美少年の戸惑い
「わりと大ごとになっちまったなぁ…まさか異動とはねえ。所長も思い切ったことしたもんだよ、英断だな」
「やったじゃない♡あまね君、チャンス、チャンス!!この隙に…やよいちゃん、ゲット♡ゲット♡」
「やっぱさあ…結局漢気のあるやつには運が味方すんだよね。俺も真面目に一途に…一人の女性に向き合ってみようかな……」
「うーん、イケメンの動向が気になるな。もしかして逆切れして…やよいちゃんの事……マズいよ、杉浦君、早く…既成事実を……!!!」
二日前に決定が決まってしまった、一方的な恋愛指南合宿というやつに強制参加させられちまった俺はだな。
優男と、マッチョと、やけにこざっぱりした骨の折れてるおっさんと、はしゃいでる奥さんに…囲まれてだなっ!
風呂上がりの血色のいい面丸出しで、キンキンに冷えたコーラを…がぶ飲みしてだなっ!!
「…ッ!!!ナニ勝手に盛り上がってんだよ?!ぜってー面白がってるだろ!!!」
自分が話題の中心になることに慣れていない俺は、この状況が実にこう、くすぐったいというか!!基本的に単独行動を好むタイプだし、無駄につるまない自覚はあるし…、どうにも、自分自身が話題のタネになるってのが気に食わねえっつーか!!一対一の対話とか、テーマのある議論なら嫌いじゃないんだけどさ?!
骨を折りたてだから外出はやめとけと散々止めたのに、ガッツリ石膏で固めてあるから大丈夫だと全く聞く耳を持たなかったガンコジジイがいたもんだからさ!!
かわいがっている手下二人に抱えられながらひなびたスーパー銭湯に乗り込んで、入り口横にある散髪屋で髪を切り、酸素カプセルに入って、全身マッサージをしてもらってすこぶる上機嫌なおっさんがいるもんだからさ!!
いつもは風呂に浸かったりサウナでゆだるのに忙しくて利用したことがなかったから、いい機会になったとかなんとか…全くどんだけポジティブなんだよ……。
「そりゃ盛り上がるでしょ♡まさに急展開、関係性が変わるのは…今っ!!」
「そっかぁ…いよいよ杉浦君も大人の階段をのぼって…、いやあ、長かったね、青少年!!」
「大丈夫、何も心配しなくてもいいよ、むしろ盛大に失敗した方が思い出に残って!!」
食後のデザートにお気に入りのパフェを食べて…すっかり上機嫌になっている奥さんは、酒も飲んでいないのに完全に出来上がっていてさ!!調子に乗っているせいかやけに饒舌になっていて、少々…頭が痛いっつーか!!
そしてそれを煽りにかかる、人の恋愛事情に首を突っ込みたくてたまらない、いい大人が二名!!!原田さんの元部下であり現手下である、自称俺の兄貴分っ!!!
今日はバイトが休みで地味にヤキモキとしていたから、新しい情報は確かにありがたいわけだけど!
それをもってしても有り余る、過剰ないじりがだな?!
「もういいっての!!!そういうのは!!!つか、今日ははしゃぐために集まったんじゃねーんだぞ!!」
風呂上がりに飯を食いながら聞いた話では、昨日、宣言通りに所長が原田さんの見舞いに来て、色々と話し込んでいったそうだ。名目としては労災保険の手続きで訪問したんだけど、事故の詳細について確認したがっていて、書類の書き込みは3分で終わったのに、ついつい話し込んでしまったらしい。
報告は受けているけど、それは当事者抜きで語られたものでしかなく、判断材料としては信頼度が薄いものだとか、なんとか。どうやら不破さんが一連の出来事の流れに不信感を持ったらしく、やけにピリピリしていて所長がビビっていたようだ。俺のところに電話がかかってきて珍しいこともあるもんだなと思ってたけど、そんなことになっていたとは…。
「まあまあ、そうカリカリしなさんな。次は杉浦君の話をじっくりみっちり、根掘り葉掘り聞こうじゃないか。そっちはどうだったんだ?気が付いたら昼前になっていたから気にしてたんだよ。仕事大変だったんじゃないのか?余裕がなくなってまた失言したりとかしたパターンか?」
「いや、段ボールチェックはやよいがバッチリやってたし、赤池がやたらとはりきっててウザかったぐらいで、まあいつも通りだったよ。大変だったのはむしろ、所長が帰ってきた後であって…」
「なになに、何がどうなったの?!」
「さあさあ、お兄さんたちに詳しく話してごらん?」
「大丈夫、絶対笑ったりしないし!!」
自分の…やらかしを口にするのって、クッソハズイのな……。
二度と同じ過ちは繰り返すまいと反省しつつ、昨日の出来事をつらつらと報告する。
子供扱いされてブチ切れたこと。みっともなく自分の気持ちを押し付けてしまったこと。自分だけが気にしてて、やよいは年上の余裕でいつも通りにゲームを楽しんでいたこと。
らしくない発言を悔いる気持ちが駄々洩れしてるからか、意気消沈丸出しの俺の姿を見て、散々茶化していた吹越さんと上出さんが神妙な顔をしているのが何とも言えない。俺はそれほどまでに、やらかしてしまっているということなのか…。
原田さんは腕を組みながら天井を見上げているし、奥さんは…クレープシュゼットとアイスコーヒーを追加注文している。さっき刺身定食の大盛りを完食してたけど、よく食おうという気になるな……。
「吹越さんのコンパ、行ってみようかな…年上の女の扱い方も学べそうだし、落とせるような気のきいたセリフも学べそうだし。ぜってー向いてねーけど、もうそこにかけるぐらいしかねーっつーか」
半ば自棄になって、薄っぺらい笑顔を作ってみる。
……沈黙がきついな。
「杉浦君は…その泥臭いところが魅力なんだから、ずっとそのまま変わらない方がいいよ。変に自分を作ってしまうと、僕みたいに女性関係を拗らせかねないし」
「俺はまだあきらめるのは早いと思う。今まで積み上げてきた信頼があるじゃないか。邪魔者もいなくなるんだし、もっと長い目で見たらどうだい」
恋愛の猛者たちが、いたわりの目を向けてくるのが実に…染みる。
「冬木みたいに仕上がっている人間は、なかなか手ごわいな。あっちも…仕上がってる状態を崩されたくないから、頑なになるんだろう。本気で落としたいなら、誠意を真正面から何度もぶつけていくしかあるまい。慌てず、騒がず…いちばん近い位置に自分がいることをアピールしながら、コツコツと本音を伝えていくのが妥当だとは思うが…杉浦君は血の気が多いからなあ」
人生の先輩のありがたいアドバイスが、身に染みる。
染みては…いるのだがっ!!
「……いっつも俺ばっかりがハズくて、ダサくて!!こんなんじゃ…ますますガキ扱いされんだよ!!あーもー、なんで俺は五歳も年下なんだよっ!!!」
ああ…ダメだ。
こういう所が、俺は…ガキなんだっつーんだよ。
どうしようもない現実を気にして、しょーもない怒りに変えて、ドッカンドッカン花火みたいに打ち上げてさ……。
「青春なんてのは、往々にして恥ずかしいもんなんだから、しゃーないわな。変にカッコつけると、先が怖いぞ?先にみっともないところを見せておけば挽回できるが、カッコいいところばかり見せてしまえばあとは幻滅するだけだからな。いいか、一時の気の迷いで自分の良さを失うなよ?恥じる事は老いてからでもできる。年はまあ…永遠に追いつけないんだからあきらめろ!」
こういう、落ち着いた言葉を聞くと、自分は恵まれているなあと思う。
誰も信じられなくて、孤独に尖りまくっていた時代には…もらうことができなかった、宝だ。
「んー、なんかね、あたし思うんだけど…、やよいちゃん…断る口実に年齢を出してるだけだと思うのよねえ。ちょっとさ、短絡的すぎるっていうか、シャットダウンにかかってる感じ?真剣に口説いた時には、年の事…言わなかったんでしょう?それって、たぶん…ちゃんと向き合ってくれたって事なんじゃないかな?あまね君ってすごいと思うよ?だって…やよいちゃんとゴリゴリのケンカしてるの、あまね君だけじゃない。それってたぶん、本気?本心をまるっとぶつけていい人なんだって思われてるからじゃない?話を聞いてると、特別な人として認識されてるなあって!」
「……と、特別?」
思いがけず、自分に都合のいい見解が…奥さんの口から出てきて、みっともなく動揺しちまった。
……俺は、やよいにとって。
特別な、存在に……、なれているのか……?




