美少年の仕事
時刻は間もなく11:45、もうじき昼のブザーが鳴る頃か。
そろそろパートさんに配る荷物の調整をしないとマズいな。サーキット内を回っているパートさんたちのカートの上をチェックしながら、段ボールを畳む。
昼休み、従業員は一斉に昼食をとることになっている。この倉庫は休憩時間にかなりうるさいんだよ。労働法を守る意味合いもあるけど、節電のためにサーキット内の電源を一部落とすのだ。なんとなくけち臭さを感じるんだけど、こういうものなのか?二階全体の照明が落ちて薄暗くなるため、基本居残り作業をする事はできない。作業自体はできないこともないんだが、薄暗い中で喜び勇んで作業にあたるものはまずいない。
社員は最後に電気を落として一階の食堂に向かう事になっているので、パートさんたちが全員作業を終えるのを待たないといけない。配布係はバラマキに時間のかかる細かい商品をのせないよう、気を使う必要がある。ベストは昼のチャイムが鳴り響く一分間で全員がカートを駐車場に入れることができる状態なんだけど、なかなかうまくいかないんだよな。初めて配布係をやった頃は配慮が足りず、社員に睨まれながらサーキット内を回るパートさんたちが何人もいて手伝わなきゃいけなくなったりしてさ、飯を食いに行くのがおくれる事になって大変だったんだ。
大下さんのカートに歯磨き粉の箱をのせた後、後ろを振り返って奥の方をチェックをすると、所長がいつものように派手なタオルで汗をぬぐいながら段ボールに挟まれて付箋を貼っているのが見えた。
貼っているのは…赤いラベルのやつか。赤色ラベルは、最終入荷分の荷物の目印だ。という事は、上がってくる荷物は全部来たな。もう積み替え作業は必要なさそうだ、あとは全部手際よくさばいていくだけで済むはず。
手際よく段ボールをあけ、中身の小箱をパートさんのカートにのせていくのだが、もやもやとした感情が湧いてくる。
所長のやってる仕事がさ、なんというか…めちゃめちゃ二度手間になってるんだよな、はっきり言って。たまに自動分別の仕分けミスが発生することがあるので、目視による最終チェックが欠かせないのだが…俺はこのシステム自体無駄があると思っていたりする。ミスが起きるプログラムを何とかすべきだと何度も言ってるんだけど、なかなか本部の人間がうんと言わないらしく、実はかなりイラついてんだよ。年に二度のミスを防ぐために毎日人材を割くという事の無駄が、なんでわかんねーの?!ってね。
このあたりは原田さんも同じことを言ってるんだが、どうも現場の声を聞き入れようとしない体質の社員が本部にいるらしく、もう何年も現状維持が続いている。
いっそ本部に就職して内部から改革しろよとは原田さんの言葉だったりするんだけど、なんとなく気乗りしないというか。就職しても古参の社員に阻まれて埋もれる未来しか予測できないだろ?
わりと所長は革新派で、パートさんの意見や要望、アイデアなんかにすんなり耳を傾けるおじさんではあるけど、言い方は悪いが長いものに巻かれるタイプで争いを避ける傾向にある。やよいの破天荒が無ければ声を荒げる姿を見ることはなかったと断言できるくらい、温厚な人物だ。仕事に対して手抜きをしないし、真面目で…たまにかわいそうになる。所長も無駄だとわかっていつつも、やるしかないって諦めている節があるというか。定年まであと五年だし、むちゃはしたくないんだろうなあとは思うんだけど。一生懸命だから、何とかならないもんか、なんとかいい方向に動いてくれないかって願っちまうんだよな。
人の事を考えるようになるとか、昔の俺だったら信じられねえことだけど、こうなれたのもこの物流倉庫で働かせてくれた所長のおかげって部分もあってさ。お礼とかそんな大げさなもんじゃなく、できる事ならいつか恩返しできたらいいなあと考えていたりするんだよな。マジで就職して上層部に 殴りこんでやろうか…いやいや、そこまでする必要はないよな、でもなあ。
この物流倉庫は日用品も取り扱うドラッグストアーの拠点倉庫だ。
メーカーから一括仕入れをして、この倉庫で商品を仕分けし、各店舗に向けて配送をしている。二階建てになっていて、一階部分で商品の搬入と搬出をし、二階部分で店舗配送用の仕分けをするシステムだ。一階にある荷受け所でメーカーから送られてきた商品をチェックし、配送先に回すものは段ボールのまま各店舗に向けて仕分けをするのだが、商品によっては仕入れロット数が多いものもあり、二階で段ボールをあけて仕分けをしなけらばならない。二階組は一階からまわされてきた段ボールを荷物配布所で開けて、カートにのせて店舗行きのかごの中に仕分けしていくという作業を延々と繰り返すことになる。
基本的にトラックで搬入される荷受け作業は午前中で終わるのだが、量が量だけに一階には仕分け待ちの段ボールの山やエレベーターで二階にあげなければいけない荷物があふれており、正直圧迫感がものすごい。搬出のトラックは三時過ぎにならないと入ってこないので、所狭しと荷物の乗った台車が並んでいる。一階に場所が無いので、二階行きの荷物は検品後速やかに手際よくエレベーターで運ばなければならない。
二階は店舗行きのコンテナがずらりと並ぶサーキット部分で占められており、荷物を置く場所は少ない。仕分け用に確保された場所はあるものの余裕がなく、気を抜いているとあっという間に配布所が狭くなり身動きが取れなくなるため注意が必要だ。
配布に入るという事は、パートさんたちの性格を考慮して荷物をカートにのせつつ一階から送られてくる段ボールを効率よく積んでいかなければならないという、非常に頭を使うポジションに付かなきゃなんないって事なんだ。
「杉浦君、こっちの荷物…積み直した方がよくないかな?種類が混ざると配布しにくくない?」
「…もうじき飯だから、今から積み直してたら中途半端だろ。それよりもさ、段ボール捨てて来てくれない?溢れそうになってんだけど!」
配布所の横には、開けた段ボールを畳んで積んでいく場所がある。ここがいっぱいになってしまうとあたりに不要物を無造作に置いていくしかなくなってしまうため、カートで荷物をもらいに来た人たちが並ぶ空間が無くなってしまう。荷物や人の流れを見て一階に持って行くことになっている。たまに間に合わないと、一階の経理さんを呼んで捨てに行ってもらう事もあったりする。
「段ボールは…まだ押し込めば入りそうだけど?いっぱいにしてから下に持って行った方が効率的だよね?もう少し生産性の高い計画を立てた方が良いんじゃないかな。」
「そんな事言ってるとタイミング逃すんだよ!捨てる余裕がある時に捨てておいた方が良いって、こっちのはこあけたから、もうここは俺一人でも何とでもなるからさ、頼みます!!」
「でも…僕はまだ早いと思うし、やるべきことは午後からの作業がいかにスムーズになるかを見越したうえでの…」
「あのさあ!!ひょっとしたら午後からはやよいが入るかもしれないだろ?!あのガサツ3000%のやよいに几帳面な配置は必要ないんだって!!」
木偶の棒は俺をひと睨みすると、言い争うのも面倒だと思ったのか不愉快を飲み込んだ顔を丸出しにしながらのほほんと手を止めて腕組みしてやがる!!!
グダグダくっちゃべってたり、うじうじ考え込んでる暇なんざねーのに!!
真横で女々しい言動してる奴がいると、こっちまで引きずられそうになってクサクサするんだよっ!!




