少女魔王ルビ物語
かつて、邪悪な大魔王がこのラクシスの国を征服せんと戦いを挑んできた。
しかし、国の人間達は国を守るべく懸命に戦い、彼の息子である魔王を倒し、そしてついには大魔王をも打ち倒した。
こうして、ラクシスには再び平和な時間が訪れた……。
青空の下、ゆっくりと穏やかな時間の流れる公園には多くの人が思い思いの時間を過ごしている。 そんな空間の中心にある噴水の前に立つ少女がいた、少しウェーブの掛かったピンク色の髪をポニーテールにした十代半ばくらいである。
白を基調とした可愛らしい服を纏う彼女は、右肩からかけたバックを開くとスマート・フォンを取り出して時間を見る。
念のために言っておくと、この物語は剣と魔法のファンタジーだ、しかし、令和も二年目に突入した時代であれば、ファンタジーにスマフォも普及していようというものである。
「……どういう理屈なんですか……」
大きな溜息を吐いた彼女の名は、リルクといい、実は実際この国の姫なのである。 そして今日は、とある人物と町へ買い物へと繰り出そうとここで待ち合わせをしているのである。
「……三十分前は流石に早かったかぁ……」
直後、近づいて来る足音に顔を上げれば、そこには期待した人物の顔はなく、代わりに褐色の肌を男の姿があった。 二十代半ばくらいに思えるその男は、シルクの記憶にはない人物であった。
「……あの、どなたでしょうか?」
「お初にお目にかかりますなリルク姫。 私の名はイーオック・ペシャンと申します」
恭しくお辞儀をしてみせるイーオックの表情は、しかし不気味な笑みを浮かべているのに、リルクは危険なものを感じた。
「それでどのようなご用件でしょう?」
「我が主である魔王ルビ様の命により、あなたを襲撃しに来たのですよ」
そして、それが的中したと分かるとその表情を険しいものへと変え、「魔王……」と呟きながらもう一度その男を観察すれば、確かに耳が人間のそれと違い細く尖っていた。
「はい、察しの通り私は魔族ですよ?」
それが合図だったかのように、どこからともなく三体のオークが姿を現せば公園にいる人々は騒然となり、次々に逃げだしいくのは、彼らが一般市民であれば至極当然だろう。
「無駄に時間をかける気はありません。 さあ、マクーにドナ、そしてルードよ、このリルクをエロ同人のような目に会わせてやりなさい……そう、エロ同人のようにねっ!!」
「はいぃぃいいいいいいいっ!!!? 何でエロ同人なんですか!?」
「それがお約束というものですよ? そしてその映像を撮影しSNSにアップしてやりましょう!!」
リルクには何故そういう話になるのかという意味がまったく分からず、「冗談じゃありませんっ!!」と憤りの声を上げた。
「無論本気です! 私とてそんな事をするのは不本意ではあるんですよ? しかし、これも魔族の正義のために心を鬼にしなくてはならないのですっ!!」
嫌らしそうな笑いを浮かべるイーオックの表情は、「嘘です! 絶対に楽しんでますよねっ!?」というツッコミをリルクにさせた。
意味深な顔で「さて、どうでしょうね?」とイーオックが指を鳴らせば、「「「いぃぃいいいいいいっ!!」」」と奇声を上げながら三体のオークがピンクの姫様目掛けて迫っていく……がっ!!
「あべぇええええっ!!?」
「しゃげぇぇええええっ!!!?」
「おっぺらぺぇぇええええっ!!!?」
またしてもどこからか駆けてきた少年がマクー達の前に立ちはだかり、手にした大剣を軽々と振るい、あっという間に彼らを斬り倒したのだ。
「な……何だとっ!?」
驚きの声を上げたイーオックは、いきなり登場してきた短い茶髪の少年を見据える。 年齢は姫と同じくらいであろうか、自分の身長程の大剣を持ってこそいるものの服装は普通の町人と同じよな格好であった。
「俺の名はグリッド! リルク姫の守護騎士だ!」
名乗る少年の後ろで「グリッド君……」と安堵の声を出すリルクを振り返らずに、「まったく、だから言ったんですよ?」と咎めるように言ってくる。
「……へ?」
「普通に一緒に城を出ればいいのに、わざわざ町の公園で待ち合わせなんて」
「それはそうなんだけど……もうっ!」
最後に不満そうな声を上げたのはグリッドには理解出来なかったが、彼女に仇を成す敵を前にしてはそれも気にしてもいられない。
「守護騎士グリッド! リルク姫とこの国を守る最強の剣士かっ!!」
「魔族か! 速攻でケリを付けるっ!!」
勢いよく跳び出したリルクは、しかし額あたりに電撃めいたものが走ったと思うと今度は後ろへと跳んだ。 その直後に寸前まで彼のいた場所に大きな投げ槍が落下し突き刺さった。
「……これはっ!?」
「良い勘をしている! ダインスピアの魔法、よくぞ躱したな!」
「ダインスピア!? あの高高度からどんな頑丈な鎧も貫くスピアを撃つ禁忌の魔法をっ!!?」
シルク自身は魔法はもちろん武器もまともに扱えはしないが、だからと言って知識がないわけでなない。
「禁忌なのは人間のルール! 魔族には関係ないのだよっ!!」
リルクとグリッドは、それは確かに正論だとは思った。
「次はもっとたくさんのスピアを降らす、避けれる……いや、姫を守れるかな守護騎……しぃいいいいいいっ!!?」
唐突にイーオックの左右の地面が隆起したと思うと、瞬時に彼の背丈よりも高く分厚い土の壁が出来上がった。 そして全員が状況を把握しきるよりも早く壁が同時に動く、つまりイーオックを挟み込んだのである。
「な……!?……こ、これは……!!!?」
イーオックは本能的に両腕を拡げたが、壁のパワーは彼の筋力を遥かに凌駕していたため、みるみるうちに彼の身体を押しつぶしていく……酷く残酷な光景ではあるが、何をどういうわけかその光景にはモザイクが掛かっていた。
「小説でモザイクとは……うごぉぉおおおおおおっ!!!!?」
その言葉が最後だった。 そうして魔族のイーオックは、その名の通りにペシャン公になったのであった……。
騒動の収まった公園のベンチに少し疲れた顔で腰掛けるシルクの前には、グリッドともうひとり新たな少女が立っている。 チャイムという名の彼女は、グリッドの妹であると共にラクシス最凶の魔女とうたわれるもう一人の守護騎士であり、先ほどイーオックをペシャン公にした魔法を使ったのも彼女だ。
十代前半くらいで、兄と同じ茶色い髪の毛をショート・カットにしている。
その彼女の隣に立つグリッドが先ほど振るった大剣を持っていないのは、彼の剣は少し特殊で使わない時は異空間に仕舞って置けるのである。
「まったく……魔族とはいえやり過ぎだぞチャイム?」
チャイムは「むぅうう……」と頬を膨らませながら、抗議めいた視線で兄を見返した。
「まあまあグリッド君、助かったんだし……ね?」
「姫がそう言うなら……」
肩を竦めたグリッドは、それから「それにしても……」と再び妹を見やった。
「何でお前がここに? 今日の護衛任務は俺一人のはずだが……?」
実際大真面目な兄の表情と言い方に、チャイムは大きな溜息を吐いた。
「鈍感……」
「……はい?」
「いいんですよ……それが兄さんなんですから……」
その兄妹の会話を、リルクは苦笑を浮かべつつ見守っていたが、「まあ、せっかくなんだし、みんなで買い物に行きましょう?」と立ち上がった。
「……はい?……って! いいんですか姫様!? だってせっかくの……」
驚くチャイムを不思議そうに見ながら、「そりゃ、警護の人数は多い方がいいだろう?」と言ってくるのに、複雑そうな表情で「鈍感……」と呟くチャイムと、呆れているとも諦めているともとれる苦笑を浮かべるリルクであった。
こうして、何だかんだと平穏な時間は過ぎていくのであった、めでたし、めでたし……。
「……じゃねぇぇええええええええええっっっ!!!!!」
実際誰がどう見ても身体に釣り合っていない大きな玉座で絶叫した少女の名はリルビという、この小説のタイトルになっている少女でかつて倒された大魔王の孫娘である。
「なに主人公を登場させずに終わらせようとしとんじゃこの作者ぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」
紫の汎用人型決戦兵器の咆哮めいた声を上げる赤い髪の少女は、だいたい十になったかならないかくらいの年齢に見える。
しかし、彼女は紛れもなく魔族の頂点に立つ魔王なのである。
「……まあ、いいわ。 貴様ら人間共にこのルビの力と恐ろしさ、これからじっくりと教えてやろう」
この場にはいない誰かを見据えている様子で、不敵な笑みを浮かべるルビであった。
「……って! おいこらっ!! あたしの出番これで終わりなんかいぃぃぃいいいいいいいいいっっっ!!!!!?」
ルビ以外に誰もいない無駄にだだっ広いい玉座の間に、少女魔王の声が木霊したのであった……。