何を暢気な‼︎
day towe
- 沖田家 -
今日もどうやら快晴だ。
窓より差し込む陽光に苦しみつつ、玲子は恨めし気に薄目を開けた。
「……うるさい」
やっとその一言を呟いた。
起床予定時刻 2 時間前。なのに、戸を乱打する騒音に寝ていられない。
「玲ちゃん、目を覚ましたんなら早く起きろよ。朝だぜ」
玲子はイグアナのような動きで目覚まし時計を掴む。
「……まだ 7 時半じゃないよぉ」
「もう 7 時半だって。また遅刻する気か !? 」
「いつもそうだってば。……てか、あんた誰 ? 」
戸の外から話しかける声に、どうも覚えが薄い。
溶けたバターのような思考で記憶を辿る……と、急速に玲子の意識が覚醒した。
「樋川大作 ! 」
「フルネームで呼ばなくていいってば。起きないと、中入るぞ」
「ダメ ! 分かった ! 起きるから入るな !! 」
大作が笑いながら舌打ち。
「えぇ~、それは残念」
「ふざけんなぁ ! 」
オーバースローの枕がドアに直撃。
……何なんだよ、あいつは !!
「むぅ~」
ぼさぼさの髪の毛を気にすることもなく、玲子はパジャマのまま部屋を出た。
「こりゃまた壮絶だな……」
エプロン姿でちゃぶ台に朝食を並べる大作は口端を歪めた。
「自分の家で気取ることないでしょ……ってかあんたそれあたしのエプロン」
猫柄のかわいらしいプリントだ。
「そそ、借りてるよ。どぉ ? 」
「似合い過ぎてすごく嫌」
玲子は TV のスィッチを入れて定位置に腰掛けた。
「おいおい、 TV なんかいいから朝飯食べろよ」
TV のニュースは、目下話題の連続死亡事件、山王学園だった。
「朝は食べないの」
ちらと視線をやると、食卓にはごはんに目玉焼き、そして鮭の塩焼きとしじみの味噌汁が芳ばしく湯気を昇らせていた。
「じゃぁ交換条件だ。急いで食べるか、食べずに俺の居候を触れ回るか……」
「ちょっと、それ脅し !? 」
「いえ~す。俺にゃぁ失う物なんざないしね」
「あんた大人でしょぉ ! 」
「いやいや、ガキだよ」
「この悪人 !! 」
玲子は舌打ち一つ、俄然朝食に飛び付いた。
一口鮭の塩焼きを口に運んだ玲子、思わず固まった。
……うそ。
「どうした、鮭苦手か ? 」
玲子は無言で首を横に振る。その手はごはん、味噌汁と移動。
「……お、美味しい」
エプロンを畳んだ大作は満足気に微笑み胡座で座る。
「君のお父さんもいたく満足して出かけたよ」
……そりゃそーだわ。
親子二人で無器用なのだ。
「朝食は美容にもいい。ガンガン食え」
思わず頷く玲子。食材は全て自分の家の物なのは失念した。
「ところでさぁ」
暢気に箸を進める大作は TV から目を動かさない。
「山王学園、かなり大事件だったん ? 」
ぴたり、と玲子の箸が停止した。
「何を暢気な !! 」
口角泡ならぬ米飛ばす。
「里中先生は二人目 ! 昨日で 1 ヶ月以内に 3 人も死んでるのよ !! 」
「それは大儀な」
暖簾に腕押しだ。
「そんなんで、あんたも墜落死したらどぉすんのよ ! 」
大作は自分の顔に付いた米を丁寧に取りつつ、にこりと笑う。
「そんときゃ命綱でも買いに行くさ」
「あ、そ……」
……げふ。
朝に茶碗二杯など何年来だろう。
湯飲みのお茶を口に含む。飲み下した後に残る甘味は玲子にとって初体験だ。
「ふぅ……美味しかったぁ」
……これなら下宿人もいいかも。
「お粗末さま。さて、急いだ急いだ」
大作は湯飲みを残し、手際良く器を流しへ。
「食後は少し休むもんだろぉ」
しかし玲子のそんな抗議も受け付けない。
「女子高生が婆さんみたいなこと言ってんなよ。遅刻はさせん、どんな手を使ってもな」
玲子はふと最初の交換条件を思い出す。
「まさか……これも ? 」
大作はそ知らぬ顔で肩を竦めた。
「あまり知られたくないだろ」
「きったね ! それでも教師かよ !! 」
「なら先生と呼んでみろ ! 」
玲子は舌打ち一つ。
「待ってろ、 15 分で用意を済ます ! 」
「遅い、 10 分だ ! 」
「クソ鬼~ ! 」
玲子は洗面所にダッシュ。
「はっはっは、何とでも呼べ ! 」
……く、屈辱だぁ !!
自由気ままに行動していた自分が今、完全にペースを握られていることを思い知る。
……絶対リベンジ !!
負けず嫌いの玲子、歯ブラシを口に突っ込んだ。
見事な物だ、玲子は髪を整え、制服姿で指定時間内に飛び出した。
「これでどうだ ! 」
「ほぉれ、やれば出来るだろ」
しかし……。
「この時間じゃギリギリ遅刻……」
そこへ大作がバイクのヘルメットを投げ渡す。
気のせいか、外より 750cc4 発のエンジン音が鼓動となって響いていた。
「乗りたいんだろ」
「アグスタ !? 」
途端玲子は喜色満面。
「もちろん !! 」
大作の後に続く玲子は重要なことを失念していた。
出るなり大作は AGUSTA に跨り、ヘルメットを装着。しかも……スーツのままだ。更に、玲子はスカートだし、運転席には大作が。
「あたしに運転~ ! 」
「どうせ無免だろ」
「いや、まぁ……それにスカートなんだぞ ! 」
「しかもえらく時代錯誤に長いの履いてるなぁ」
「ほっといて ! 」
そして、ここが重要だった。
「これ、タンデムないじゃん、一人乗りでしょ ! 」
「いやさすが、女にしちゃぁよく気付いた」
と言うか、リヤシートがないのだ。
「玲ちゃん、君はそんな小さなことを気にする質か ? それとも怖いとか……」
後者にカチンときた。
「いいわよ、乗ってやろうじゃないの ! 」
玲子はがぽっとメットを被り、カーボンリアカウルの僅かなスペースに勢い座り込む。そして腕を大作の腰に。
「そうそう、しっかり掴まって……」
ふと、大作が固まった。
「何だよ」
「パット、何枚入れてんのかなぁ、と思って……」
瞬間玲子の頬が赤くなる。
「掴まる所って、首だったっけ !? 」
「い、いや、これでいい。落ちんなよ ! 」
エンジンが吠えた。
玲子の小さな悲鳴を残し、 MV AGUSTA F4 は急加速で公道に飛び出した。
市営住宅 B 棟影より制服姿の学生が顔を覗かせた。
「山岡です。沖田玲子及び樋川大作、出発確認しました」
携帯電話だ。その相手は……。
『行き先は ? 』
真田弘志である。
「十中八九山王学園かと……」
『分かった、監視を引き継げ』
「了解です」
山岡は電話を切ると、改めてメモリーダイヤルを呼び出した。
ところで、山岡こそ遅刻では……。