嘘吐き
いつもの交差点で彼は手持ち無沙汰に空を見上げていた。
「あ。やっと来た。遅い。」
急いで走ってくる私を見つけて怒ったように言う。
「おはよう〜、ごめんごめん、いろいろ準備してて忙しくて」
「準備だぁ?新学期初日の朝に準備することなんてそんなないだろ。大人しく寝坊って白状しろ」
「あちゃー、ばれたか…」
並んで歩き始めた。この坂を上った先に中学校がある。いつもは登校する生徒で溢れる道だが、今日はがらんとしている。新学期早々から遅刻する悪い生徒はどうやら私たちぐらいのようだ。
道路脇には等間隔に桜の木が植えられている。ちょうど数日前が満開のピークで、今は少しずつ散り始めている。風にさらわれた花びらがはらり舞って二人の横を通り抜ける。
「しかし、もう2年生かあ」
彼がポツリと呟く。
「そうだねえ」
私はのんびりと答える。現在の時刻からしてもう遅刻は確定したようなものなので、二人とも焦ることなくむしろいつもよりゆっくりとした歩調で歩いている。
「クラス分け、どうなってるかな」
「あ、実はそれ俺知ってるんだよね」
昨日学校に忍び込んでこっそり確認したんだけど、といたずらっぽく彼は笑う。
「お前、数学科の木下のクラスだったぞ、ドンマイ」
「え〜木下ってあの禿げ爺の木下?うわあ〜最悪だ、もうすでに一年間頑張れないのが決定したよ…」
てかなんで、そんなネタバレするのさ、と私は彼に抗議する。そんな私の様子を見て彼は満足げに笑う。
「なーんて、嘘、嘘。そんなつまんないことしねえよ。ほら、今日の日付言ってみ」
「え?4月1日…あっ」
「そ、エイプリルフール。お前ほんといい反応するよな。」
もう、と頬を膨らませる私を横目に彼は続けた。
「今年も、おんなじクラスなれるといいな」
彼の言葉に私は一瞬息を呑んだ。呼応するように、突然強い風が吹いて花びらたちをざわつかせる。私は、絞り出すようにうん、と答えた。
「ところでお前今日なんかちょっと元気なくないか?朝何かあっ…」
「あーーー!!しまった、書類の忘れ物した!ごめんやっぱ家戻るから先いってて!」
彼の言葉を遮るように私はわざとらしく大声を上げた。
「え、じゃあ俺ここで待っとくよ、どうせ遅刻だし」
「いいの!遅くなるかもだから先行ってて!!」
彼の返答は待たずに私は歩いてきた坂道をダッシュで戻り始める。
「また、学校でね!」
少し進んでちらっと後ろを振り向くと、突然のことに戸惑っている様子の彼が小さく見えた。再び前を向く。もう振り返らない。
坂を下りきって曲がったところに一台の車が止まっていた。私のお母さんの車だ。乗り込むなり「もういいの?」と運転席のお母さんに聞かれた。私は顔を伏せながら黙って頷く。
学校に着いた彼はきっと私の嘘に気がつくのだろう。私は後部座席で両手をぎゅっと握って、ごめんね、と小さく呟いた。
数分前の彼の言葉を、声を、心で反芻した。
風に運ばれた桜の花びらは、遠くの地でもあなたを思ってきっと頬をピンクに染める。