かぎ?
-1 年紅組 -
「んじゃ、世界史の時間に戻る。またなぁ~」
HR を終えた大作は手を振り廊下へ。
自分を追う気配がないことを確認すると、 3 階の窓より無造作に中庭へ飛び降りた。
「さて……」
大作は軽く土を払い、立ち上がる。
「どこ行く気、カシム」
ぎくり、と硬直。
聞き覚えのある女性の声に大作はゆっくり振り返る。
「久し振りね」
山県奈々子が腕を組み、大作を睨んでいた。
「げ……レイン。なんでここに」
大作は明らさまに狼狽。
「あら、それは私の台詞よ。ニュース見てないの ? 」
「ニュース ? また結婚詐欺でもしたん ? 」
奈々子は目を眇めた。カメラを前に微笑む同一人物とは思えない。
「相変わらず失礼な男ね。これでも人気キャスターよ」
「自分で " 人気 " と言い切るか……。似合わねぇことやってんなぁ」
「あなたよりマシよ。何よそれ、教師のつもり ? 」
大作は出席簿を持ってにやりと笑う。
「勿論教師さ」
奈々子は肩を竦めた。
「デザート・カシムが何教えるやら」
大作は臆面もなく言い放つ。
「世界史だ」
奈々子は視線をそらし、小さく吹き出した。
「笑うこたぁないだろ」
「久々に笑える冗談よ。バイク見て驚いたわ。あのこ、何 ? 」
奈々子は大作を射竦めた。
「怖い顔すんなよ。それより、お前の目的こそ何だ ? 」
「同じ……かしらね」
大作は何も言わず、先を促した。
「知ってるでしょ、 3 人死んだの。他殺よ。 3 人とも一度は鍵の所有者になってる……」
「と、言うより、手にした順に死んだ」
「あら、余計な情報だったかしら ? 」
奈々子は目をくるりと回す。
「いやいや、レインの目的が分かった。で、今の所有者は ? 」
「知らないの ? 」
しかし、奈々子は目を見開いた。
「まさかあの娘 ! 」
「さぁ、それは分からない」
「誤魔化す気 ? 一緒に居るのが証拠」
大作はにこりと笑う。
「偶然だよ。それに、遅刻常習犯を指導するのも担任の務めだ」
話はここまで、と大作は背を向けた。
「これから何するのよ」
「鍵には鍵穴があるだろ。校内の散策」
「そろそろ 1 時間目よ。授業は ? 」
大作は歩きだす。
「 3 時間目から。それまでは自習」
「呆れた新任教師ね」
奈々子は逃がさぬ、とばかりに後に従った。
「なんのつもりだ ? 」
「もち、監視よ」
-1 年紅組 -
大作の去った教室は即座にざわめきを取り戻す。
「玲ちゃん、なんか面白い先生だね」
詩子は早速玲子に取り付いた。
「で、ホントのとこどうなの ? 」
玲子はそれに応えず席を立つ。
「どうしたの ? 」
「質問されることのない、静かな所に一人で行く ! 」
「え……だってもうすぐ授業始まるよ」
しかし玲子は意に介さない。
「どうせいつも居ないだろ」
「まぁ、そうだよね」
玲子の去った教室に始業のチャイムが鳴った。
1 時間目は数学だ。数学教師の川田、入室と同時に一言。
「なんだ、沖田は今日も遅刻か ? 」
- 屋上 -
……なぁんか悔しいなぁ。
屋上で寝そべり、流れる雲をぼんやり眺める玲子。
昨日から大作にペースを持って行かれっぱなしだ。しかし、それが不思議と不快ではないのだ。
逆に……楽しんでるかも。
「やっぱ変なやつ」
玲子はくすくす笑う。
笑って驚いた。こんな笑い方、殆んどしたことない。
……ま、いっか。
そして玲子はポケットをまさぐった。
あの、封筒。一体何が入っているやら……。
小汚い茶封筒を空に掲げてみせた。中には紙と……固形物。
「ま、何もしないって義理もないし」
玲子は躊躇いもなく封筒の口を手荒く切った。 すると、寝そべるおでこに小さな金属が落下。
「いてっ」
身を起こして拾い上げた。
「……かぎ ? 」
小さな、古びた、何かの鍵だ。
「まさか、金庫の ? 」
玲子はそれをポケットにしまい、次に紙片を引き出した。長い年月に変色した紙片に、墨でただ 3 文字。
…… 117 。
「これって……時報の電話番号だよなぁ」
……生徒会のやることは分からない。
半ば呆れて封筒に戻した時……。
「読んだな」
気配が言った。
玲子は慎重に立ち上がる。
「覗き ? いい趣味じゃないよ」
先程まではなかった気配が、今では 6 。屋上で逃げ場を失った。
「監視、と言い直してもらおうか」
姿を見せたのは、まさしく制服集団。
「偉そうに言ってくれるじゃない。何様のつもりよ」
6 人の生徒達は制服のボタンをはずす。
「生徒会執行部だ」
「だと思った」
玲子は長い黒髪を一度手ですいた。
「授業中だってのに、よくやるよ」
「読んだからには、渡しただけでは済まんぞ」
双方戦闘準備は完了だ。
「どう済まないんだい ? 」
玲子は紙片を破り捨てた。
「貴様 ! 覚悟はいいな !! 」
「やっと通じる日本語が出たよ。来な、返り討ちにしてやるよ !! 」
6 人は短棒を背中より抜いて、玲子に襲いかかった。
- 時計塔下 -
「あのねぇ、こんなベタな所にお宝が隠されてると思う ? 」
勝手に付いてきた割にはうるさい奈々子。
大作は溜め息を吐いた。
「見たかっただけ。それに、俺がいつ文字盤探したよ」
「……今言ったじゃない」
……あぅ。
大作は手で顔を覆う。
「帰れよレイン。仕事サボるのは良くないぞ」
「お互い様でしょ、不良教師」
どうにもこの女は苦手だ。
「ところで貴方、なんで監視されてるのかしら ? 」
校舎の影から多くの気配。
「人気者だからね。誰かさんのお陰で注目集めたんだよ」
奈々子は思わず口に手を当てた。
「あら、ごめんなさい」
と、不意に大作の腰より電子音が小さく呼んだ。
「あちゃぁ、早速やってくれるぜ」
奈々子は眉を顰めた。
「何なの、今の ? 」
大作は悪戯っぽくウィンク。
「ヒロインのピンチセンサー」
「はぁ ? 」
「ところでレイン、彼等の監視を引き付けてもらっていいか ? 」
奈々子は嫌悪明らさまに大作を睨みつけた。
「高くつくわよ」
「悪い、生徒のピンチだ」
大きく息を吐き、軽く頷いた。
「さんくす」
直後大作は奈々子のスカートを跳ね上げる。
「きゃぁぁぁぁぁ !! 」
つんざく悲鳴。瞬間監視の目は奈々子に集中した。
……居ない。
大作の姿が失せていた。
……恥ずかしいったらない。
「カシム、覚えてなさい」