美少年の訪問
…ピンポーン!!
《はーい》
「こんばんは、杉浦ですけど!」
夜七時半、俺は原田さんの家にやってきた。
昼間のケガの事が気になっていたのはもちろん、クソ宮崎の事も伝えておきたいと思ったからだ。
四月に決めたゼミの懇親会があってこんな時間になっちまったから明日にしようかと思ったんだけど、メールで聞いたら今から来いっていうもんだからさ。
「アラー!!あまね君!!なに、パパのお見舞いに来てくれたんだ?も~聞いてよ、さっきね…」
「あ、これおみやげのシュウマイ!あったかいからすぐに食べて!!」
原田さんの奥さんは、めちゃめちゃいい人ではあるがかなりおしゃべりで人懐こくて、一回話し始めてしまうと止まらなくなる癖がある。それを抑えるためには美味しいもののおみやげが効果的だという事を知っているので、駅前の中華屋に寄って献上品を買い込み、持ち込んだのだ。
「アラー!!ありがとー!ふふ、さっそくいただいちゃお!!パパー、あまね君が良いものくれたわよぅ!!ささ、上がって!!リビングにいるから♡」
手土産のシュウマイを差し出すと、にっこり奥さんが笑ってキッチンの方へ消えて行った。それを見送りつつ、俺はいつも通りに靴を脱いで端に寄せ、水色のスリッパを拝借し、リビングへと向かう。何度も来ている原田さんのうちなので、勝手知ったるという感じだ。
…廊下の写真コーナーが一新されているのは、先週奥さんの個展があったからだな。
奥さんはなにげに全国的に有名な手芸家だったりするんだよな。リビングに続く廊下の棚には可愛らしいぬいぐるみやフェルト細工が並んでいて、手芸に興味のない俺でもすげえと思うレベルでさ。
「おう!!なんだなんだ、そのしけたツラは!!」
リビングに顔を出すと、いつも以上に声を出すおっさんがいて…いたたまれないというか。
宮崎の操作ミスでカートと折りコンの間に挟まれ、右足首の骨を折ってしまった原田さんが痛々しくて…顔に出ちまったみたいだ。下手に気を使うと、まーたツッコまれそうだな…。
「そっちこそ随分大げさじゃん!!なに、全治二ヶ月って聞いたけど…大丈夫なわけ?!」
「めちゃめちゃ痛てえよ!!60過ぎの骨折とか致命傷だぞ!!杉浦君、責任取っていっぱい遊びに来てくれよ、がはは!!!」
俺は事故の時、ちょうど荷物をさばき終わったところで…後ろを向いて段ボールをつぶしていたから決定的瞬間を見ることはできなかった。だが、サーキットの方から今までに聞いた事もないような衝突音がして、叫び声が聞こえて、明らかに非常事態だと思ったので荷物をほっぽり出して配布所を飛び出したのだ。
現場に全速力で直行すると、大下さんと佐木さんが散らばった荷物や割れた折りコンの処理をする横で宮崎さんがぼさっとつっ立っていて…川島さんと古川さんがしゃがみこんで誰かを励ましていた。
何が起きたのか理解しようと前に出ると、原田さんが横たわっているのを見つけて血の気が引いた。慌てて肩を貸して上体を起こすと、痛そうなうめき声を出して、これは大変なことになったと思った。パッと見た感じ出血とか変形とかはないけど、近くにいる人が口々に状況を説明してくれたので瞬時に状況を把握することができ、即救急車を手配するべきだと思った。
パートは仕事中のスマホ所持を禁止されているので、電話をすることができない。事務所に行けば電話はある…そう考えたところで、社員ならスマホを持っているはずじゃないかと気が付いた。
やよいは事務所に呼ばれているから、ここにはいない。木偶の棒はいるはずだ…そう思ってあたりを見回すと!!!
明らかに異変が起きたとわかる状況なのに、無言で荷物を配布する準備をしていたのが遠目に見えて…、俺は、ブチ切れた。
―――バカヤロウ!!!けが人が出たんだぞ?!足挟んで、かなり腫れてんだぞ?!折れてるかもしんねーんだぞ!!!なにぼさっとしてんだよ!!社員だろ?!社員様なんだろうが!テメーがまず駆けつけて状況確認しなきゃダメだろうがっ!!!なんなの?!マジ無能かよ!!!時間帯責任者のくせに無責任にスルーぶっこいてんじゃねえぞっ!!!事務所にあるタンカ持ってきやがれッ!!!!
サーキット内にいる人全員が吹き飛ぶレベルで怒鳴り散らしてようやく、木偶の棒が駆け足で事務所に向かいやがった。
でもって持ってこいといったタンカは持ってこずに、嫌がる原田さんをバランスの悪い持ち方で抱えて行きやがってさ!!!
ようやく帰ってきたと思ったら事務所に行ったまま全然戻ってこず、ずーっと空気の悪いまんまで作業することになって大変だったんだ。みんな追突されるんじゃないかってビクビクしてるから、宮崎に段ボールたたみに入ってもらって、全然やる気がなくてどうしようもなくてさ!!!
事務所から戻ってきた木偶の棒は…何を思ったかやる気のない宮崎に配布を教えるとか言い出しやがって!!!
慣れない仕事でますます機嫌が悪くなるやる気のないおっさんにやよいが凸かまして、ひと悶着あって!!!
やよいにトンデモねえことぬかしたやつがいきなり職場放棄して!!
穏やかな岸部さんまでブチ切れて、木偶の棒はますます機嫌を悪くしやがって!!
俺も心底ムカついちまって…ついやよいに向かってつまんねえガキ臭い事言っちまって…!!!
とてもやよいの顔を真正面から見る気になれず、逃げるようにゼミの懇親会に行って、挨拶だけして早々に切り上げてさ。担当教員のイメージ悪くなっただろうなあ…クソ、なんてタイミングの悪い!!!
「なるほどねえ…杉浦少年もお疲れだったな。まあまあ、そのうちイイことあるよ、元気だせい!!」
「元気出すのは原田さんの方だろ…隠居してるとマジで体力落ちるからな!!もうサーキット回れなくなるかも…」
「怖い事言うなよ!!!俺はみっちりリハビリも頑張って絶対に復帰するからな!!!」
「そこで無理すっから治りが悪くなるんだろ?!まずは動くな、安静にしろ、そして俺の愚痴を聞けええええ!!!」
「アラー!!あたしも愚痴聞くわよ!!っていうかねえねえ、今日ね、あたし初めてやよいちゃん見たわよ!!!んも~、あまね君てば面食いねえ!!あれだけ『俺はツラじゃなくてハートで人を選ぶ』だのなんだの言ってた人が♡大きな二重のたれ目、太い眉に元気いっぱいの血色のいいほっぺた、つやつやの唇にサラサラのポニーテールのイケ女♡すごく天真爛漫で本当にかわいいわね♡う~ん、でも…もしかしてやよいちゃんの方が背高いんじゃない?もうちょっと頑張って毎日牛乳飲んで背、伸ばそうね!!!」
「俺はまだ成長期なんだってば!! 見てろよ…大学卒業するまであと2年、ぜってー身長185センチ超えてやるからな!!!」
「背なんかなくても熱いハートがあれば惚れた女ぐらい落とせるだろ!!俺を見ろ!!160ねーんだぞ?!なのにこいつは俺にベタ惚れだ!!!」
「ヤダ~♡もう、パパったら!!好きだけど♡」
原田さんは普段めちゃめちゃ奥さんのこと塩対応する癖に、たまにこうやってデレるから隅に置けねーんだよな…。しょっちゅうケンカしてるくせに、要所要所で仲のいいところを見せ付けられて…あーあ、俺もこんな風に……。
なんとなく凹んできたので、出されたシュウマイに手を伸ばしてモグモグ食ってみる。…美味い。ここのシュウマイは本当に美味いから、いつか一緒に食いに行こうと…安月給でかつかつだからもやしばかり食べているやよいにたらふく食わせてやりたいと……。
「で、どうすんだ?今日は泊ってくか!!」
…くそ、今日は泊りこんでみっちり愚痴らせてもらうかな。




