「ヤァス」:2
「ヤァス」:2
「和真を使った? どういうことだ? 」
楓の視線に釣られて和真の方を見た影雄は、しかし、意味が分からないというような顔をする。
「説明するのに必要だから、少し話がそれるけれど。……小社管理官、このチータープリズンの設立された本当の目的、知っている? 」
「……。いいや」
首を左右に振って見せた影雄に、楓はほんの少しだけ余裕を取り戻した表情で笑みを浮かべて見せる。
「小社管理官も、オルソ管理官も、着任したころにはもう、ヤァスの手で管理部は掌握されてしまっていたからね。知らないのは当然だわ。……もっとも、それで油断したせいでボロが出て、あなたたちはヤァスのことを疑い始めていたようだけれど」
「そんなことはいい。楓、このチータープリズンの本当の設立目的とは、なんだ? 」
「はいはい。もちろん、お答えしますよ。……このチータープリズンは、元々、何のチートスキルも持たない一般人に、人工的にチートスキルを目覚めさせる方法を研究するために作られたの」
和真は、その事実をすでに知っていた。
ヤァスが、得意満面の笑みで和真に教えたことだったからだ。
だが、その事実を知らされていなかった人々は皆、楓の言葉で息をのんだ。
「カルケル獄長。アンタは、この話を知っていたか? 」
「いいや? 俺様の権限はこのチータープリズンの運営に関する範囲だけだからな。多分、管理部だけで独占していた情報なんだろう。……その管理部がヤァスの野郎に支配されちまってたんだ、こっちには何の情報も来なくてもしかたがないだろう」
影雄はカルケルに確認するが、カルケルはそう言って肩をすくめただけだった。
そんな影雄たちに、楓は「話を続けてもいいかしら? 」と確認し、影雄は短く、「続けてくれ」とだけ答える。
「だけれど、計画はうまくいっていなかったわ。特別な装置を使って疑似的にチートスキルに目覚めさせることはできたけれど、それはオリジナルのチートスキルの劣化したものだった。しかも、その装置を外せば、チートスキルはほんの微弱な力でしか残らない。……まぁ、この研究のおかげで、私が身につけているような、チートスキルの発動を抑制する首輪ができたんだけれどね」
「……。それで、その話と、和真が、どう関係しているんだ? 」
「ヤァスがコピーして使えるチートスキルは、常に一つだけ。そう言ったでしょう? ……アイツは、チートスキルを人工的に目覚めさせる装置を使って、その制限を無視できるような方法を考えついたのよ」
楓の説明に、影雄はいぶかしむような顔をする。
まだよく分からないといった顔だったが、その場にいた楓と和真以外の全員の反応も、それと似たようなものだった。
「ステップ、ワン。ヤァスのチートスキル[強化コピー]を、人工的に目覚めさせる首輪状の装置を作成する。……首輪の機能は完全なものではなかったから、この段階で、常に一つだけ、というチートスキルのデメリットも緩和される」
周囲からの視線を集めながら、楓は手錠で拘束されたままの指を一つずつ立てながら、順を追ってヤァスのやろうとしていたことを説明していく。
「ステップ、ツー。誰か適当な一般人を捕まえてきて、この首輪を装着させ、その一般人に疑似的にチートスキルを目覚めさせる。……この一般人が、和真くん」
その、[一般人]という言葉に、和真はピクリと肩を震わせた。
だが、楓に注目が集まっているために、誰もそのことには気がつかなかった。
「ステップ、スリー。和真くんに、できるだけ多くの囚人から、チートスキルをコピーさせる。……ヤァスがシマリスちゃんを使ってチータープリズンで囚人の暴動を起こさせたのは、和真くんに効率よくチートスキルをコピーさせるため。時間をかけてもそのままじゃうまくいきそうになかったからね」
そこまでの説明で、幾人かは、すべての状況を察して理解できたようだった。
影雄やオルソ、カルケル、シュタルクや長野が、一様に表情を険しくする。
「そして、ステップ、フォー。和真くんからチートスキルをヤァスがコピーする。……ヤァスのチートスキルの制限、[一つだけ]というのは、少し不正確な説明だったわね。正確には、[常にただ一人からだけ]コピーできるのよ。……つまり、複数のチートスキルをコピーして集めた和真くんのチートスキルをコピーすることで、ヤァスは、いくつものチートスキルを使えるようになったっていうわけ」
その楓の言葉を聞いた時、その場にいた全員がこう思っていた。
(それって、ずるい……っ! )
そして、現在の状況が明らかとなってきているにもかかわらず、想像よりもはるかに深刻な状況にあることを理解した全員が、押し黙った。
「かくして、インチキチーターのできあがり、というわけ」
そんな中、楓は最後にそう言って自身の説明を締めくくった。
話を終えた楓は、何かを期待するようなまなざしで、その場にいた人々を見回していた。
ようやくヤァスから受けていた支配から解放され、知っている情報は洗いざらいしゃべったのだから、いい加減、拘束を解いて欲しいとでも思っているのだろうか。
しかし、誰も動かなかった。
動かないどころか、一言も発しない。
これまでチータープリズンで何が行われていたのか、ヤァスが何を行ってきたのかは、そのほとんどが明らかなものになった。
そして、ヤァスがどうして、いくつものチートスキルを使っているのかも判明した。
だが、それは、この状況の打開につながるどころか、ヤァスが複数のチートスキルを使いこなすインチキチーターとなってしまっているという、より深刻な問題を明らかにしただけのことだった。
ヤァスを止める方法を、誰も、何も思いつかない。
相手は複数のチートスキルを、しかも[強化コピー]することで、オリジナルよりも強力に使いこなすことができるのだ。
Sランクチーターのシュタルクであっても、もはや、ヤァスには太刀打ちできないかもしれない。
それだけではなく、すでに和真たちはこのプリズンアイランドの中で、監獄棟とその周辺を何とか維持しているだけに過ぎず、追い詰められている。
プリズンアイランドの各地に孤立している、自身に従わないプリズントルーパーたちを掃討した後、ヤァスはその全力でこの監獄棟へ向かってくるだろう。
その時、対抗する方法を、和真たちは何も持っていなかった。




