美少年の激怒
ッくっそ・・・ふざけんなっ!!
なんだあいつ?!
ナニ考えてんだあいつ!!
あンのクソ木偶の棒…いきなりやよいに襲いかかりやがった!!!
平日ののどかな職場で…堂々と壁ドンをかましやがって!!
今からキス?!
バカじゃねえの?!
いちいち宣言するとか…なんの儀式だよっ!!!
「ちょ!!ふざけんな!!おい!誰かここはいれよ!!」
「あ、私入っとくから!!杉浦君、頑張って!!!」
開けていた段ボールを放り出し、岸部さんの声援を背に受けながら現場に飛んで行く!!近くにいた何人かがサーキット内で足を止めて、なんやかんやと声をかけあってやがる!つまんねーことくっちゃべってるくらいならふざけたやつの蛮行をとめろってんだ!!やよいの唇の危機だぞ?!
「おい!!何やってんだよ!!仕事中だぞ?!」
にらみを利かせて、二人の間に割って入る!!!
「えー、だってイケメンがさー!!ずーっと好き好き言われてたから好きになっちゃったって!!好きになった責任取れっていうし、強引な一面を知ってうれしくなっちゃって!でね、このままここで手籠めにされそうだもんだから、せっかくだしみんなに聖なる契りの立会人になってもらおっかなってさ!!ようやくあたしの地道の努力が実ったわけじゃない?でもさあ、せっかくイケメンに告白してもらったか
「はぁ?!告白?!こんななんでもない日の仕事中に、こんな小汚い倉庫の片隅で?!手籠め?!契り?!立会人って何なんだよ!!お前…頭膿んでんじゃねぇの?!」」
「うっせえちび!!人の恋路の邪魔をするやつなんか…馬に蹴られちまいなっ!!!」
「なんだと?!オメーの方こそ馬に蹴られて正気取り戻して来いってんだ!!」
「なにおう?!ガキのくせに大人の恋愛に口突っ込むな!!おこちゃまは絵本でも読んでお姫様とのラブラブに憧れて指でもくわえとけよwww」
「ばっかじゃね?!ガキはお前の方だろ!!」
目の前で俺とやよいがド派手にバトってんのに、全く我関せずで口角を上げ、ぼさっとしている木偶の棒。
告白して、受け入れてもらったことに満足している?!
いつもより近い距離間に、喜んでいる?!
明らかに機嫌がよさそうで吐き気がする!!!
つか何だよ、そのやよいに罪をかぶせるような恩着せがましい告白は?!
被害者ぶって…責任を取らせる気満々でだと?!
責任?馬鹿じゃねえの!!!
強引?ただのやよいの気持ちを無視した大暴走じゃねえか!!!
こんなの…告白なんかじゃねえだろ!!!!!!!
あれだけやよいに塩対応してたくせに、好きだった?!
やよいの事を何ひとつ気遣えないくせに、好き?!
自分の不機嫌をやよいに擦り付けてるやつが、好きとか言う?!
自分第一の思考回路しかできないやつが、やよいの事を好きとか言うんじゃねーよっ!!!
自分がふられる事の絶対にない、100%安全パイの…身勝手な気持ちの押し付けだ!!
絶対に断らせる気の無い、『私も好きなんです』という同意の言葉しか受け付ける気が無い、受け入れるのが当然だという、【告白即付き合う】が決定している、自分が傷つかないことが大前提の…ただの脅しじゃねえか!!!
この赤池様が好きだと言ってやったんだから、がさつで人の心を振り回したやよいという人間は喜んでくれなきゃ困る、つか嬉しいだろ?お前がうるさいから好きになってやったんだよ、ほら今すぐ責任取ってもっと俺をちやほやしろよな…そんなふざけた事をあいつはやよいに言い放ちやがったのだ!!
この職場は年齢層が高いということもあって、いわゆる色恋沙汰に飢えている人が多い。正直仕事仲間たちの盛り上がりが半端無えのなんのって!!ふざけた賭け事が横行している事もあり、一気にサーキット内が大騒ぎになりやがった!!!
いつもだったら俺が大声出して注意を促すとこだけど、今回ばかりは…そんな余裕は、ねえ!!
騒いでる奴らはほっといて、あさっての方向を向いている木偶の棒の胸元を引っつかんで、見上げる。
「おい、お前…ナニやってんのか、わかってんのかよ?!勝手なこと、してんじゃねーぞ!!」
やよいに言ってもびくともしねえなら、木偶の棒に怒りを叩きつけるしかねえ!!!つか、こいつはマジでつぶしておかねえとヤバイ!!!
「…乱暴だね、社員に向かってしていい事と悪い事の区別もつかないの?」
「はっ!!てめえこそ…社員のくせに仕事中にナニやってんだよ。大人の常識、ねえの?」
一発…いや、100発くらい殴ってやらなきゃすまねえ、そう思って腕を振り上げたら、誰かに羽交い絞めにされた。とめんなよと思って振り返ると、原田さんだった。…いつになく、まじめな目が俺をまっすぐ見つめていて…はっとわれに返る。
「はいはいはい!!痴話げんかはここまで!!みんな仕事して!!」
騒ぎを聞きつけたらしい不破さんが、手を叩きながらサーキットにやってきた。いつも柔和な笑顔を讃えているのに、般若のような顔をしている。これは相当頭に来ているに違いないが、今日今この瞬間この空間で一番はらわたが煮えくり返ってんのは…俺だっ!!!
「冬木さん。ちょっと事務所、来なさいね。」
「うっ…!!はーい」
「…おし、俺らも戻るか!」
「……。」
大人しく連行されていく大さわぎの元凶を目で追いながら、原田さんに肩をがっちり組まれたまま配布所に戻る。…人の体温を感じると、荒ぶっていた気分が落ち着いてくるもんなんだなと思った。
さっきの騒動で機嫌を好くしたらしい木偶の棒は、ご丁寧に宮崎さんのカートに付き添っている。荷物を配らずにサーキットを回るなんて人件費の無駄だのなんだのと色々言っていたくせに、いい気なもんだ。もしかしたら、俺に近づきたくないからわざと避けているのかもしれない。相変わらずケツの穴のちいせえ男だ。
…けっ、今まで散々塩対応してきたくせに、いきなり手取り足取りフォローし始めたから宮崎さんも怪しんでるじゃないか。相変わらず…人の心に寄り添えない、自分のすることが正しいと信じている自分大好き人間だよ。自分様が優しくしてやったらみんながありがたがって喜ぶと決めてかかっているところがむかつく。
きっと、おそらく…やよいに対しても、同じなんだ、こいつは。
自分は好きになるつもりはなかったのに、お前が好き好きうるさいから好きになってやったんだ…自分様が好きと言ってやったから喜ぶはず、むしろ告白してやった俺、すごくね?みたいに思ってんだろ。自分の事ばかり押し付けて、それを良しとする姿勢…そんなの、ありえねー。
やよいは強引な所にびびっときたとかぬかしてやがったが、それはおそらく…いつもの、無理やり良い部分を探して、見つけ出して、大げさに肯定する癖が発動しただけなんだろうよ。
…そもそも。
普段からイケメンにラブコールを送りまくっているやよいが…せっかくの、壁ドンチャンス?を受け入れてないからこそ、声を上げたんじゃ…あげちまったんじゃ、ねえの?
普通、こういう場面になった時…本当に好きな人が気持ちを伝えてきたら、黙って受け入れるもんなんじゃ…ねえのか??
わざわざ…部外者に知らせるように、大きな声を上げて大事にしたということは。
もしかして…助けてほしいという気持ちがどこかにあったからなんじゃ…ないのか?
普段あれほど木偶の棒のことを好き好き言っていたやよいが…土壇場で悲鳴を上げたような、気がした。
もしかして、やよいは…木偶の棒のことを、怖がっていたりはしないか?
もしかして、やよいは…木偶の棒のことなんか、好きでもなんでもないんじゃないか?
もしかして、やよいは…木偶の棒のことを、好きだと思い込んでいるだけなんじゃないか?
やよいの事をずっと見つめ続けてきた自分だけが感じる、違和感。
……心なしか、やよいの顔色が悪かったような気もする。
これはあとできっちりと…確かめておかねばならないやつだ。
所長と不破さんにこってり絞られているであろうやよいが…げっそりした表情でこちらに戻ってくるのは目に見えている。いつものようにからかいながら様子を見て、あんまり落ち込んでるようなら…ロッカーでゲームの課金アイテムの話で釣って…内情を聞き出してやろう。
俺はそう心に決めて、新しい段ボールを、開けた。




