美少年の冷静
「おはよう!イケメン!今日もいい顔してるね!!」
「ありがとう!冬木さんもかわいいね!!」
俺は…自分の目と耳を、疑った。
なんで…目の前で!!!
クソ木偶の棒とやよいが…イチャイチャしてんだよっ?!
昨日のドタバタ騒ぎで、好きだのキライだの言ってたのが全部ブチ飛んだと思い込んでた、俺が…浅はか過ぎた。あのうさん臭い壁ドンイベントは…有効だったって事かよっ!!!
昨日までの塩対応、仏頂面、不機嫌丸出しのオーラが打って変わって上機嫌になっているので、パートさん連中がみんな目を丸くしている。
「ナニ、アレ…」
「変な薬でも飲んだんじゃないのか…?」
「ねえ、怖いよ?」
「揺り返しが怖いな、近づかない方が良さそうだ」
ただでさえ原田さんの事があって不信感が爆上がりしているのに、この豹変…はっきり言って、害悪でしかない。つくづく…自分の事しか考えてないクソ野郎だよ!!!
遠巻きに見ているパートさんたちの不安を解消しなければ、今日の仕事に悪影響が出ること間違いなしだ。集中力を欠いて事故が起きてはたまらない…もしかしたら巻き込まれるのは、やよいかもしんねえんだぞ?!
「おい!!やよい!!どうなってんだよ!!なんだよ!!これは!!」
能天気に愛想を振りまいているやよいを怒鳴りつけ、ロッカールームに活を入れる。おかしな空気は、勢いで吹き飛ばすに限る!!!
「うん!なんかね、イケメン私のことずっと昔から好きなんだって!だから恋人になった!」
「はあ?!」
ひそひそ声が充満していた空間のざわめきが、ぴたりと止んだ。
スタ、スタ、スタ・・・木偶の棒の足音が響く。ロッカールームを出る時、こちらを振り返って気持ちの悪い笑顔を向けると…やよいがヒョイヒョイついて行きやがった!
「ねえ、何、アレ!!!杉浦君、冷静にね?」
いつもニコニコしている古川さんが…見た事のないような険しい顔でこちらにやってくる。こんな穏やかな人になんて顔させてるんだよ…。スッと…冷めていくというか、ドン引きしちまったと言うか…。
「……俺は冷静だし。昨日…原田さんにさんざん説教されてきたから。でも、冷静じゃねえやつが…二人もいるって事なんだよ!!」
あー、ダメだ!!感情がハデにブレやがる。冷静ではあるが…怒りが抑えきれない。怒り任せに怒鳴り散らしてねえと…どこに意識を持って行けばいいのか混乱しちまう。…落ちつけ、俺っ!!!
「冬木はまあ…いつもの感じだから仕方ないっちゃあ仕方ない。だが…イケメン、アレはまずいんじゃないか?」
「はっきり言って怖いよ…機嫌損ねた途端に何か仕返しされそうじゃない…?やよいちゃんと話しただけで睨まれそう」
「……俺、所長にチクってくるわ。これ以上人員が減る事態が起きたらまずい。今度は…骨じゃ済まなくなるかも知れん」
大きな身体を揺らしながら、大下さんが事務所に向かっていった。…原田さんが抜けてて人員が減ってるのに大下さんまで事務所に行っちまうと朝一のスタートダッシュが効かなくなるが…しゃあねえ…。
壁に貼ってある人員配置を確認すると、俺は午前も午後も配布…ダンボールの裁け具合によっては午後にバラマキに入ることもできるだろう。なるべく軽いもん中心で配布して、様子を見るしかねえな。
キーンコーンカーンコーン……
《まもなく始業の時間です。皆さん、配置につきましょう》
…少しでも遅れたら、暴走している木偶の棒がめんどくさい事を言い出しそうだ。
「やよいの事は様子を見るしかねーって!!とりあえずサーキットにいかねーとまずい、みんな急いで!!」
俺の声で、いつもよりも人の多いロッカールームからパートさんたちがはけていく。おばちゃん、おじさん、中年…揃って小走りしている姿を見ながら、俺も急いで配布所に向かった。
配布所に行くと、やけにつやのいい顔で木偶の棒が…まーたおかしなダンボールの積み方をしてやがる。おかしなテンションでブーストが掛かっているからか、いつものぼさっと感が嘘のようにテキパキしやがって…鼻につきまくりだ!!!
下手に口を出してめんどくせえ事になるのも不愉快なので、なるべく見ないようにして自分のペースでダンボールを組んでいく。朝は荷物が多いので、作業にだけ集中していれば……。
「こっちも貰いに来てください!」
「は、ハイ!!」
いつもだったら無言で段ボールをさばいてる奴が声なんかかけるもんだから…一部のパートさんがビビっている。こっちに並んでいた人が急に方向転換をしてカートを回すから危なっかしくて仕方がない。
ハラハラしながらクソ木偶の棒が美しく積み上げた段ボールを奪い取り、手早く配布していく。積んだ段ボールが減って行けば、新しいものを積んだりつぶさないといけない箱が出るから…パートさんのカートに物をのせる作業をやらずに済むからな。
「絆創膏開けまーす!軽いの欲しい人はこっち並んで!!」
やよいが荷物を取りに来るたびにハッスルした様子で声を出し。
「杉浦君、ついでにつぶしておくから、その段ボール、投げて!」
大げさにわざわざ宣言までして段ボールを畳みやがって…正直ムカつき度がハンパねえ。
「イケメン!配りやすそうなのプリーズ!!」
「はい、僕からの…プレゼント!!持ってって!!!」
「せーんきゅー!!」
浮かれたやよいはクソ木偶の棒のところにばかり並びやがるしさ!!
いちいち荷物を受け取るたびに忌々しいやり取りが耳に響いてきて…ああっ!!クソっ!!!
高級ティッシュの詰まっていたダンボールを、足で勢いよくぶっ潰した瞬間!!
「…フラれたからって、物にあたるのよくないね。君、もうちょっと大人になったら?」
サーキットの方に人が溜まっていて、誰もいない瞬間を見計らって…クソ木偶の棒が俺に声をかけてきやがった。完全に…マウンティングにかかってやがる。
どう見ても上から目線で、人を見下した態度…背が高い分相当見晴らしは良いはずだが、な~~~~~んも見えちゃいねえのな!!!
「いつも通り手早く潰してるだけだけど。あんたこそ喜び過ぎて周りを困惑させてるってことに気付けよな。どっちだよ、大人になんなきゃいけねえのはさ。仕事中にしていい事と悪いことの区別もつかねえの、まずいんじゃね?」
いちいち反応するのもばかばかしいが、浮かれて仕事中にサーキットの奥に行って…乳繰り合うような事があっては、ならないからな。昨日の壁ドン騒ぎをチクリと刺しつつ、自分の仕事に集中する。
段ボールを畳みながら木偶の棒を見上げると…はん、案の定の手を動かさずに腕組みかよ。ほんっと~~~~~にどうしようもねえ奴だな!!!!!!!
「君が食堂で恥ずかしげもなく冬…やよいを口説いていたからね。僕も追い込まれた、ただそれだけさ。僕の告白をやよいは受けて、彼女はもう僕のモノになったんだ。いい加減…諦めてくれないかな。うっとおしいんだよ、はっきり言って。その恨みがましい目がさ」
なんだ・・・?
なんなんだ・・・?!
なんなんだよ、こいつは!!!!!!!!!
勝ち誇ったような顔で、堂々とやよいの事いきなり呼び捨て?!
僕のモノ?!何言ってんだ!!!!!!!!!!!!
やよいは・・・やよいは、モノなんかじゃねえぞっ?!
―――堪えろ、杉浦少年!!!
原田さんの言葉を思い出し、わなわなと震える手をギュッと握りしめ…痛みを感じた、その瞬間。
かつてやよいにケガの手当てをしてもらった事を思い出した。
―――ッ!い、いってーな!!
―――男は黙って痛みに耐えろ!!
あの時つないだ、手の…暖かさ。
ハートごと、ぎゅっと握りこまれたような、あの、瞬間。
……冷静に、なれ。
こんなクズ、相手にする方が…無駄だ。勝ち誇りたいだけのやつに飛び掛って伸した所で…またつまんねえ主張をして、俺が排除されて、ここにいる全員が害を被る事になるだけだ。
俺は何も言い返さず、ただ目の前にあるダンボールをさばく事だけに集中することにした。
無言で配布を続けること…しばらく、所長がこちらに向かってくるのが目に入った。
…大下さんとの話は終わったのか?地味にダンボールが上がってくる場所のチェックが滞っていたから助かった。もうじき昨日チェック済みの分のダンボールがなくなるからヤバイと思ってたんだよ。
「おつかれさま!ごめん、赤池君…午前の作業がひと段落したら、一旦事務所のほうに来てもらっていいかな?そうだな…僕が下に行くタイミングでここを抜けて、お昼は…先に食べてもらって、それからでいいから」
どうやら所長直々に、木偶の棒に指導が成されるらしい…?
「でも、杉浦君一人になってしまいますよ。社員が残らなくていいんですか?」
「冬木さんがいるから大丈夫だよ。…頼むね」
「わかりました」
所長の前なので、これ見よがしにてきぱきと荷物をさばきながら会話をしてやがるのがこれまたムカつくが…あと2時間くらい我慢をすれば忌々しい時間も終わりそうだ。
「杉浦君、ダンボールたまってるけど?足元は開けておかないと事故につながるんだ、もっと気を配らないと」
「どうしてあんな繊細なパッケージのものを大下さんのカートに乗せたの?ああいうコスメキットセットは女性に配らないとダメだよ」
「さっきのカート、もうひとつ乗せる事ができたはずだよね?効率を考えて判断しないと人件費が無駄になるよ」
「…バイトじゃあ、そこまで細かいところに気が回らないのもわかるけどね。長く働いているんだろう、もっと学習してくれないと困るよ」
時折聞こえてくるのは、ただの雑音。
余計なことは考えずに、仕事だけに集中しよう。愚痴は・・・原田さんとその手下にたっぷり聞いてもらえば良い。
俺は返事もせずに、大量の荷物を配布し続けた。




