美少年の嫉妬
「はい失礼しますよ!」
「どうぞどうぞ。」
上機嫌のやよいは、いつものようにおどけた様子で俺の横に着席した。
この『失礼しますよ』『どうぞどうぞ』のやり取りは、やよいがこの会社に入った時から始まった儀式のようなものだ。今ではほほほぼの従業員が少し遅れて着席する際に口にする、共通の口癖みたいなもんになっていたりする。
まだ社員やパートさんたちの間に他人行儀なオーラが漂っていた頃、全く空気を読まないゴーイングマイウェイな新入社員であったやよいがフレンドリーなコミュニケーションをゴリ押しした結果、社内の隅々まで浸透したんだよ。恥ずかしがり屋もぶっきらぼうも、明るい人も陰気なやつも、気の良いおっちゃんも気難しい爺さんも、おせっかいなおばちゃんもイヤミったらしい婆さんも…みんながこの気さくなやり取りを受け入れて、当たり前の光景に変えたんだから大したもんだよ、まったく。
大抵のやつはしっかりこのやよいシステムに巻き込まれて、仲良しこよしになったわけだが。
今、目の前で飯を食ってるやつだけは、未だにこのシステムに馴染んでいない。何度もやよいがアタックしたんだけど、尽くスルーしやがるんだよ!!
普通さあ、何度もしつこく話しかけたらそれなりに合わせるようになっていくもんだろ?話相手の求めてるもんがわかってたら合わせて行こうとするだろ?!この木偶の棒はどれだけやよいがネタ振りしても目を伏せて苦笑いするだけだし、明らかな嫌悪感?壁を作ってやがんだよ!!!
もうさ、はたから見ていてやよいの健気さがきついのなんのって、なんでこんな塩対応されてんのにそこまで気が使えんだよってさ…。
「午前の段ボール、全部はけた?なんかさっき、二人でもめてたみたいだったけど」
はじけんばかりの笑顔を向けて、木偶の棒に声をかけるやよい。木偶の棒はというと、目も合わさずに黙々と飯を喰らってやがる。
くっそー!!なんだ、なんなんだよっ!!すぐに返事しろよ!!やよいがわざわざ声かけてんだぞ?!いくら飯食ってる最中だからって、顔を向けるとかにこりと笑う事ぐらいできるだろ?!
この、声をかけられて迷惑なんです的な?!こっちの準備が整うまでお前は待ってろよみたいな?!お前は俺の言葉を待ってりゃいいんだよという雰囲気が漂うのがいけ好かねえんだよ!!!
「別にもめてねえよ!ちょっと話してただけ!!」
99%ガサツなやよいは全く気にしちゃいないだろうけど、可能性ってのはゼロじゃない。俺は人の会話に割り込む趣味は持っちゃいないが、こんなクソみてえな奴の不義理でやよいが傷つくことがあったら許せねーから、こういう場面では堂々と口をはさむことにしている。
好奇心全開の岸部さんのきょろつく視線と、今日こそは決めろよなという原田さんのものすごい圧が真横から飛んでくるのが地味に気になるけどさあ!!!
「…あと10箱ぐらい残ったかな。細かかったから、午後に回したんだよ」
「さすがだね!細かい気遣い、この安心感!やっぱ頼りになるわ!」
伏し目がちとはいえ、返事をもらってうれしいんだろう。やよいの表情がパッと明るくなったのが…くそっ、このジリジリとしたのは……嫉妬ってやつだ!!!
「おい!俺も褒めろよ!」
あー、みっともねえ、大人の余裕ある男だったら抑え込める、余裕ってのがだな!!情けねーことに俺にはまだ備わっちゃいねーんだよっ!!思わず衝動的に出た言葉に、自分のガキっぽさをいやというほど感じ……
「あー、はいはい、すごいすごい。」
冷ややかなやよいの言葉が飛んできて、頭が冷え……
「午後も私と一緒に配布入ってね。よろしく!」
ウインクだと?!ちょ…待てよ、…何こんなクソみて―なやつにそんなかわいい仕草見せてんだよ!!!!!
「おい!俺が午後は入るって!」
イラつく気持ちを押さえる事が出来ねー!!何そんな血色のいいほっぺた膨らまして俺にジト目を向けてんだよ?!
「え、なんで。あたしはいるよ、イケメンと一緒にいたいし!」
机の上に乗り出して、木偶の棒の顔をのぞき込むようにして、とびきりの笑顔を差し出すやよい!!!
もう勘弁できねえ!!!
大人の男の余裕?!そんなんくそくらえだ!!!
「お前!!すぐそういうこと言うな!!ふざけんな!こいつのどこがイケメンなんだよ!!」
「え、全部?顔良すぎじゃん!!凛々しい眉にくっきり二重、彫りの深い男性的なワイルドさ、大きな口なのに決してアッパラパーにものを語らない慎み深い姿勢、杉浦君も見てみ?これが本格派のイケメン顔だよ、アンタみたいな儚い美少年面にはない正に大人の男って感じ!!」
本人の目の前でありったけの褒め言葉を浴びせるやよい!!そしてそれを聞いてまんざらでもないのか…口の端をうっすらと上げる木偶の棒!!!
飯食って誤魔化せてると思ってるみてーだけど、てめえが喜んでんのはバレバレなんだよ!!仕事っぷりを、考え方や生き様を褒められたわけでもないのに、ただの面の皮一枚褒められただけで何喜んでんだ?!
てめえは何一つ褒められる要素を持ってなんかいやしない、だからやよいは見た目を褒めるしか出来ねーって事に気付けよな!!!
「バカ!!お前、顔につられておかしなことになってんじゃねーぞ!!」
ガタン!!!
思わず割りばしを勢いよく仕出し弁当の上に置いちまって、テーブルが、揺れた。ほんの少しだけ、食堂の中が…静かに、なったような。
「まあまあ!杉浦君も落ち着いて、ね?」
岸部さんのフォローの声を聞いて、落ち着こうとしたけど。
「だって!だってこいつさあ!!ずっと俺が好きだって言ってんのにスルーしやがってさあ!!」
ああ!!!
クソっ、俺はっ!!!
何ガキみて―な事、堂々と言っちゃってんだよっ!!!!!




