られ、暗記しなければならなかった囚人番号で呼ばれ、それから、蔵居 和真というフルネームで呼ばれ、最寄りのプリズンガードの詰め所まで出頭するように、と指示をされた。
番号も和真が記憶しているもので合っていたし、名前もフルネームで呼ばれたのだから、和真が呼び出しを受けているので間違いない。
「ぅげっ。何で、呼び出しなんかされるんだ? 」
放送は三回くりかえされ、和真は嫌そうな顔をし、それから、不安そうな表情になる。
呼び出しを受けるということは、監獄側が和真に用事があるということだった。
和真はここ数日の間に何か呼び出されるようなことをした覚えはなかったし、以前に巻き込まれた事件については洗いざらい、監獄側に要求された通りに、自分の知っている全てを隠し立てせずにしゃべっている。
わざわざ呼び出される理由など、ないはずだった。
そのはずなのに、呼び出しを受けた。
そのことが、和真にとってはたまらなく不安であり、恐ろしく思えた。
だが、無視を決め込むわけにもいかない。
和真はこのチータープリズン以外のどこかへ逃げ出すことなどできなかったし、たとえ呼び出しを無視したとしても、最後にはプリズンガードかプリズントルーパーたちによって、手荒く連行されるしかないからだ。
乱暴な扱いを受けるよりは、自分から出頭した方がはるかにマシだ。
和真は呼び出された理由が分からず不安でしかたがなかったが、指示された通りに行動することにし、心配そうな顔をしている千代とピエトロに「やっべ、俺、呼び出し食らっちゃったよ~。行かなきゃな~」とできるだけおどけた態度で別れの挨拶をし、一番近くにあるプリズンガードの詰め所へと向かった。
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出頭してきた和真をどのように扱えばいいのかは、すでにプリズンガードたちにしっかり伝わっているようだった。
和真に声をかけられたプリズンガードはすぐにうなずくと、和真について来いと命令し、二人で和真の前後を挟んで歩き始める。
千代とピエトロの前ではおどけて見せたものの、内心では不安でいっぱいの和真は、少しそわそわとしながら、プリズンガードたちに合わせて移動していった。
行き先は、いったいどこなのだろうか。
和真はまた取調室にでも連れていかれるのだろうかなどと考えていたのだが、どうやらそこではないようだった。
行き先が取調室だったら、どんなに良かっただろうか。
そこはすでに何度か行ったことのある場所だったし、もしそこに連れて行かれたのなら、和真への用件は以前の事件についての追加の聞き取りか何かだと、見当をつけることができたからだ。
だが、和真の行き先は取調室ではない。
まだ見たこともない、どこか。
和真には、そこでどんなことが起きるのか、まったく想像もつかない。
そのことが和真の不安を余計にかき立てる。
プリズンガードたちは、和真を囚人たちが収監されている監獄棟から、その外へと連れだしていった。
そして、囚人たちを移送するためやチータープリズンの巡回警備、そこの職員などの移動にも使われる軽装甲車両が並んで駐車されている脇を通り抜けて和真が連れて行かれたのは、[管理棟]と呼ばれている、監獄を運営する側の職員が集まって働いている建物だった。
囚人たちには縁がない場所だし、そこに連れて行かれる必要などないはずだったが、和真の目的地はそこで間違いなかった。
管理棟に連れて行かれた和真は、保健室のような一室へと入れられた。
保健室のような、というのは、そこにはカーテンで隠されたベッドやイスがあり、壁際に並んだ薬品棚からは、医薬品などの独特なにおいがし、そのにおいが、学校の保健室でかいだにおいととても似ていると思えたからだ。
プリズンガードたちの厳しい目で監視されながら和真が待っていると、その部屋には白衣を着た医師のような人物が現れた。
いや、その人物は、医師のような、ではなく、実際に医師だった。
医師は部屋に備えつけてあったパソコンを立ち上げ、画面にカルテのようなものを映し出すと、和真にいくつか質問をしてから、それから様々な身体測定を行った。
その身体測定は、学校で行うようなことの他に、見たこともない、役割のよく分からない機械を使って行うもので、一時間ほども続いた。
和真は戸惑いながらも、逆らったりせず、言われた通りに医師の診察を受けていった。
医師による診察が終わると、和真は、別の部屋へと案内された。
今度は、テレビでしか見たことの無いような、法廷のような場所だった。
和真は一段低いところにあるイスに座らされ、その周囲には一段高いところに和真の座るイスをぐるりと取り囲むように席が用意されている。
そして、和真の正面には証言台のようなものがあり、そのさらに向こうには、裁判官たちが座るような、いかつい作りの机とイスがある。
そこでも和真はプリズンガードたちに見張られながら待たされたが、十分ほどすると、ぞろぞろとたくさんの人々が部屋の中に入ってくる。
その姿を見て、和真は驚きに目を見張った。
エルフなど、異世界の存在がこのプリズンアイランドには当たり前のように存在していることはすでに知っていたが、その部屋に入って来た人々の中には、熊がいたのだ。
二足歩行をし、ビジネスマンが身に着けるようなスーツを身にまとってはいたものの、それは、どこからどう見ても熊にしか思えなかった。
だが、どうやら、本物の熊、和真が暮らしていた日本にもいるような[動物]ではないと分かった。
異世界にいる種族、[獣人]と呼ばれる人々のうちの一人に違いなかった。
その熊の獣人は、和真と同じく日本人のように見える身体的特徴を持つスーツ姿の人間の隣の席に腰かけると、大柄な体を窮屈そうにしながら、和真のことを上から見下ろした。
そして最後に、和真の正面に、漆黒のスーツを身に着けた、裁判官のように見える人物たちがやってきて、ドラマなどの裁判所で言えば裁判官が座る席に座った。
人数は、三人。
エルフの男性が一人に、人間の男性が一人、そして、狐頭の獣人が一人。
いきなり大勢の人々に取り囲まれ、見下ろされる形になった和真は、緊張のせいで思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。