有難うございました
- 職員室 -
数学教師川田と大作、そして玲子。
無言で向かい合って 3 分。根を上げたのは川田だった。
「では、もう一度整理すると、屋上に出て飛び降り自殺しようとした沖田を樋川先生が発見。命綱を付けて救助に向かい、一緒にダイビング……ということですか」
呆れて具合の川田に、大作は真顔で頷いた。
「まったく、その通りです」
当の玲子、勝手に進む自分の自殺未遂に、もう諦め顔だ。
「で、原因は ? 」
大作が殊更深刻ぶって応えた。
「数学が難しく、クラスの足手まといになる事を苦慮して……だそうです」
玲子は思わず吹き出しかけた。
「もういい。二人とも怪我をしているようだ、保険室に行きなさい」
職員室を出た大作は、無言で廊下を保険室へ歩いた。 後に続く玲子の存在など忘れているような態度だ。
「なぁ……」
痺を切らせた玲子が声を掛けた。
すると、不意に大作は立ち止まり、玲子に振り向いた。
「何で逃げなかった」
玲子の肩を掴み、そのまま壁に押し付けた。
「いた……」
「何故逃げなかった」
大作の表情は今までになく本気だ。
それが、尚更玲子を反抗的にした。
「なんであたしが逃げなきゃなんないんだよ ! 」
「喧嘩慣れしてるんだろ ! 分かっていた筈だ、奴らが本気だったってことは !! 」
「でも、他の連中放っておけないだろ ! 」
「それでも、逃げなきゃいけなかったんだよ ! 」
玲子は大作の手を払いのけた。
「大きなお世話だ ! だいたいあんた何 !? 助けてくれなんて頼んだ覚えはないよ ! それに、あいつらも大作も……何者よ !! 」
大作は舌打ちすると、玲子の腕を取って再び歩き出す。
「ちょ、ちょっと痛い ! どこ連れてく気よ ! 」
「まずは保険室で傷診てもらえ。話はそれからだ」
- 保険室 -
「しっつれいしま~す ! 」
がらり、と戸を開けると、保険室の主、玉川陽子先生が振り返る。
「いらっしゃ~い」
実に軽いノリの、白衣の天使。常連男子生徒の最も多い場所である。
「あらあら、大ちゃん先生と沖田さん。噂のコンビね」
「え…… 1 日で噂になってんですか ? 」
「朝から派手だったそうじゃない。……で、どうしたの ? 」
大作はムスっと押し黙る玲子を椅子に座らせた。
「こいつね、腕んとこ怪我しちまって」
陽子は玲子の腕を取る。
「あら痛そう。ちょっと待っててね」
玲子は手を払いのけた。
「別に大したことないよ。面倒なことは……」
「いやダメだ ! 」
意外な程強く、大作が玲子の腕を取って陽子の前に出す。
「綺麗な肌に傷を残しちゃダメだ」
「あんただって怪我してんだろ」
「俺のはいい」
「だ……」
反論しようとした玲子の頭を、大作はくしゃくしゃっとかき回した。
「しっかり治せ。んじゃ陽子先生、後頼みます」
そう言い残すと、大作は保険室より立ち去った。
「あ、こら待てよ ! 」
「よ、人気者」
大作が保険室を出ると同時、どこから嗅ぎ付けたやら山県奈々子が行く手を塞ぐ。
「……レイン、何か用か ? 」
大作は半ば無視して先へ進む。
「あら、機嫌悪いのね。インタビューしたいんだけど」
「ノーコメント」
奈々子は人差し指を左右に振った。
「駄目よ。さっきのは恥ずかしかったんだから」
大きく溜め息。
「何が訊きたい ? 」
「トンがらないの。ハンに挨拶したの ? 」
「さあね」
嘯く大作。
「あんなトコにビールかけるなんて、カシム以外に考えられないわ」
「じゃぁ訊くなよ」
奈々子は鼻に皺を寄せた。
「ホント、機嫌悪いのね。……雇い主は誰 ? 」
「疑わしいことはないぜ。理事長だ」
「あらあら……本格的じゃないの」
大作は奥歯を噛み締めた。
「だから、もう犠牲者は出したくない」
「こだわるのね。屋上で……何があったの ? 」
「それは……」
ふと大作は笑みを浮かべた。
「沖田玲子に直接訊いてくれ。ピッタリ張り付いてな」
奈々子の表情が一変。
「それ本気 ? 」
「勿論。担任の俺が許可する」
- 保険室 -
玲子の腕に包帯を巻きつつ、陽子は大きく溜め息を吐いた。
「なんだよ……」
「大……樋川先生の言う通りよ」
玲子は思わず陽子を睨みつけた。
「噂は聞いてるわよ。もっと自分を大切にしなきゃ」
「そ、そんなのあたしの……」
「終了 ! 」
陽子はその腕を叩く。
「いてっ ! 」
「さ、授業でしょ。教室に戻んなさい」
しばし包帯の巻き付いた腕を眺めた玲子、その目を陽子に移す。
「なぁに ? 」
首を傾げる陽子へ、玲子はがばっと頭を下げた。
「有り難うございました」
思わず陽子より笑みがこぼれた。
「はい。もう怪我しちゃ駄目よ」
- 生徒会室 -
「そうか……見たか」
生徒会執行部の石原は堅い表情のまま頷いた。
「で、あの連中は ? 」
「操影と名乗る男……先日我々より先じて鍵を入手、逃走した生徒と同一人物です」
「うちの生徒か ? 」
「否定します。あれはこの学園に関わる人種ではありません」
真田は大きく息を吐く。
「やはり来ていたか……」
「と、言いますと ? 」
「死者の文字盤を狙う、ハイエナの群れ…さ」