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拾った手帳

作者: kamekichi

 Eさんの友人は関西の私鉄で駅員をしている。これはEさんが友人から聞いた話である。友人の名をAという。

 ある日、忘れ物として一冊の手帳が届けられた。券売機横に置き忘れてあったという。ピンク色の表紙に熊のキャラクターが印刷された、見るからに若い女性の持ち物だった。

 A氏が勤務する会社ではトラブル防止のため、落とし物の中身を検めることになっている。危険物が入っていないか、連絡先が書いていないか確かめる。というのが建前ではあったが若い女性の手帳を覗くことに下心があったのも事実である。実際、同僚たちも手帳の中身が気になったらしい。皆で集まって騒ぎながら手帳を開いたという。

 手帳はカレンダーと罫線ノートが一つにまとまった、よくあるタイプのスケジュール帖だった。カレンダーの四角いマス目の中にいかにも若い女性らしい、小さな丸っこい文字が書きこまれている。

 美容室やアルバイトの予定からデートをした日や体の周期まで、かなりプライベートなことも記録してあった。若い女性の私生活を垣間見たことでAさんや同僚たちは大いに盛り上がり、卑猥な冗談を飛ばす者もいた。見知らぬ女性の生活を勝手に覗き見てはしゃいでいることに罪悪感はあったが会社の規定という大義名分がある。誰も、もう止めようとは言わなかった。

 手帳は前半がカレンダー、後半が罫線ノートになっている。

 カレンダーに連絡先が分かる記述は無く、Aさんと同僚たちは罫線ノートを開いた。

 そこには毎日の食事記録がつけてあった。ダイエットをしていたのだろう。若い女の食生活に興味を持った一同は頭を寄せ合うようにして手帳を覗き込んだ。

 

 5/28 朝、パン、ラーメン、ビスケット 昼、ゼリー、おにぎり、からあげ、どら焼き……

 ……6/3 朝、かつ丼、サラダ、バナナ、ドーナツ 昼、チョコレート、ハムサンド、卵サンド

 ……6/19 ……昼、パスタ、チョコレート、煎餅、 夜、焼きそば、チーズケーキ、シュークリーム


 「なんだ、この女痩せる気ゼロじゃん」

 同僚が軽口をたたくと皆が笑った。たしかに、手帳の持ち主の食生活は高カロリー高脂質なものが多い上に間食も多く、あまり健康的とは言い難かった。

 Aさんも一緒になって笑ったが別に悪意は無かった。可愛らしい手帳に美容院や彼氏とのデートをこまごま記録している女の子が家に帰ってラーメンや唐揚げを食べているところを想像するとなんとなく微笑ましかったのだという。


 ページを捲っても食事記録は毎日続いていた。


 8/20 朝、味噌汁、玄米、野菜炒め、ハムエッグ 昼、サラダ、バナナ……

 ……8/30 朝、味噌汁、玄米、納豆、卵焼き、 昼、サラダ、ヨーグルト、リンゴ……

 ……9/6 ……昼、サラダ、トマトパスタ、 夜、春雨スープ


 「なんか、ダイエットらしくなってきたな」

 一人が呟くと一緒に読んでいた他の同僚らも頷いた。

 主食は玄米に替わり、高カロリーな副菜は減ってサラダや果物などが増えた。間食はせず、夜はスープだけ、あるいは食べていない日もある。


 9/22 朝、味噌汁、サラダ、 昼、サラダ、お茶、……

 ……10/4 ……昼、バナナ、味噌汁、 夜、水

 ……10/11 朝、お茶、りんご、 昼、サラダ、 夜、水

 

 読み進めるほどに食事内容は少しずつ病的になっていった。


 11/17 朝、サラダ、 昼、サラダ、 夜、水

 ……12/1 朝、お茶、 昼、水、 夜、水、 


 「なあ、これ、まずいんじゃないの」

 誰かが呟く。最早誰も笑っていなかった。全員が緊張しながらページを捲り、息を呑んだ。



 12/7 朝、水、 昼、水、 夜、水、

 12/8 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/9 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/10 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/11 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/12 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/12 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/13 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/14 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/15 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/16 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/17 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/18 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/19 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/20 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/21 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/22 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/23 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/24 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/25 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/26 朝、水、 昼、水、 夜、水

 12/27 朝、水、 昼、水、 夜、水


 水水水水水水水水水水水水水、水、水、水、水


 どこまでも水、と繰り返し続けるページが3~4ページにわたって続き、唐突に終わっていた。それ以降は真っ白で、インクの染みすらついていなかった。

 「なんだこれ、気持ち悪い」

 一緒に手帳を見ていた同僚たちは興を削がれて散り散りに立ち去って行った。A氏ももう、こんな気味の悪いノートを開いていたくなかった。そそくさと所定の手続きを済ませ、すぐに拾得物保管庫へ放り込んでしまった。

 結局、所有者は現れなかったという。

 A氏はその後担当業務が変わり、忘れ物センターに行かなくなったのであの手帳がどうなったか知らない。だが保管期間を過ぎた忘れ物を移送する際、あの手帳だけは何故かどこにも見つからなかった、と人づてに聞いたという。




 

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 仙人ですかね。もしくはインドの奇跡の人……
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