忠告を聞き届けなかった者たちの末路
自分でざまぁを書いたらどうなるか、いまさら試してみました。
結論、何かざまぁとは違うものができた気がします。
生暖かい目で見てください。
2021.02.27 報告部分を一部修正。
「お待ちください!」
三人の男と一人の女を呼び止めたのは、美しい金髪の女だった。その女の容貌は薄い化粧で十分なほど美しく、魅惑的な体つきをしていた。微笑めばさぞ美しいのだろうが、今は精彩を欠き、焦燥に駆られた表情を浮かべているせいかその美しさは鳴りを潜めていた。
「くどい。高々婚約者に私の行動を一々指図される覚えはない。」
もうすでに何か言葉を交わした後なのだろう。男のうちの一人がそう返す。
「ですが、お考え直しください。そちらの方では殿下のお相手はおろか、そちらの侯爵子息様、伯爵子息様のお相手さえ難しいのです。」
「うるさい。自分の立場が危ういからと言ってすがるなど、見苦しいぞ。ルーナを見習え。平民出身でありながら、貴族としての常識を学び、必死に慣れようとしている。だというのにお前ときたら……。」
「殿下、お聞きください。」
「黙れ。お前のような人間が婚約者だから、俺はルーナに惹かれたのだ。高い魔力を揮って魔物を倒すしとやかさに欠け、今こうして周りを気にせず追いすがる醜いお前にはほとほと呆れたのだ。近々父上にも相談し、お前との婚約を解消、ルーナと婚約する予定だ。彼女は素晴らしい治癒魔法の使い手。そして慈悲深い。そんな彼女が王妃になることを国民は喜ぶことだろう。」
「いいえ、殿下。彼女に妃は無理ですわ。ですから公妾に。」
「黙れ!愛するものをそんな立場に貶めるものがどこにいるんだ!」
「ごめんなさい。アリア様。わたしとバーナード様は愛し合っているの。」
それまで黙っていたルーナはそう告げると王子に抱き寄せられ、幸せそうに微笑む。
そんな二人を援護するように、侯爵子息であるデイビットは口を開いた。
「醜くなりましたね。ディッキンソン公爵令嬢。お二人が愛し合っているのがわからないのですか?私もルーナを愛していますが、ルーナのために身を引く決意をし、仕える覚悟を持ちましたよ。あなたもそろそろ諦めてはいかがです?」
「執着する女は嫌われるぞ。」
そんなデイビットに続くように言葉を発したのは、伯爵子息のネイサン。騎士団長を父に持つ彼は寡黙ながら、その恵まれた体躯でルーナとアリアの間に立ち威嚇するように睨んだ。
アリアがぐっと押し黙ると、四人はその場を立ち去った。
四人が見えなくなると、力の抜けてしまったアリアは座り込んでしまった。
しばらくそうしていたが、顔を上げると何とか立ち上がり、ふらふらとどこかへ歩き出した。
「……ご報告しなくては。」
悲しみに満ちたその言葉だけがそこに残された。
それから数日後。王城の謁見室にバーナード、デイビット、ネイサンの三人は呼び出された。その三人の表情は数日前のアリアよりもひどく、表情が抜け落ちていた。
しかし、その場にアリアが現れると一転、怒りで顔を赤く染め、騒ぎ出した。
「父上!何故その女がここにいるのです?!」
「陛下!その女は男爵令嬢を殺害した女です!」
「処断してください!」
「静まれ」
がなり立てる三人だったが、王の静かなその一言で黙ることとなる。
「そなたらには発言を許可しておらん。許可するまでは黙っておれ。」
渋々引き下がった三人を確認すると報告を促した。
進み出た文官は三人を一瞥したものの、そのまま報告を始めた。
「報告を。」
「はい。先日の件は、ディッキンソン公爵令嬢のご報告の通りです。殿下はディッキンソン公爵令嬢に対し、一方的な婚約解消と、アダムズ男爵令嬢との新たな婚約を宣言されたようです。その後ですが、殿下とアダムズ男爵令嬢は一夜を共にされ、次の日の朝、アダムズ男爵令嬢は死亡しているのが発見されました。」
報告を聞き、痛ましそうな顔をするアリア。表情は変えないものの、目を揺らす王妃。厳しい顔をしたままの国王。周囲は国王の言葉を待ち、息をひそめる。
「そうか……。第一王子バーナードは廃嫡し、放逐。側近候補であった二人も家に下がらせよ。二度と登城することは叶わぬ。これは決定事項である。また、バーナードとディッキンソン公爵令嬢の婚約は白紙とする。」
アリアは礼でもって承諾した。しかしそれが気に入らぬ三人。
「何故です?!どうしてその女が何の処罰も受けず、我々だけが処分されるのですか?!」
「発言の許可はしておらん。黙っておれ。」
バーナードの発言を切って捨てた国王。
しかし、そこに静かな声がかかった。
「陛下。発言をお許しいただけますでしょうか。」
「許可しよう。」
「ありがとうございます。」
そういって進み出てきたアリアを睨む三人。
「陛下、ここに至って気が付いたのですが、三人は何故アダムズ男爵令嬢が亡くなったのか理解できていないように見受けられます。このままではこの先、無駄な争いも生まれましょう。ですから、どうか彼らに説明する許可をいただけないでしょうか。」
「もし仮にあやつらが理解していなかったとしても、そなたが説明しなければならないことではない。必要ならば、こちらで説明させる。」
「陛下。白紙になったとはいえ、わたくしはバーナード様の婚約者でした。もっと早くにその可能性に気づき、説明していればと思うと、どうしてもわたくしの口から説明したくなったのです。」
「そなたが負うべき咎ではない。しっかりと教育しなかった教師ども、理解しようとしなかったあやつら、そして教師に任せきりであった我々親の責任だ。」
「陛下……。」
国王の決定とあっては引き下がらねばならないのだろうが、アリアはどうしても最後に彼ら自身の罪に向き合いたかったのだ。
将来、国の上に立つ予定だった者として、かの男爵令嬢が現れるまでは確かに研鑽していた同志だったはずなのだから。
国王はその心を酌むことにした。それがここまで第一王子の婚約者として育ってきた彼女の矜持を保つことになると考えたからだ。
「だが、それでもと言うのであれば、そなたに任せよう。」
「ありがとうございます。」
王へと向けていた体を三人のほうへ向ける。三人は今にも殺さんというばかりの表情でアリアを睨みつけた。その様子を見た国王は騎士に目配せし、三人をすぐに抑えられる場所に控えさせる。
この謁見の間は国王の許可なく魔法は使えないため、物理的に動けなくさせるだけでよいのだ。
それにひるんだ三人にアリアはゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「バーナード様。アダムズ男爵令嬢の死の原因はわたくしではございません。」
「口では何とでもいえるだろう。」
騎士の威圧があったからであろう。努めて平静に答えたバーナード。
残りの二人はバーナードに任せることにしたのか憎々し気な様子を隠さぬまま、それでも国王の手前大人しくしている。
「いいえ。本当にわたくしではないのです。気が付いておられないあなた様にこれを告げるのは、本当に苦しいことなのですが。」
「なんだ。」
「彼女の死の原因は、バーナード様、あなたなのです。」
虚を衝かれたというように憎しみの表情から一瞬力が抜ける。
「は?なぜ私が。」
「お忘れですか?閨教育、その他において幾度となく繰り返されている注意があったはずでございます。」
「注意……。」
「えぇ。このような場で口にするのは憚られるのですが、男性の子種には魔力が含まれている。そして魔力量がかけ離れていると受ける側が耐え切れず、死に至ることもあるのだと。」
「なんだ。そんなことか。知っているさ。だが、彼女はその魔法を見初められて男爵家に引き取られたんだぞ。魔力量がかけ離れているなどということは」
「あくまで魔法でございます。治癒魔法をその魔力量に見合わぬ回数、規模で行えるからこそ引き立てられた平民です。引き取られた際、男爵家では見合わぬこともあるからと、王城にて検査が行われましたが、彼女の魔力量は100程度でした。平民は50前後ですから、平民の中では多い方と言えましょう。……ですが。」
そこでいったん言葉を切ったアリアは三人を見つめて続きを言う。
「男爵子爵でも300、高位貴族や王族ともなれば1000近くなります。お分かりですね?彼女にあなた様のお力を受け入れられるほどの器はなかったのです。」
三人は愕然とした様子を隠せぬままにアリアを見つめていた。
「そ、んな。嘘だろう……。いや、しかし、そうだ!彼女はあれほどの治癒ができたではないか!」
「そうです。それしかない魔力量で彼女は高位貴族に勝るとも劣らない治癒ができました。だからこそ、高魔力保持者ではないかと王城で検査が行われたのです。結果は先ほどお話しした通りです。魔法省によれば治癒魔法に高い親和性があり、あれだけの力が揮えたのだろうとのことでした。そして、その代わりなのでしょう。攻撃魔法が一切使えませんでした。」
呆然とした様子の三人に悲し気な調子で続ける。
「しかし、それしかない平民の少女です。その魔力量のこともあり、高位貴族に迎え入れるに能わず、との判定が下されました。結果的に彼女は男爵家へと入ることとなりました。今後の縁組を考えれば妥当な判断であったと思います。」
「そんな!誰もそんなこと言わなかったではないか!」
「王城で検査をした。結果、男爵家へとそのまま迎え入れられた。それだけの情報があれば、彼女は高位貴族の後見を受けるほどの魔力量がなかったことなどわかります。そして殿下方もわかっていると思っておりました。だから遊びで付き合っているのだろうと周囲の者は高を括っていたのです。まさか、本気でいらっしゃるだなんて……。」
「で、は、公妾、というのは。」
「ご存知の通り、公妾との間に子を作ることはできません。魔法制約によって殿下を縛るからでございます。閨を共にしたとしても、子種を含んだ精を放つことはできぬように。子種を含まないということは魔力を含まないということ。それならば婚姻し、閨を共にしても中毒は起きませんから。妾という立場は殿下以外の方を選んだとしても避けられないものでした。そして彼女を本当に愛しているのだと知ったとき、当然そうするのだと思っていたのです。」
ここに至ってやっと理解した三人は絶望に彩られた。
彼女の死因が自分たちの無知であったのだから当然か。
その様子を見ていた者たちはまさか本当に理解していなかったとは、と悲しむとともに呆れた。
閨とは自身の家の血をつなぐための重要な責務のひとつであり、その教育すらしっかりと受けていなかった彼らは、今回のことがなかったとしても家を継ぐには足りない人間であると判断されたからだ。
そんな三人と周囲を無視して、アリアはさらに続けた。
「スウィングラー侯爵子息様。あなたは彼女の死を悼むのではなく、もっと後悔すべきことがあるのではないのですか?」
「どういう意味だ。」
「彼女は平民出身でしたが、どこから引き取られたか、ご存じないですか?」
「……知りません。彼女が何者であってもかまわないと思っていましたから。」
「詭弁ですね。何者であってもかまわないと思うのと、調べないのは別の話です。あなたは殿下の側近でしょう?殿下の傍にいる者の素性を調べないのは、側近として失格と言わざるを得ません。」
ぐっと黙り込んだデイビット。
「彼女はとある孤児院出身でした。彼女のいた孤児院は10年ほど前、院長が替わりました。以前の院長はとてもやさしく公平な方でしたが、新しい院長は平凡な男でした。3年ほど前までは前院長とそう変わらない運営をしてきました。しかし3年前、その孤児院は息子の運営練習にと後援している貴族から引き継がれ、変わってしまいました。原因は引き継いだ息子です。その息子は孤児院への出資を理解していなかったのです。」
男三人の何のことだかわからないという様子に眉を顰めるアリア。
「その息子は本来ならば必要な物品を送るべきところ、お金をそのまま渡してしまったのです。本来、援助は着服しづらいように物品で渡されるものです。残念ながら院長は平凡な男でしたが、それなりに欲はありました。急に手にしたそのお金を少し着服してしまったのです。最初は少額でした。少しの罪悪感と貴族に対する恐怖があったのでしょう。初めて着服してから数か月は全額孤児院のために使っていました。しかし貴族にそのことが漏れた様子がありません。次の月も、その次の月も同額渡されたことから、次第に気が大きくなっていき、やがて半分以上着服することになりました。」
周囲はざわついている。当然のことだろう。本来ならばありえないことだから。
もし仮に物品ではなく金銭で渡していたとしても、しっかりと何に使ったのか報告させるものだ。
「運営に使われる資金が減れば、孤児院はどんどん貧しくなっていきます。食事が減らされ、院は修繕が後回しにされ、シスターたちが訴え出ようにも貴族自身も、その息子も孤児院には顔を出しません。金を持ってきていた使用人を院長は買収し、偽りの、今までと変わらぬ運営を報告していたからです。そうであったとしても普通ならば数か月に一度調査させるものですが、息子は買収された使用人を信じ、貴族は息子を信じていたため、調査はなされませんでした。」
ここまで一息に言ったアリアは一旦切るとデイビットを見る。
少し顔色が悪くなっただろうか。
だが、自分の優秀さを信じて疑わない彼はまだ自分のことではないと思っているようで、それ以上の変化はない。
「困ったシスターたちは自分の伝手を使い、援助をお願いしましたが、それも何度もできることではありません。日に日に追い詰められていきます。院長は、孤児たちが死なないぎりぎりの食糧が買える金銭を残していました。たくさんの孤児が死ねばさすがに調査がされてしまうと思ったのでしょう。院長の欲深さは益々酷くなるばかり。さらなる金銭を求めますが、これ以上着服すれば孤児たちは死んでしまいかねません。そこで院長はボロボロになった孤児院を利用することを思いつきます。……孤児を売ることにしたのです。」
周囲ははっと息をのむ。
当然です。人身売買は禁止されているのですから。
「とはいえ、院長も馬鹿ではありません。普通に生きてきた彼に裏で売る伝手などあるはずもないのですから、売ろうとすればすぐに捕まります。しかし彼には10年前から7年間真面目に院長をしてきたという実績と、ボロボロになった孤児院があります。彼はお金に余裕のある商人や下級貴族にあたりをつけ、お願いしたのです。最近孤児院を継いだ貴族の息子が満足に支援してくれない。このままでは孤児たちの命が危ない。もし可能であれば引き取ってほしい、と。」
引き取った心当たりのある者もいたのか顔を青ざめさせる。
「これだけ聞けば人命救助でしかありません。引き取る者たちはそのつもりで引き取り、そして支度準備金という名目で孤児院にお金を渡しました。必要なものは分からぬから、金銭を、と。準備金というのは名目上のことで、孤児院を支援したのです。他家の、自分たちよりも上の爵位の家の事情に口を挟む者、しかも親しいわけでもない家に引き取った理由を支援がないからだと伝える者はおりません。貴族に引き取ったことが伝わったとしても、いい子にしているなど、本人の様子を伝えるに止まりました。こうして人身売買は行われてしまったのです。そしてアダムズ男爵に引き取られたルーナ様もその一人でした。」
デイビットはうつむき、何事かつぶやいている。
その目は虚ろだ。
「やっとお気づきになられましたか?そうです。あなたが管理を任されていた孤児院のことですよ。」
「嘘です……。そんなの……。捏造でしょう?」
「いいえ。」
「なら、シスターたちは何をしていたのです?」
「あの孤児院の良心であったシスターたちは、実質人身売買であると理解していました。しかし、いつ死ぬとも知れぬ苦しい生活をするよりは、と引き取る相手を調べ、引き取られた後の様子を見守っておりましたよ。あなたへと訴えることは難しいから、と。」
「良心?どうでしょう?一緒に着服していたのでは?あれだけの人数がいたのに。知らせる方法がなかったとは言わせませんよ。」
そんな失態を認めたくない彼は、目を血走らせ、声高に主張する。
「あの孤児院のある町からあなたの住む町までは馬車で一日かかります。それを利用して、院長は朝晩全員いるか確認しました。それで十分だったのです。また、手紙の一切は院長が管理し、すべて検閲し、まとめて出していました。手紙は基本的に配達人が集めていくものです。そうでない出し方をすればすぐに知られるでしょう。見守る、それが彼女たちに残された唯一の守る方法でした。彼女たちは必死に戦っていたのですよ。」
静かな怒りを乗せた声がデイビットの主張を一蹴する。
周囲の貴族たちは厳しい目をデイビットに向けた。
3年前に彼は既に15歳。貴族としてはすでに成人を迎え、仕事の一つ任されたとしても問題のない年齢だ。同情の余地はない。
「3年はあまりに長い。着服したのが3年前。人身売買を始めたのが2年前。そして犯罪組織に目をつけられたのが1年半前。実質的な人身売買であることは、裏で生きる人間にとってはすぐにわかることだったのでしょう。院長に連絡を取り、とある犯罪組織が孤児たちを買い取りました。運よく生きていた子、亡くなってしまった子、転売され、生死不明な子もおりました。あなたがちゃんと管理していたなら、今でもあの子たちは笑って日の下を歩いていたでしょうに。」
「うるさいですよ!管理はしっかりとしていました。着服した者たちがいけないのです!知らせなかった者たちがいけないのです!」
「管理?子供たちが売られていたことにも、着服していたことにも一切気づかなかったのに?そんなもの管理とは言いません!!」
睨みつけられたデイビットはうろたえる。
王子の側近として何度も会っていたが、それまで一度として睨みつけられたことはなかった。
王妃として育て上げられた彼女の気迫に気圧され、みるみる青ざめていく。
「彼女はあのまま孤児院にいれば平民として救護院に入り、優秀な治癒師になっていたでしょうね。そうすれば魔力違いの人間と関係を持つことなく、幸せな結婚をし、子供を得ることだってできていたでしょうに。」
「……んだ。」
それまで不気味なほどに静かだったネイサンがくつくつと笑い出し、何か呟く。
「なんです?」
「あの女が悪いんだ。だってそうだろう?殿下と関係を持ちたいと言い出したのは、あの女だ。孤児院からは売られたかもしれないが、男爵家に引き取られて、貴族になった。幸せだったろう?それ以上を望んだのはあの女なんだから。俺たちは悪くない!」
「黙りなさい!ここへきて責任転嫁ですか?生まれた時から貴族として生きてきたあなた方が、知っているべきことを知らなかったから、なすべきことをなさなかったから、彼女は売られ、殿下と関係を持ってしまったというのに。それでよく将軍になるなどと言えたものですね!」
「なっ。」
「自身の行動の責任さえ取れぬ者では、到底将軍になどなれはしなかったでしょう。」
「うるさい!あの女に責任がなかったというのか?」
「正気であったなら、彼女にも責任はあったでしょう。ですが、彼女はどこか現実を見ていないようでした。それは彼女と関わったことのある人間であれば気づいたことです。当然でしょう。平民、しかも孤児という立場であったのに急に男爵令嬢となった。男爵は彼女を治癒魔法の使い手として大切に扱った。学園へと行ってみれば、高位貴族子息、そして王子が自分を持て囃してくれる。しかも婚約者を差し置いて。」
「あの女よりも魅力のない婚約者たちが悪いんだろう。」
「貴族としての勉強さえままならぬ、あなたに言われたくはありませんわ。」
それについては自覚があるのか押し黙る。
「物語の中にいた彼女は思ってしまった。平民から男爵令嬢になれたのです、きっと伯爵夫人や侯爵夫人、そして王妃にだってなれるのではないか。そう、物語のように。それを王子に願えば、叶えてくれると約束してくれた。侯爵子息も伯爵子息も自分に好意を寄せつつも祝福してくれた。平民だった彼女にとって子息が準貴族であり、何の権利も持たないことなど理解できていなかった。彼らの祝福など貴族の婚姻にとっては全く意味がないなどとは思わなかった。そしてお誂え向きに自分たちの婚姻を阻もうとする王子の婚約者という悪役までそろっていた。彼女は物語を確実に自分の幸せな形で終えようと関係を提案してしまい、それが受け入れられてしまった。ここまで聞いても彼女に判断させよと、彼女が悪であると仰いますか?」
「うるさい!俺たちは悪くないんだ!」
「黙れ。」
ネイサンはびくりと震え、声のほうを見る。進み出たのは体格のいい、いかにも武人であるというのが分かる男、ネイサンの父、シモンズ伯爵だ。
「陛下、御前を騒がせてしまい申し訳ございません。また、この度の息子の失態は謝罪で済むことではないと認識しております。」
「それに関しては、私も何か言える立場ではない。」
「いいえ。息子の教育を疎かにした結果、このような場でのマナーさえままならぬ息子となってしまいました。この度のことも本来であれば、諫めるべき立場だというのに……。」
呆れ果てたというような目を向けられ真っ青になるネイサン。彼はやっと気づいたのだろう。ここがどこで、自分の振る舞いがいかに相応しくなく、そして父に見捨てられそうだということに。
「この度のことはしっかりと責任を取ります。」
「ほう?先日出された辞職願は却下したが?」
「えぇ。私もスウィングラー侯爵も辞職を却下されましたので、息子らの失態の分、働かせていただく所存です。しかし、息子らには何かしらの咎めがなければなりません。スウィングラー侯爵とも相談しましたが、魔法制約で子が作れぬ体にし、魔法も制限、鉱山で犯罪奴隷として働かせます。」
「そんな!父上!!」
「ディッキンソン公爵令嬢が何度も伝えたにも関わらず、耳を貸さないばかりか、公爵令嬢である彼女に無礼な物言い、行動をしたそうだな。そんな基本的な身分すら忘れ果てたお前が騎士になることも、爵位を得ることもない。」
「何故、私まで!私のことを決める権利など伯爵にはないはずです!父上はどこです?!」
「聞こえなかったか?スウィングラー侯爵と相談した上だと言っただろう。侯爵は今、貴様のせいで売られた子供たちを必死に探しておられるよ。君に係わっている暇はないそうだ。」
「そんな……。」
「侯爵家も伯爵家もアリア嬢と陛下の恩情でこのままの地位を維持できることになったが、お前らのしたことがなくなるわけではない。一生悔いて生きよ。」
ネイサンとデイビットは力をなくし、崩れ落ちた。
「うむ。家はどうするつもりだ。」
「ほかの兄弟たちは貴族として相応しく育っておりますので、その中の誰かに継がせます。同じように育てたはずなのに何故ああなったのか……。」
「同じようなことが起こらぬように、しっかりと管理せよ。」
「承知いたしました。」
「さて、私の息子にも沙汰を言い渡さねばならぬ。廃嫡し、放逐しようと思っておったが、ここまで言われねばならぬ愚か者。放逐すればどんな火種になるか分からぬ。よって魔法制約での断種、塔への幽閉。しかし優雅な生活にはならぬ。一生この国の研究のために魔力提供だけをするがよい。自ら行わなければ無理やりにでも提供させるから、そのつもりでいるように。」
無理やり魔力を抜かれることは、過去には拷問に使われたほどの苦痛である。それは魔力量が多くなればなるほど、酷いとされている。しかし、強制的な魔力提供の恐ろしいところはそこだけではなく、それによって死ぬことはないという点だ。どれだけ痛みが酷くとも、その痛みで死ぬことはない。生涯、命じられるままに魔力を提供するか、強制的に抜かれるか。彼はどちらを選ぶのか。
その恐ろしさにだろうか、彼は血の気を失った顔で座り込んだ。
「また、そなたらの教師を務めていた者たちは、二度とその職に就くことができぬように制約を科した。」
「そ、んな。先生は悪くありません……。」
バーナードは震える声で何とか抗議をした。
「あのような初歩的なことさえ教えられぬということが分かったのだ。仕方なかろう?」
お前らのせいだろうという視線に何も言えずにいた三人は、そのまま連行されていった。
その後、第二王子が立太子した。婚約者はそのままという話であったが、婚約者本人が正妃の座は辞退し、第二王子の成婚の3年後に側妃となることで話はまとまった。様々な意見は上がったが、すでに王妃教育を受けていること、実家の地位などが加味され、アリアは王太子妃となった。
成婚後、アリアは二男一女を授かり、その地位を揺るぎないものとした。
長男出産後、迎え入れられた側妃とは役割をはっきりとさせ、お互いに不必要な干渉をせず、よい関係をつづけた。
第二王子であった王太子は自らの仕事をこなし、そのうえで息子たちと関わる時間を多くとった。
王子として相応しく育つ子供たちを王と王妃は愛おしく思いながらも、いや、思っていたからこそ、王族として相応しくなれるように監視した。かつて王になるはずだった、その側近になるはずだった者たちを思い出しながら。
誤字脱字等ございましたら、ご連絡ください。
そろそろハウエル家を書き直したいと思いますので、その練習用でもありました。
王子が一番悪いを目指し、誘惑した女の子が幸せで婚約者も幸せでという状況を作り出すため、誘惑した女の子には結ばれたという幸せの絶頂で退場していただきました。彼女の視点で見る物語は王子さまと結ばれました、めでたしめでたし。です。
ご指摘も多いので、補足をもうちょっと書き足した方がよいのか検討中です。
2021.2.24 10:30
日間1位ありがとうございます。
2021.3.5
側妃視点の物語【覚悟を持てなかった者の結論】を投稿いたしました。
シリーズ設定をしてありますので、よろしければご覧ください。