「それはSランクチーター」:3
「それはSランクチーター」:3
「まったく、用意のいいことですな、ヤァス殿」
落ち着きを取り戻し、立ち上がって再び体の前で両腕を組んだカルケルは、自身よりも少し背が低く見下ろすかっこうになったヤァスに向かってそう言った。
何気ない言葉に過ぎなかったが、和真には、少しトゲのある言葉のように思えた。
「また、ヤァス殿の、[未来視]のチートスキルのおかげですか? 」
その言葉で和真は、どうしてカルケルがヤァスに対して冷たい態度を取っているのかを理解することができた。
ヤァスもまたチーターであり、カルケルにとっては本来、取り締まるべき対象となるはずの存在だったからだ。
同時に、和真は疑問を抱いてもいた。
どうして、チーターなのに、和真たちと同じようにこのチータープリズンへと収監されていないのだろうか?
「いえ。今回は、ボクの力ではありません」
とげとげしいカルケルの言葉にも柔和な笑顔を崩さず、ヤァスは自身の首を小さく左右に振った。
「未来視も、やはり万能ではありませんので」
「ふん。そうだろうさ」
ヤァスの言葉を、カルケルは鼻で笑った。
「もし、今回の事態を事前に予見できていたら、未然に阻止できたはずですものな」
そんなカルケルの嫌味にも、ヤァスは柔和な笑顔を崩すことをしなかった。
それ以外の表情を作れないのでは、と、和真が一瞬だけだがそう思ってしまったくらいだった。
「はい。おかげで、急に連れてくることができたのがセシールだけでした。シュタルクさんを何とかするためにもう一人呼んでいるのですが、少し遅れているようで。……あ、今、来てくれたみたいです」
ヤァスがカルケルの嫌味に平然と答えていると、ひと仕事終えて安心したのか、右手で汗と涙をぬぐっているセシールの背後から、もう一人、女性が姿を現す。
それは、医師が身に着けるような白衣を身にまとった女性だった。
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またエルフが現れたのか。
和真は最初、そう思ったが、その白衣の女性は、どうやら和真と同じ普通の人間であるようだった。
栗色の髪をボブカットにした、エルフと見間違えるほどに端正な顔立ちの女医だ。
モデル雑誌や、テレビドラマの女優にでもなれそうな容姿をしている。
だが、ゆっくりとこちらに、シュタルクの方へと近づいてくるその女医の姿を見て、和真は少し、違和感を覚えていた。
女医の目は、どこかうつろで、どこにも焦点が合っていないような気がする。
彼女はそこにいて、確かに存在し、しっかりと大地を踏みしめて歩いて来てはいるものの、彼女の心はここにはないし、その目も、見えてはいるが、何も見てはいない、そんな感じがする。
そして、和真はその女医と同じような目を、すでに見ていた。
それは、シュタルクの目だ。
そのシュタルクは、今もプリズントルーパーたちに抵抗し、拘束を振り払おうと暴れ続けている。
だが、さすがに、パワーアシスト機能つきの装甲服で身を固めたプリズントルーパー三人がかりに取り押さえられてしまってはどうすることもできず、シュタルクはうなり声をあげ、悔しそうな様子だった。
その目は、和真が初めて彼女の姿を見た時とほとんど変わらない。
だが、今は少しだけ、その赤い瞳の中に、シュタルク自身の意志のようなものを感じ取ることができた。
暴れ続けていたシュタルクだったが、その目の前に女医が立つと急に、暴れるのをやめた。
その代わり、その女医の姿を見て恐怖したように怯え、小さく身体を震わせながら、その女医から自身の顔をできるだけ背けようとし始める。
「ダメよぉ~、シュタルク。ちゃぁんと、私の方を見てちょうだいね~」
そんなシュタルクに、女医は少しおっとりしたような、だが一切の感情がこもっていない声でそう言うと、白衣の胸ポケットから何かを取り出した。
それは、簡単な道具だった。
一本の細長い糸で、日本の五円玉硬貨を吊り下げただけのものだ。
よく、簡単な催眠術などで使われる道具だった。
相手の目の前でリズムを取って左右に揺らし、そうしながら相手に催眠をかけるという使われ方が一般的だったが、和真に言わせれば「インチキ」な代物だった。
テレビで超能力者を自称する出演者が催眠をやって見せる番組を見たことがあったが、和真はもちろん、全て演技で、実際には事前の打ち合わせがされていると思っている。
だが、そこで和真は、ここがチータープリズンであることを思い出していた。
実際、そのチャチな催眠道具を目にしたシュタルクの怯えようは、普通ではなかった。
「いっ、嫌……ッ! それだけはっ……、それだけは、イヤ……っ! 」
シュタルクは、女医と、その女医が持った催眠道具を見て身体を震わせ、首を左右に振りながら必死に拒絶する。
しかし、女医はそれにはかまわず、シュタルクの目の前で五円玉を左右に振り始める。
「あなたは段々、私の声しか聞こえなくなる~」
女医は相変わらずの棒読みでそう言い、五円玉を揺らし続ける。
シュタルクは両目を閉じようとしたが、なぜかできないようで、女医が降る五円玉から目を離せなくなり、その額には汗が浮かび始める。
「あなたは段々、思い出さなくなる~」
女医は、怯え続けるシュタルクを前にしても、躊躇なく催眠術を続けた。
「あなたの大切なもの~、思い出さなくなる~、あなたは段々、命令に忠実になる~」
その催眠術の内容は和真にははっきりとはよく分からなかったが、聞こえてくる言葉は、あまりいい印象のするものではなかった。
催眠術は、シュタルクによく効いているようだった。
シュタルクの瞳の中にかすかに見えていた彼女自身の意志の光が消えていき、シュタルクの身体の震えも、汗も収まっていく。
最後には、シュタルクは和真が最初に見た時と同じように、意思のない、従順な人形のようになっていた。