美少年の本気
俺は、やよいを待ち伏せすることにした。
絶対に逃げられないよう…、やけに可愛らしい水色の軽自動車の前に立ちはだかるようにして。
……ダッシュボードの上には、俺から奪ったゲーセンのぬいぐるみが三つ並んでいる。
―――ちょ!!勝手に持ってくなよ!!!オメーはすっこんでろ!!!
―――いいじゃん!みんなに配ってるんだったら私だってもらっていいでしょ!!仲間はずれ、ダメ絶対!!てゆっかミミッチイことすんなよ!!男のくせに!!は~い、皆さん、じゃんけん大会やります!!しゅ~ご~!!!
あれはもう…一年以上も前の事になるのか。
ゲーセンでバイトするツレが、日ごろお世話になっているお礼だとか言って…ゴミ袋いっぱいのぬいぐるみを渡してきたことがあった。
俺はこの手のアイテムは欲しくないタイプだから、パートさんにでももらってもらおうと思って、昼飯時に適当に配ることにしてさ。そしたら、やよいがしゃしゃり出てきて、ひっかきまわして、嬉しそうに…誰ももらわなかった色違いのぬいぐるみを胸に抱えやがってさ。
―――こんなもんでも喜ぶのかね?寂しい女ってのはつまんねえもんで喜ぶなあ!!
―――うっせー!!ぬいの皆さんに罪はない!!私が末永くかわいがって差し上げるから、とっととよこしな!!おぉおぉ…かわいいねえ、おまいたち…♡クソ生意気なヤンキーなんかほっといて、私のところで幸せに暮らそうね♡
あの時の笑顔が、やけに……かわいかったことを、覚えている。
こんなガサツなやつでも、こんな表情ができるのかと、驚いたような、気がする。
……あの日から、ずっと。
こいつらは、やよいの車の中で…ニコニコと笑い続けている。
ぬいぐるみの笑顔は、貼り付けられたものだから…変わることが、ない。
ずっと変わらず…同じ笑顔のまま。
……。
ガチャっ
事務所の鍵が締まる音がしたので目を向けると、やよいがいつもの通りに…駐車場へと向かってくるのが見えた。
俺の姿に気が付いて、いつもと変わらない笑顔を装備して、近づいてくる。
「…おい。」
声をかけると、ほんの少しだけ…やよいの肩が、震えた。
些細な異変は、よく見ていなければ絶対に気付かないレベルだ。……単に、驚いただけなのか、それとも。
「あ、おつおつ。今日はイケメンが戻ってこなくて大変だったね!めっちゃ頑張ってくれてありがとね!!マジ助かっ
「お前さ。マジでいいかげんに、しろ。」」
悪いけど、気遣う余裕が……ない。
「おまえなんなの?何見て何考えてんの?」
苛立ちが、抑えきれない。
「前を見て、楽しいことを、考えてるけど。」
それは……本当に、お前の望むことなのか?
違うだろ……?
お前は、場の空気を読んで、それに乗っかっているだけなんだろうがっ!!!
「嘘つけ!!…お前さ、何かあんの?マジで、おかしいって。」
やよいの表情が、ぎこちなくなっていく。
ほんの少しだけ、だが、確実に。
「全部、言えよ。全部、受け止めてやる。俺なら、受け止めることができる。」
どうしたら伝わる?
俺の、やよいに心を解放して欲しいと願う気持ちは!
俺が、やよいに偽ってほしくないと願う気持ちは!!
「いう事なんか、何もないよ!毎日、楽しいよ!見込み違い、乙!!」
いつものように軽口を叩いているつもりのようだが、明らかに動揺している。
唇をほんの少し噛んでいるのは、どうしてなんだ。
言いたいことを、無理やり飲みこんでいるからなんじゃないのか。
「…赤池は、ダメだ。あいつは、お前に、助けてもらう事しか、考えてない。」
どうせ、いつもの…頼まれたら断れない癖が発動しているだけに違いない。
好きでも何でもないくせに、付き合ってくれと言われたからその通りにするしかなくてさ!
「そんなことないよ!いっぱい助けてもらってるよ!」
いっぱい助けているのは、お前の方だろ?!
「あいつを受け入れるための言い聞かせを、するんじゃねえ!!」
なんで、なんで…お前が!!!
あんな奴に、あんな自分の事しか考えてない奴のために!!!
犠牲になってやらなきゃいけねえんだよっ!!!
「あいつに恋をするために、自分の気持ちを、ひん曲げるなよ!!お前、あいつなんか、微塵も好きじゃないくせに!!!」
やよいの、でっかい目玉が。
一回り…大きくなる。
お前、今…自分がどんな表情してるのか、わかってねえだろ?
「顔が、好きだって、言ってるじゃん!!!」
顔なんてどんどん、変わっていくんだぞ?
今好きだというその顔は、あっという間にしょぼくれていくんだぞ?
顔は……、表情で、感情で、コロコロと変わるもんなんだぞ……?
あんなにしょっちゅう悪感情をさらけ出すような男の顔の、どこに魅力を感じるんだよ!
好きな女の前であんなにも自分の不機嫌を撒き散らして…好きな女に気をつかわせて満足するようなやつに、お前が…やよいが気をつかう必要はねえっての!!!
「……俺と恋に落ちろって、言ってるじゃん。なんで、落ちてくんねーの。」
……俺なら。
お前は…何一つ無理をしないで、いられるはずだから。
お前が…真っ直ぐ感情をぶつけても、へこたれたりしねえから。
俺は…、お前の不器用な恋に!!
とことん付き合う覚悟が、できてるんだからなっ!!!




