美少年の無念
本気で、口説いたつもりだった。
フルパワーで、口説きにかかった。
でも、やよいは…落ちては、くれなかった。
いつものおふざけを一切排除して、本気をぶつけた。
いつも恥ずかしくなって逸らしちまう目を、まっすぐに見つめ続けた。
ほんの少し、やよいの表情が…ブレたような気もしたけど。
俺は、結局。
好きな女を……口説き落とすことができなかったのだ。
情けない…いや、意気消沈っていうのか？
ガックリきちまったというか。
俺は…どうしてもっと、自分の思いを伝えることができなかったんだろうと。
俺は…どうしてもっと、やよいへの気持ちをぶつけなかったんだろうと。
伝えきれなかった、後悔。
伝えることができなかった、無念。
自分の気持ちを伝えて、受け入れてもらいたかった。
自分の言葉に、応えてもらいたかった。
………。
………ああ、そうか。
……俺は、自分の事ばかり、優先しちまったのか。
俺の話を、聞いてくれ。
俺の気持ちを、知ってくれ。
俺の言いたい事を、わかってくれ。
俺の事を、見てくれ。
俺を、俺を、俺を、俺を。
………自分の気持ちを伝える事に必死になって。
俺は……、やよいの事を、二の次にしちまったんだ。
………こんなんじゃ、俺は…あの木偶の棒と、変わらねえ。
俺は。
………俺は。
家に帰って、シャワーを浴び、メシを食って。
ゲームの電源を入れて、ログインすると……部屋のど真ん中に、わざとらしくお茶とまんじゅうが置いてある。
いつもだったら、ゴキブリがわんさか放たれていて、駆除に必死になっているところだ。
きっと…、やよいなりの、今日の侘びなんだろう。こういう所ではキッチリしてるのに、なんで……なんで、お前は。
～♪
（来客です！）
呆然としていると、テレビ画面の中で訪問者を知らせるチャイムが鳴り、案内メッセージが表示された。
（ドアを開けますか？YES/NO）
ドアを開けると、やけにはしゃいだコスチュームのウサギがあらわれて、俺のアバターの前でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
や～よ：遅かったじゃん！
や～よ：さてはゴージャスなご飯食べてたな？！
や～よ：金持ちはこれだから！！
や～よ：あたしなんかまたもやしご飯だったのに！！
ゲーム画面に出てくる、メッセージウィンドウ。
いつも通りの温度感、いつも通りの雰囲気。
『や～よ』は、やよいのアバターだ。
普段パワフルに大暴走しているくせに、やたらと可愛らしい、華奢な印象の藤色のまだら模様のウサギのキャラクターを使っている。似合わねえなと笑い飛ばしたら、アンタこそでっかいクマのアバター使ってるじゃんと笑われたわけだけど。
いってつ：冷凍のピラフだっての！！
いってつ：298円がゴージャスかよwww
いってつ：ビンボー人おつ！！
やよいのアパートは壁が薄いとかで、基本的に会話はすべて文字チャットを利用している。
やり取りは正直面倒だが、俺は…文字を打ち込む作業も、メッセージを読むことも嫌いではない。
俺もやよいも、思ったことがすぐに口に出るタイプだからさ、文字を打つことで少しだけ冷静になれるというメリットもあったりするんだよな。だから、現実世界みたいなガキっぽいケンカをしないで済むというか。……まあ、逆に伝わりにくいこともあったりするんだけどさ。
お茶を飲み、まんじゅうを食って…ご馳走様のアクションをすると、ウサギが『どういたしまして』の札をあげた。
……ゲームの中だと、やよいは…気遣いの姿を見せることが多いんだよな。チャット欄はやよいそのものだけど、アクションなんかは…女子を感じる事も少なくなくて……。
や～よ：機嫌なおり過ぎたでしょ！！
や～よ：あたしデラックスパフェ食べたいな～♡
しゃーねーなあ、もう。
買い物アイコンで課金アイテムのパフェを二つ買って、テーブルの上に置いてやる。
飛び跳ねて喜んだ後、いただきますのアクションをして、ウサギはパフェに手をのばし…って！！！
いってつ：ちょ！！俺の分まで食うなよ！！
や～よ：ごめんごめんwww
や～よ：ねーねー、海岸に伊勢エビ出たってスイッチョンから聞いたからさあ、とりに行かない！！
ああ……、いつも通りだ。
いつも通りのノリに、いつも通りの気軽なやり取り。
あんなことがあっても、お前は。
あんな風に言い争っても、お前は。
あんな逃げ出し方をしても、お前は。
やよいは……、俺との関係を壊すことまでは、考えていない。
少なくとも、俺との関係性を現状維持したいとは思っている……らしい。
…………今すぐ、答えを出さなくてもいい。
今は、……まだ。
やよいとのつながりは、まだあるんだ。
消えたわけでも、ブツ切れた訳でもない。
……焦るな。
時期を…待とう。
伊勢エビを釣り上げながら、心に、誓った。
