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美少年の平穏

 木偶の棒が異動して行った。


 全く予想していなかった急な人員減とシフト変更なんかで多少ざわついた日もあったが、今は…。


「ごめーん!耳かきの数違ってたのに折りコン出しちゃった!誰かタスケテへるぷみー!どこにも不足分が見当たらなーい!!」

「ヤダも〜!やよいちゃ〜ん、隙間に一本落ちてるじゃない!」

「マジで!うわ、ホコリが!いや、こうすればキレイピカピカ!ヨシ問題ナッシン!」

「ちょっとやよいちゃん…破損届け書かないの?端っこで所長が段ボール畳んでるから書いといたほうが…」

「見てない見てない、ダイジョーブい!コレ、タダの美品!」

「あーもー!ナニ率先して偽装工作してんだよ!社員の矜持を持てっての!次やったら…オメーの弁当3回シェイクの刑だかんな!」

「な~に〜!そんな事したらアンタの車の上にハトのエサまくからね?!」


 いつも以上に…騒がしくてガサツでナアナアな日々がだな!?


「冬木!余計なことをくっちゃべっとらんと作業に集中しろ!とりかかった仕事は最後まで気を抜くな!!見ろ、これを!!段ボールに伝票が貼りっぱなしじゃないか!!シュリンクを二つも剥がしたうえに豪快に豆乳を倒したし…いくら何でも気が散り過ぎだ!適当にやっとけば良いとか…、社員なんだからキチンと()()を全うしろ!」

「はぁ~い!」


 こころなしか、所長が一気に老け込んだような気もする。怒鳴る声に勢いがないし、目が笑っていないというか、覇気がないというか、言葉だけ威勢が乗っかっているような。やよいが騒ぐたびになんとなくしおれていくような気もするんだよな。定年が近いおっさんを振り回すとかさあ、マジでやめてやれよ…。


 こういう現場のやり取りを間近で見ていると、やよいは木偶の棒を意識していたのだなと…、しみじみ感じる。それはけっして【意中の人】というくくりでは、ない。

 おそらく…同じ社員という立場の人間であることを弁え、みっともない部分を見せてはならないとハラをくくっていたのだ。ミスをしてはマズイと…気を引き締めて仕事に取り組み、あのクソ無能の木偶の棒のフォローをしながら自分の仕事にも細心の注意を払っていたに違いない。ああ見えて、やよいは気遣いと気配りのプロ中のプロだからな。


 気の抜けない日々を送っていた反動なのか、なんなのか。

 とんでもないミスを連発してはご丁寧に自主的に発表し、ヤバイヤバイと口だけで焦って、誰かに助けてもらうことを望んで、一緒に働く仲間たちにフォローしてもらって、感謝の言葉がザブザブ飛んで、スコンスコンとミスっては気兼ねなく指摘されて、潔く謝ってさ。

 許して助けて平和に笑い合う…、ちょっと残念ではあるが小気味の良い雰囲気がサーキットに漂っていることは間違いない。明らかに職場としての完成度、精度がグレードダウンしているものの、やよいが求めて目指してつくりたいと思っていた和気あいあいとした職場が、今、ここに完成しつつある。


 一時、職場崩壊がちらついたとはとても思えない。

 木偶の棒の最終出勤日…、それはそれは職場の雰囲気が悪くなったのだ。


 異動が不本意だったらしい赤池は、最後の最後まで不機嫌を垂れ流して行きやがってだな…!

 人の気遣いを…思いやりを尽く踏みにじり、悪意と怨恨をぶちまけ、倉庫内に不穏なオーラをガッツリ残して去ってったんだよッ!!

 正直、ここまで盛り返せるとは思ってなかった。やよいの底力っていうやつを、実感せずにはいられない。

 ガサツで鈍感で人の好意を尽くスルーする腹立たしい存在ではあるがだなっ! さ、さすが俺がホレこんだ女だけあるっつーか?!


 その日(赤池の最終勤務)は、やよいが公休だった。

 クソ野郎は、明らかにテンションが低く…、仕事は通常通りモリモリ押し寄せてるのに一切やる気を見せず、出そうともせず。


 一部のパートさんたちが気を使ってそれなりに気分よく送り出そうとしていたんだけど、アイツはそれをすべてシャットアウトした。不愛想で、無関心で、無慈悲で…、あまりにも身勝手で思いやりのない対応をしやがるもんだから、まさに腫れ物に触るような地獄の空気になっちまってさあ!


 どこのド阿呆が、バカタレが、去り際に現場を荒らしまくっていくんだよ!もう二度と会わないであろう縁の切れる人に対して、トラウマになりかねないようなダメ出しや人格否定していくとかさあ!

 アンタはガサツで気が利かないから疲れただのこんなマズいもん食わされる僕の気持ちを考えろだの親切の押し売りってホント自己満足の塊でしかなくてムカつくんですよねとかアナタに出会ったせいで鼻が曲がっただのこんな頭の悪い人がいると知れたことだけが収穫だっただのこんな出来の悪い大人は見たことがなかったので貴重な経験になっただの…てめえのスッキリ・スカッと感を満たすためだけに暴言を吐きまくりやがってさ!

 若い社員にイヤミ言われて泣かされるために年配者はパートしてるわけじゃねーんだぞ?!パワハラで退職して食いつなぐためにバイトしてるおっさんに向かって『無能だしどこも雇ってくれないからここに骨を埋めるしかないね』とかぬかしやがったり、パートの面接に来た奥さんに向かって『こんなところで働かない方がいいですよ』と真顔で吐き捨てたり…マジでありえねえ。


 どう見ても、八つ当たりだ。

 どう考えても、ダサすぎる。

 子供だって立つ鳥跡を濁さずという言葉を知ってんのに、マジでアイツ…なんなんだ。


 やよいが休み返上ででっかい花束でも持って最後の別れに来てくれると期待していたのか、仕事中に何度もスマホを見るわ、やたら便所に行くわでうっとおしいこと極まりなかった。


 お世話になりましたとか今までありがとうございましたとか、最後の挨拶はもちろん通常の『お疲れ様』の一言すら口にすることなく、黙っていつの間にか姿を消していたクソ木偶の棒。


 アイツがいなくなって、サーキット内から不穏な空気が抜けた。

 アイツがいなくなって、やよいは底抜けに明るい元来の姿を取り戻した。


 アイツがいなくなって、俺は…。


 俺は、今までと変わらず、仕事をしている。


 ライバルがいなくなったとか、不安が解消したとか、パートさんたちのいじりとか、やよいを口説くとか、好きになってもらうとか、付き合うとか、そういうのは一旦置いといてだな。


 この心地のいい関係を、今はまだ…続けていきたいとだな。


 いつか、全てを打破できるようなチャンスがやってくる…そう信じてだな。


「ちょ!!やよい!!何だこの折りコンの重ね方は!!こんなんじゃバランス悪くて崩れるだろうが!」

「ごめーん!!組み換えよろ!!頼りになるねえ美少年!惚れちゃいそ~!今度熱烈なラブレター書いてあげる!!」

「A3サイズの便箋にびっちり文字を埋め尽くして三枚は書けよ?!」

「よーし、全部♡で埋めつくしてやろ!!」


「相変わらず仲いいね~!!くぅ~!あまずっぱ~い!!」

「おいおいここには枯れたやつばかりなんだ、強すぎる刺激はほどほどにしろよ?!」

「いいわねえ♡ほほえましくてやる気が倍増しちゃう!」

「よーし、どんどんやれ!ハイ、大量のボールペンもってけ―!!」


 今のままの関係が続くことを期待している俺も…いたりしてだなっ?!

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