Day1_前編
12月も後半に入り寒さもより厳しくなってきたように感じる。仕事終わりの缶コーヒーとマールボロ。これがぼくのルーティンだった。世間はすっかりクリスマスムードで街はイルミネーションの装飾の明かりで照らされ、聞き慣れたジングルベルの歌(正しい題名は忘れてしまったが)がどうも味気なく、それでいて心地よく感じられる。
しかしながら、今日はぼくの立っているところから少し離れたところでどうやら揉めているらしい男女がいた。ちょっとくらいいいじゃないすか〜、と軽口を叩きながら腕を掴む男と、それに対しやめてくださいと言う女性の様子がどうも不快で、うざったく目に映る。
いつもなら絶対に人助けなどしないぼくだったが、ルーティンに少しでも邪魔が入るのはそれ以上に嫌だった。ぼくは火のついたタバコを缶コーヒーの中に荒っぽく突っ込み、近くにあったゴミ箱に捨てると、揉めている男女の方に向かい言った。
「ごめん、待たせたよね。仕事がちょっと長引いちゃってさ。」
少しありきたりすぎただろうか?ほんの一瞬、目を丸くした女性の顔がやけに鮮明に映る。1秒にも満たなかっただろう瞬間が過ぎ去った後、女性は
「もう悠太!遅いよー!めっちゃ待ってたんだからね!!」と少し上ずった声で返事した。
よかった。どうやらこちらの意図は伝わっているようだ。男の方はというと、「ちっ、男連れかよ。」などと言いながら女性から離れていく。なんともテンプレートなナンパ男だ。しかし、何かが引っかかる。
ナンパ男の姿が見えなくなると、女性が口を開いた。
「先程はありがとうございました。私、あんまりナンパされた経験がなくて、」女性の目に少し涙が浮かんでいるのが見える。よほど、怖かったのだろうか。
「いえいえ、とてもお綺麗ですし気をつけた方がいいですよ。」
そう言いながらもぼくには何か違和感があった。何だ?どこだ?もう一度、先程のやり取りを思い出す...。
「ありがとうございます。では、私はこれで...」
「あっ」
思わず声に出てしまった。どうしてこの人は、
「どうかしましたか?」
「どうしてあなたがぼくの名前を?」
ほとんど女性の返答に被さるようにして問いかけた。たしかに不思議だった。いくら演技とは言え、初対面の相手の名前をとっさに呼ぶことができるだろうか?超能力者でもない限り、さすがに妙だ。
「えっと...」
言い淀む女性の顔を見つめる。あれ、この人どっかで...
「とっさに出た名前がそれで、」
「もしかして、楓?」
またも発言が被った。しかし、ぼくの言ったことはどうやら通じたようだった。
「そ、そうだよ。久しぶりだね悠太。」
ぼくは額に汗が浮かぶのを感じた。