「かんごくぐらし」:4
「かんごくぐらし」:4
チータープリズンで過去に何があって、今、何が起きようとしているのか。
それを知る手がかりは、シュタルクの周辺にあるように思えた。
長野は、シュタルクについて調べるために、わざわざ和真の目の前に現れた。
シュタルクはかつて、長野と共に監獄に対して反乱を起こした囚人たちのリーダーであったらしい。
それなのに、今は監獄を運営する側に協力し、その指示に従い、囚人たちを取り締まる側として行動している。
この、不可解な変わりよう。
長野が知りたかったことは、この変化の原因と、理由を知るためのきっかけだったのに違いなかった。
シュタルクに何があって監獄側に協力しているのかは、おおまかに想像がつく。
彼女は、催眠され、洗脳をされてしまっているのだろう。
それは、和真が巻き込まれてしまった騒動の中の出来事から分かる。
あの、シュタルクの目は、とても普通の状態には見えなかった。
そして、暴走を始めたシュタルクは、ヤァスに呼ばれて現れた女医の手によって催眠をかけられることで暴走をやめ、大人しく指示に従うようになった。
子供だましにしか見えない、五円玉をひもでつるしただけの道具で、シュタルクは完全にあやつられてしまっている。
どうやらあの女医も、監獄を運営する側に協力しているチーターであり、シュタルクをあやつる強力な催眠は、彼女のチートスキルの効力によるものであるらしい。
チートスキル、[絶対催眠]。
あのおもちゃのような催眠道具を使うことであの女医はどんな相手にも催眠をかけ、洗脳することが可能で、シュタルクはそのチートスキルによって支配下に置かれている。
ただ、シュタルクが置かれている状況を理解できたとしても、さらなる謎が生まれてきてしまう。
監獄側は、なぜ、シュタルクを催眠し、洗脳して、あやつっているのだろうか。
シュタルクが示した強力なチートスキルの力を利用するため、という理由なのだろうとは思うものの、強力なチートスキルを持った囚人なら他にもたくさんいるはずだったし、シュタルクだけにそこまでする理由が分からない。
「あまり、考えたくはないことなんですが……」
三人でおしゃべりをしながら謎解きに熱中していると、千代が遠慮がちにそう口を開いた。
「もしかしたら、反乱の見せしめにされている、ということなのでしょうか」
シュタルクは、半年ほど前に発生した囚人たちの反乱のリーダーだった。
つまり、監獄側は、囚人たちが同じようなことを起こさぬよう、「反抗すればこうなるぞ」と、シュタルクを見せしめにし、囚人たちに教訓を示すためにあんなことをしているのだ。
長野は、不可解な行動をとっているシュタルクがどうしてそうなっているのかを探るために姿を現し、そして、シュタルクにかけられている催眠を解こうとしている。
和真は千代の推理になるほどと思ったが、それでも、今度は別の疑問が生まれてくる。
それは、カルケルがヤァスに対して示した、あからさまに不満そうな態度だった。
ここ、チータープリズンを管理、運営する人々は皆、多かれ少なかれチーターたちに憎しみを持っている。
一見すると含むところのなさそうだったアピスでさえ、強い憎しみの感情を持っている。
プリズンガードもプリズントルーパーたちもその感情を隠そうともしないし、カルケル自身、チーターへの強い憎しみを持っている。
もし、シュタルクが見せしめとして、催眠され、洗脳されるという、過酷な罰を受けているのだとしたら、カルケルはそのことに不満を抱くのではなく、むしろ、嬉々としてシュタルクの運命を歓迎するのではないかと思えた。
単純にチーターの力を見せしめとはいえ利用することに不満があるのかとも思えたが、どうにも、それだけではないように思える。
だが、この点については、推理は行き詰ってしまった。
限られた情報の中から、足りない欠片については想像で補ってきたが、カルケルの心情や、囚人たちからすればほとんど知りようのない、監獄を運営する側の派閥や力関係などは少しも分からない。
「やれやれ、少し疲れましたね」
行き詰って十分ほど悩んだのち、最初にそう言って推理を投げたのはピエトロだった。
「あれこれ推理するのは楽しいですが、今のままでは情報が少なすぎます」
「その通りですね。今のままでは、これ以上は分からないでしょう」
ピエトロに続いて、千代も少し疲れたような表情を見せながらそう言った。
和真としてはもう少し粘りたいような気分だったが、このまま一人で考え続けていてもいい案が浮かぶはずもなかったし、二人に少し遅れてから、(今はここまでにするしかないよな)と、諦めることにした。
「二人とも、今日は、ありがとうございました」
和真が、知っている限りではあるもののチータープリズンで起こった過去の出来事について教えてくれ、単純な興味で知りたいというだけなのに、推理にまでつきあってくれた二人にそう言って頭を下げると、千代とピエトロは二人して笑った。
「いえいえ。私たちも、いい退屈しのぎになりましたから」
「僕も。いや、たまにはこういうおしゃべりも楽しいね」
チータープリズンでの出会い方は最悪のものだったが、どうやら、二人とも少しも気にしてはいないようだった。
(いい人たちなんだな)
和真は笑っている二人に自身も微笑み返しながら、そう思って嬉しくなり、同時に、少しほっとしてもいた。
どうやら、和真にもチータープリズンで[知り合い]と呼べる人ができたようだった。