美少年の信頼
「おいおい…なんだ、藪坂じゃねえなあ。せっかく冬木が和ませてんのに、お前らが争ってどうすんだよ。」
木偶の棒を睨み付けたら、原田さんのとぼけた声が聞こえてきた。へらへらとした口調ではあるが、その目は若者を窘める力強さがある。観察眼の鋭さも…相変わらずだ。俺とやよい、木偶の坊のおかしな三角関係のことだって、絶対に感づいてるし何か思うところがあるに違いない。
今年65になるとはいえ、耄碌する気配は一切なく、それどころか老いてなお力を蓄えているような人で…侮れねーのなんのって!!
これは絶対に週末うるさく聞かれる奴だ!!なんだかんだごまかしてきたけど、もうそろそろ限界だろうな。そろそろ腹を決めて、全部ぶちまけるときがきたか…。
原田さんがこの会社に入ったのは、俺がバイトを始めて一年くらいたったころの事だ。
うちの会社は年配者のパートさんがほとんどという事もあって、何気に人の入れ替わりが激しかったんだ、あの当時は。ただでさえ歩きっぱなしで体力が必要とされるのに、逐一年下のレベルの低い兄ちゃんに口うるさくダメだしや大人気ないイヤミ攻撃を食らわされるもんだから、みんなあっという間にやめてったんだよな。オープンしたばかりの頃はわりと仲良くやれてたんだけど、人事異動があってから本当にこう…チームワークってのがめちゃくちゃになっちまってさ。
そんな時に原田さんが入ってきて、俺が指導係をやったんだ。むかつく社員が、社員のくせに爺さんに教えるのは俺の仕事じゃねえとか抜かしやがってさ!!
それまで体を動かさない仕事をしていたとかで、はじめのうちはそれこそ20分おきに休憩して、貴重な新メンバーを気遣いつつ指導させてもらってさ。そうこうしてるうちに、だんだん体力もついてきて雑談をするようになった。
その頃俺はまだ人見知りが激しかったから、かなり尖った物言いしかできなかったんだけど、原田さんは全然なんつーか、へこたれなくてさ。俺が辛辣な言葉で返してもへらへらとしながら別の質問をしてくるような人で、いつの間にか…気楽に話をするような空気ができてたんだよな。
自分でも自覚してるけど、俺はかなり口が悪くて、しかも一人だけ異様に若いもんだから、はっきり言ってここでは…浮いた状態では、あった。別に仲良しを求めて働きに来たわけじゃないので、もくもくと仕事をしていたわけだが…そこにコミュニケーションを取りたがる存在が現れて、俺も地味に…ちょっとうれしかったっつーか。いつしか飯を隣で食うようになり、ペアを組んで配布にはいったりしながら、色んなことを話すようになった。
仕事以外のことを話すようになったら、意外なことが判明した。
原田さんはここに来る前、デカい会社でお偉いさんをやっていて、トラブルがあって退職した経験を持つ人だったんだ。適材適所を見分けるプロ?らしく、自分の居場所が社内に見当たらなくなったからあっさり逃げ出したと語っていたのだが…その実、部下がひどい目に遭っていたのをスルーできずに早期退職して、会社を立ち上げた強者ということがバレたんだな。
ここに困り果てた社員が突撃してきた事が二度ほどあって、その時に内情を俺にばらしたやつがいてさ。若くて無鉄砲な奴らをまとめ上げて軌道に乗ったところで全部任せて逃げ出したらしく、問題が起きるたびに凸してくるもんだからたまったもんじゃなかったというか。
そんなハプニングもあったものの、なんとなく気が合って…たまに家に呼んでもらうようになって、うまいもんを食わせてもらったり、古いパソコン貰ったりしてさ。休みのたびにつりに連れてってもらったり、孫と遊ぶためのゲームをレクチャーしたりするようになったんだ。
地味に同世代に友達が少ない俺は、40歳以上も年の離れたおっさんと仲よくなって、ずいぶん…丸くなった。
原田さんの、ぶっきらぼうではあるが鋭い指摘、優しいくせにごまかそうとする往生際の悪さ、きっちりフォローをする面倒見のよさに、怒りを持ち越さない男気、照れ屋のくせにサプライズ好きなところ…色々と学ばせてもらったし、笑わせてもらったし、本気でけんかして握手で仲直りをしたこともあったっけな。
もちろん、この会社でも原田さんは大活躍していた。
クソ社員がストレス解消のためにおばちゃん達をいじめてるのを、それはもう華麗に追い込んで行って…最終的に自責の念に苛まれて自主退職までさせたのは見事としか言いようがなかった。ひどいことをした奴にはひどいことをきっちりお見舞いする技?所長と一緒に二人して色々仕組んだんだけど…実に息の合った、大人のかわしかたというか、策士っぷりをみた。
人間関係の築き方も間近で学ばせてもらったんだ。新しくやってきた社員を中心人物にして、パートさん達をがっちり纏め上げる基盤を作ったというか…ばらばらだった人材がだんだんと手を取り合って結束していく様を見たし、自分も結束の一員になっていく実感があった。
俺にとって、原田さんは…人生の歩み方をさりげなく助言してくれるおせっかいであり、尊敬できる大先輩であり、年の離れた友人なんだよな…。
「別に争ってねえし!!つかさあ、こいつマジですぐサボろうとすんだよ、社員のくせに!!」
「……社員のくせにって言い方、やめたほうが良いよ。同じ職場で働いている以上、みんな同じ仕事仲間であって、役職によって課せられる負担は…あってはならないと僕は思う。」
この言い方が!むかつくんだよ!!




