死んでくれってなんだよ
- 屋上 -
振り下ろされる短棒を、玲子は自分の長髪を両手で張って止めた。そのまま足を真っ直ぐに振り上げ、男の顎を直撃。彼は弧を描いて後方へ飛ばされた。
「芸がないんだよね、生徒会ってのはさ ! 」
残る 5 人が僅かに下がる。
「個別にかかるな、連携だ ! 」
ヒロインのピンチ、と言うには似つかわしくない状況だ。
残る 5 人は陣を作って玲子に身構えた。
「ったく、何をそんなに必死になるんだよ」
半ば呆れる玲子に、しかし生徒会執行部の面々は真剣だ。
「あの封筒の中身、そんなに大事な訳 ? あたしを叩きのめそうってくらいに……」
すると、一人が眉をきつく寄せた。
「その鍵と暗号のために、既に 3 人の犠牲者が出ているんだぞ ! 」
……犠牲者 ?
玲子は一瞬言葉に詰まる。
「……まさか大山先生や中里先生 ! 」
「そして、一昨日の沢村先生。その鍵に関わり、命を落とした」
「あんた達……」
「違う ! 犯人は別に居る ! だから、その鍵は……」
玲子はかぶりを振った。
……気に入らない。
「力づくで取り返してみるんだね」
「そのつもりだ ! 」
5 人が襲う。しかも、今度は微妙な時間差をおいた、完璧な連携。
…マズい。
すると、玲子の目の前に影が落ちる。そして、執行部の2人がふわりと宙を舞い、屋上に昏倒。
スーツを着た男の乱入だ。
男の持つ黒い出席簿が素早く残る 3 人の短棒を叩き落とした。
「こらぁ、授業中に何やってんだぁ」
「大作 ! 」
一同が呆気に取られる中、大作は握り拳で小さくガッツポーズ。
「いえす ! 」
「……な、なにが ? 」
恐る恐る訊ねる玲子に振り向いた。
「今、大作、と言ったろ。いやぁ、いいねぇ、今の響き ! 」
「んなこたぁいいわよ ! 何でいきなり現れた !! 」
大作は出席簿を団扇のように振ってけらけら笑う。
「それが職員室まで行こうと思ったら迷っちまってさぁ」
「迷ったら屋上に出るのか ! 」
「ほら、山で遭難したら頂上に向かえって言うだろ」
「ここは学校だ !! 」
……こいつはぁ !!
またもペースがガタガタだ。
「それはそうと、玲ちゃんピンチだったろ」
出席簿で軽く肩を叩きつつ、大作は執行部の面々を睨みつけた。
「さてさて生徒諸君、今は授業中だ。この辺で解散といこうぜ」
「樋川……先生。ここで退く訳にはいかないんですよ」
「まいったね。あんまりいい状況じゃないんだなぁ」
玲子は大作の気を感じた。今までの冗談とは質が違う。
「嫌な気配だ。 3 人を犠牲者にした連中が集まってきたぜ」
背後に粘り付くような殺気。執行部の面々が振り返る。
屋上階段の鉄扉が嫌な音を立てて開いた。
その中より……。
「話も佳境、いう所ネ ? 」
眼鏡を掛けた、小柄な男が楽し気に言った。
……あの男 !
玲子には覚えがあった。
「いやいや、まだ前哨戦だぜ」
大作から警戒の色が伺えた。
異様なのだ。
その男の後ろより現れた 2 人の巨人。 2m はあろうかという上背に、巨塊を仕込んだような胸板。それを古びたコートで包み、そして表情も目深に被った帽子で読み取れない。
さすがの生徒会執行部も息を呑んで固まった。
「娘さん……預けた物、返してもらい来たネ……」
そう、昨日ぶつかった、貧弱な男子生徒。
しかし、生徒などではない。今はブランド物のスーツを隙なく着こなしていた。
「べ、別に返してほしけりゃ……」
玲子に最後まで言わせず、男の口が不気味に歪んだ。
笑ったのだ。
「見てしまたからには、あの男達と同じ運命辿ってもらう、よろしいネ」
玲子は大作を振り返る。
「だからさ、死んでくれ、と言ってる訳だ、あのチビ助は」
「私チビ違う ! 私のコードネーム、操影ネ」
「何やってんのよ」
「うん、出席簿に名前加えてるとこ」
「おい……ってぇかちょっと待てよ!」
玲子は大ボケかます大作に詰め寄った。
「その、死んでくれってなんだよ誰だよ ! 」
大作は出席簿をぱたんと閉じた。
「玲ちゃん。いやぁ、恐いよね」
「ふ、ふざけんなよ ! 」
玲子はいきり立つ。
「大体何、そんな変な奴ら連れて ! 死ねだって !? じょぉだんじゃないぞ !! 」
眼鏡のチビ助、いや、操影はくっくと笑う。
「そう、冗談ないネ」
操影は二本指を立て、口の前へ。ぴーっと異音を放った。
「二巨影……殺 ! 」
意味不明の言葉を吐いた直後、 2 体の巨人より殺気が吹き出した。
「ち……お前ら逃げろ ! 」
巨人が素早く移動。動けぬ 3 人の執行部に、どこから出したか棍棒が唸りを上げる。
「……ひっ」
しかしそれは、大作の投げた出席簿が両断。
「今だ行け ! 」
「ダメね、目撃者残さないヨ ! 」
「くそ、あんた心狭いあるよ ! 」
もう 1 体の巨人が玲子と大作に迫る。
「ふざけてる場合 !? あいつら逃がしゃいいんだね ! 」
「……へ !? 」
振り降ろされた棍棒を躱し、大作の肘が巨人の腹にめり込んだ。
その背後より玲子が駆け出した。
巨体がぐらり、と揺れると、大木のように横臥、屋上が振動した。
「まてまて待て ! 」
大作は玲子を追う。
「一番狙われてんの、玲ちゃんだろ ! 」
飛んで火に入る夏の虫だ。
……もう秋だぜおい。
「てぇやぁぁぁ ! 」
今にも執行部の 3 人へ襲いかかろうとする巨人へ、玲子はいきなり飛び蹴り。 巨人の背中にクリーンヒットした。
しかし……。
「岩 !? 」
足に伝わる岩石のように堅い筋肉の感覚。
びくとも動かぬ巨人を足場に、後転して離れた。
「ふおぉぉぉぉお ! 」
どうやら怒ったようだ。振り向きざま角材のような腕を玲子に叩き込む。
……動けない !
恐怖に竦む玲子。
その体に大作が突っ込み、間一髪腕は空を切る。大作は倒れたまま玲子を抱えて転がった。
背後で二撃目の拳が屋上のコンクリを叩き割る。
執行部の 3 人もさすがに状況を把握したか、この隙に倒れる仲間を担いで階段へ。
「逃がさないネ !! 」
立ち塞がる操影。
大作の手が閃き、操影は咄嗟に回避。壁にナイフが突き立っていた。
「行け ! 」
執行部たちは転げるように階段へ飛び込んだ。
「いつまで抱きついてんだよ ! 」
「もう少し……いや冗談」
大作は睨みつける玲子より急いで離れた。
操影は舌打ちしてナイフを壁より抜き放つ。
「アジな真似してくれるネ」
それを放り捨てた。
「あれ、あたしのナイフ……いつの間に取ったんだよ」
「密着してた時拝借した」
「……もう少しマシな言い方ない ? 」
一度倒れた巨人の1体が、何事もなかったように立ち上がり、仲間と共に玲子と大作を威嚇。
「あ~ぁ、回復が早いでやんの」
「彼等が逃げたは仕方ないネ。でも、もダメヨ。死んでもらうネ」
「冗談。相手してらんねぇな」
そして再び二本指を口へ。
「完殺…刺 ! 」
二体が疾り、二人へ腕を伸ばす。
その瞬間、大作は玲子を抱え、屋上の柵より飛び降りた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ~ !! 」
思わぬ事態に玲子は悲鳴を上げる。
「掴まってろよ」
いつの間に用意したか、柵より伸びる命綱。
伸びきると同時、弧を描いて校舎へ振られ、 3 階の窓を割って教室へ飛び込んだ。
痛いほどの沈黙。
数学教師の川田と、見覚えのある生徒たちの視線が2人に集中した。
「な、何だね君は ! 」
やっと川田が口を開いた直後、数学の授業をする 1 年紅組にチャイムが鳴り響いた。
- 第 3 校舎屋上 -
「見たか ? 」
双眼鏡を下ろした真田。隣に並ぶ堀川、野口などが頷いた。
その高倍率なそれの先は、大作たちの居た屋上だ。
「彼らが盗聴の……」
小柄な男と2体の巨人は屋上の階段へ溶けるように消え失せた。
「多分な。執行部と……石原たちと早急にコンタクトを取るぞ」