美少年の敗北
やよいの表情が、どんどん…ぎこちなくなっていく。
俺の本気が伝わっているからなのか…?
それとも、強い口調に怯えているのか…?
ずいぶん前に辞めて行った、老害丸出しの爺さんの事を思い出す。
明るく朗らかにサーキットをまとめていたやよいに対して、クソつまんねえ説教をしだして。
いつものようにおちゃらけてかわそうとしたやよいに向けて、一階まで突き抜けるような怒鳴り声を浴びせやがって。原田さんがジジイを捕獲して、事務所に連行して。シーンと静まり返るサーキット内に…やよいの声が響いて。
―――いやー!さすがにちょっと涙がちょちょぎれちゃったよね!!!
豪快に笑ったくせに…、俺のカートに荷物を載せた、その指先は…震えてやがった。
―――震えてんのかよ?!なんか繊細みたいじゃん!!似合わねー!!
あの時のやよいは…顔色が明らかに悪かったからさ。
だから俺は…、いつものように食い気味に話しかけたのさ。
俺に対する怒りで気を取り直して…、忘れちまえばいいと考えてさ。
―――んまっ?!あたくしだって年頃の女子ザンス!!!たまには震えてみることだってあんの!!!あ~も~、配布係替われ今すぐ!!ハイ、かーわった!!!あ、ボールペンの箱乗っけちゃお!!!
信じられないくらい血の気の引いた笑顔を見せながら、セリフだけはいっちょ前に……いつも通りに煽ってきやがってさ。
強がっているのだと、呆れた。
強がることができるんだと、感心した。
強がってんじゃねーよと、腹が立った。
あの時見た、やよいを思い出すくらい……、今、俺が見つめている、顔は。
「……俺と恋に落ちろって、言ってるじゃん。なんで、落ちてくんねーの。」
飾ることのできない、泥臭い本音を、吐き出す。
目だけは、しっかりと…やよいから、逸らさずに。
まっすぐ、まっすぐ……気持ちを伝えたい人を見つめて。
「私を恋に落とすには。…相当の覚悟が、必要だと思うよ。」
同じ目の高さで見つめ合ったまま、やよいの言葉を受け止める。
「だって、私、思い込んでるもん。イケメンが好きだって。これは恋だって。」
駄々をこねながら、言い訳をしながら、必死になって俺をフリにかかってやがる。
そんな顔をしながらもっともらしいことを言っても…ぜんぜん信ぴょう性がねえってのにさ!!
「思い込んでる私を…変えるだけの何かが。あんたにあるのかな?」
できないでしょという、勝手な決めつけか?
関わらなくていいんだからねという、おかしな押しつけなのか?
お前…俺のこと、バカにすんなよ?!
年上だからって、調子にのってんじゃねえぞ?!
なめた事……してんじゃねえぞっ!!!
「俺は!!お前をさらってく準備はいつでもできてんだよ!!だけど!!お前をさらっていくにはお前の許可が必要だから!ずっとイラついてんだよ!!お前!!さらわれる準備、しとけよ!マジで!!」
本気が伝わらないなら、伝わるまで言い聞かせてやるだけだっ!
俺は…適当に流されて納得するようなタマじゃねえんだよっ!!!
「ええーやだよ!!私、自分の意志で、自分の人生歩みたいもん。さらわれて自分の人生歩めるとは思えん!!」
おちゃらけたことをぬかしてはいるが、その目は…落ち始めた太陽の光を受けて、ほのかに揺らいでいる。もしかして…泣いているのか?
だから、なんで…なんで、そんな顔してんだよ?!
本当に本心からそう願うのであれば、そんな顔はしないはずだろ?!
自分の意志?
自分の人生?
それは…本当に、自分が!!
やよい自身が歩みたいと思う人生なのかよ!!
誰かのために…自分の人生を丸投げしてんじゃねーよっ!!!!!!
「ばっか!! さらわれた先でそこから自分の人生始めろって言ってんだよ!! お前、ぬるい位置から自分の人生傍観してんじゃねえぞ?! マジふざけんな!!」
「ふざけてなんか、ないって。いたって真面目なんだけどw」
ダメだ!!
……笑うな!!!
感情を捻じ曲げて、笑顔を作ってんじゃねーよっ!!!
お前は今、笑うべきじゃないってことに気付けよ!!!
そうやって、笑って全てを良しとするのは…もうやめろっての!!!
「お前の人生なのに、なんでお前が! 周りのやつの人生の世話しなきゃいけねーんだって言ってんだよ!!」
……くそッ!!!
どれだけわめいても、俺の本気がやよいに浸透していかねえ!!
それどころか…俺の怒鳴り声が響いて、いつもの悪ノリの、掛け合いの、言い合いの、ケンカ上等の空気が漂ってきやがった!!!!
「ま、そういう人生も、あるわなwww」
マジな雰囲気を、やよいが…、一刀両断しやがった!
「ま、考えとくわ!!真面目なメッセージ、ありがと!あとでおうちにケーキ、置いとくわ!じゃね、おつおつ。」
俺の本気を…ザックリ!!!
振り落としやがった!!!!!
…ピッ!!!
まだかすかに残る、シリアスムードを断ち切るように…やよいは車のロックを開錠し!!!
「ちょ!!待てよ!!」
話は…話はまだ終わってねぇんだよっ!!!
「逃げてんじゃねえよ!!話は終わってねえっての!!いい年して逃げ得かよ?!」
ダメだ…やよいはもう、俺の言葉を聞く気がない。
車に乗り込み、エンジンをかけ、砂利を蹴飛ばしながら…駐車場を出て行っちまいやがった!!!!!!!!
クッソ―!!!
何でだよっ!!!




