ふざけんなぁ‼︎
- 川辺町バス停 -
……気配はなし。
最終バスを降りた玲子は一息吐いた。どうやら甘味処で撒いたようだ。
部活中も、商店街を歩く最中も気配を感じていた。 昼間のようにストレートな連中は得意なのだが、どうにもストーカーじみた相手は苦手だ。
小学生の頃から決闘 ( 喧嘩ではないと主張 ) の絶えない玲子としては、力技はむしろ大歓迎。名前とは相反する性向にあった。
……それにしても、あの封筒は ?
今になって中身を確認していないことに気が付いた。
「ま、後でいっか……」
閑静な住宅街のはずれ、市営住宅が場を占める。その中の B 棟 1 階に沖田家があった。
……へぇ、珍しい。
駐輪場に停まるフルカウルのレーシーなバイク、 MV AGUSTA F4 に視線が止まる。
嫌いではない玲子としては、持ち主が気になる所だ。
思いを巡らせつつ、ドアを開けた。
「たぁだいま」
「玲子 ! こんな時間までどこ行ってた !! 」
突然飛び出す父の怒声。
……学校だってぇの。
独白しつつ靴を脱ぐと……見慣れぬ靴が一つ。
慌てて奥へ目をやると、あの男の顔が。
「樋川大作 !! 」
どさり、と剣道道具が落ちた。
あいつ、樋川大作がうちの卓袱台前に座り、いよっ、とばかりに手を挙げた。ここに存在することに、何の疑いもない調子が腹立たしい。
……ちょっと。
「親父、どぉいうことだよ ! 」
玲子の父、健司はのっそり立ち上がる。
「女子供の出歩く時間じゃないぞ ! 」
酒の臭い。
「部活だっての ! また飲んでんの!? 」
「大人が酒飲んで悪いか ! 」
「……いや、まぁ……ってそれより何であいつが居るんだよ ! 」
「バカもん ! 担任の先生をあいつ呼ばわりがあるか ! 」
怒鳴りつつ健司は再び畳に腰を降ろした。
「いやすんません、さっきも話した通り、早くに女房亡くしましてね。男手一つで育ててみりゃぁ、とんだじゃじゃ馬に……」
大作は健司の酌で猪口を空けた。
「いえ、元気なほうがいい。今日の昼も……」
「わぁわぁわぁ ! 」
玲子は部屋に駆け込み、急ぎ大作の口を封じた。
「なんんんでもない ! 」
ぎぬろ、と健司の視線が玲子を射竦めた。
「喧嘩……だな」
「違う、勝負だ」
「お父さん、誤解ですよ。相手は逃げ……」
「なに、逃がしただと !? 」
……あちゃぁ。
「やるからには完全に叩きのめせと言ったろ ! 」
「いいじゃん、勝ったんだから ! 」
おいおい……。
「あれ程言っただろう、禍根を残すな、と ! 」
大作は思わず感心。
「成る程、徹底してますねぇ」
「だろ、先生よ」
「はい、教育もかくありたいです」
「そこでよく分からん同調すんな ! ってか親父、なんでこいつと一緒なんだよ ! 」
すると健司、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「いや、仕事帰りな、山王商店街で出くわしてなぁ……気が合って飲み交すうち、おめぇの担任だってぇじゃねぇか……」
「だからって家にまで連れてくる !? 家庭訪問じゃあるまいし !! 」
「そこなんだがよぉ、先生、まだ下宿が決ってねぇんだってよ」
嫌な予感が玲子の背筋を駆け抜ける。
「……まさか ? 」
「下宿代払うってぇしよぉ。それに恩義もあらぁな」
「うら若き乙女が居るんだぞ ! 」
「はっはっは、乙女って柄かよ」
「さっき女子供扱いした ! ……恩義 ? 」
健司は玲子の鋭い視線を躱す。
「……んにゃごにゃ……」
「男らしくはっきり ! 」
「飲み屋のツケ、払ってもらいました ! な、いい奴だろ」
開き直る親父に玲子点火。
「ふざけんなぁ !! 」
必殺ちゃぶ台返し。酒の肴が全て宙を舞った。
「もういい加減にしろよな」
先ほどから笑い通しの大作へ、玲子は不機嫌に言った。
「だってさぁ、ちゃぶ台ひっくり返すのは昔っから親父さんの役目だぜ」
当の親父さん、飲み疲れて大鼾だ。
「悪い ? 」
「いや、悪かない。かなり気に入った」
……最悪。
玲子の手は徳利へ。
「ところでところで玲ちゃん」
しかし大作の手が玲子の腕を捕まえた。玲子が睨みつけども笑顔で躱す。
「玲ちゃんと呼ぶな」
「山王学園は変わってるなぁ」
聞いちゃいない。
「生徒会は教師と完全に独立してるし、他校と情報共有して組合作ってるって? 」
「興味ないね」
まぁいいか。大作は肩を竦め、玲子より奪った徳利を傾けた。一滴垂れ落ちただけ。大作は情けなく息を吐く。
「しかもさぁ、今後の授業、自由にやってくれ、だぜ」
玲子は座を一度立ち、冷蔵庫のビールを大作に投げ渡す。
「さんくす。前担任からの引き継ぎもなし。まいったね」
玲子は首を傾げた。
「前の担任、死んだよ。知らなかった ? 」
「……へ ? 」
缶より泡が吹き出した。
「これ、黒ビール ? 」
「……そっちかよ」
仕方ないなぁ、と大作はビールをあおる。
「俺は黒って好きじゃないんだよなぁ。しかも 500mml 缶…」
「嫌なら飲むなよ」
大作は卓に缶を置いた。
「なんのなんの、せっかく玲ちゃんがくれたんだ……死んだ !? 」
玲子は大きく溜め息を吐く。
「……遅い。自殺か他殺か知らないけどさ。赴任にあたって聞いてないの ? 」
「なぁるほど、それで報道陣があんなに……」
「何だと思ったのよ」
「そりゃ、俺の赴任祝い」
再び溜め息。
「あんた本当に教師 ? 」
大作は指で軽く缶を弾いた。
「柄じゃぁないかもね」
「ない、絶対ないね」
玲子は昼間を思い出す。あの身のこなし、ただ者では……。
「そういえば、あたしに訊きたいことあったんじゃないの ? 」
玲子は警戒しながらカマをかけた。
「あぁ、あれね。もういいや」
「もういい ? 」
「学校までの道、訊きたかっただけ」
「はぁ ? 」
玲子は固まった。
「いや、道って苦手でね」
からから笑う大作。
玲子は謎の空白に仮定を立てた。
「まさか、赴任が遅れたのって……」
「そ。道に迷ってた」
「呆れた……。まったく大した教師だよ」
「はっはっは。どこで道を誤ったやら」
「笑いごと ? 人生まで方向音痴でどうすんのよ」
生徒に言われてしまうのもどうかと思う。
「ま、何とかなるさ。これでも俺は担任だ。分からないことがあったら何でも相談してくれ。……昼間の騒動の事とかな」
大作の表情がにわかに変わる。こんなにも鋭い表情をする男なのか……。
「あんた、狙いは何 ? 」
にやり、と大作が笑う。
「一獲千金」
「はぁ ? 」
肩透かしだ。
大作はビールを飲み干した。
「いやぁ、バイク買ったら金なくなっちまってさぁ」
……まさかあれ !
玲子の食指が動く。
「外の AGUSTA F4!? 」
「おっと、結構好きな方 ? 」
「いい趣味してるよぉ。今度乗せて ! 」
「考えとくよ。でさ、俺の寝床どうなんの ? 玲ちゃんと一緒でもいいけど」
玲子の頬が朱に染まる。
「ば、バカ言ってんじゃないぞ ! か、仮にもあんた、教師だろ ! 」
「そぉかぁ、教師は駄目か……。んじゃ辞職するかな」
「そーゆー問題じゃない ! 」
勢い玲子は立ち上がる。
「ちゃんと用意してあげるから、あたしの部屋、入るなよ ! 」
「はいは~い」
ひらひらと手を振る大作を残し、玲子はぎこちなく部屋を出る。
途中足を取られて転んだことには大作思わず失笑。
「意外にうぶなんだ」
「黙れ ! 」
枕が大作の顔面に直撃した。
「さてさて……」
大作は照明を消した天井に呆と目を漂わせた。
「いい娘なんだが……いつ切り出すかな」
あの喧嘩っ早い雰囲気からはほど遠く、用意された布団はかなりきれいに敷かれていた。
「ま、焦るこたぁないか」
寝返りをうち、思考を停止した。
玲子は壁に向かってクッションを投げつけた。
……何なのよあいつは !
大量のぬいぐるみに占領されたベッドに座る玲子。意外にも整頓された部屋はいかにも女の子らしかった。
……しかも生徒会やら変な奴やら !
眠れない。
今日はあまりにもおかしな事が起こり過ぎだ。机の上に置かれた封筒も、未だ封は開けず終い。
「もう、知るか ! 」
玲子は勢い良く枕に飛び込んだ。
- 山王町住宅街 -
山王町の小高い山、たかとり山を背後に、 200 坪を越える敷地が一角を占める。
山王町住宅街の名士、故真田文六の本邸だ。
現在の盟主は孫にあたる弘。衆議院議員 2 期目を務めるエリートである。その嫡子、弘志が自室で 4 人の男女と向かい合っていた。
「山岡の探索の結果、沖田玲子は自宅に確認しました」
頷く弘志。彼もそうだが、揃って山王学園の制服を着たままだ。
この 5 人、山王学園生徒会の幹部職、そして、弘志がその頂点の会長であった。
「まだ封筒の中身は知らない、ということか……」
「……はい」
腕を組む弘志の姿も堂に入った物だ。
「ただ、問題が……」
唯一の女性、堀川が口を挟む。
「新任教師の樋川……沖田家に潜伏した模様です」
副会長の野口が舌を打つ。夕方、武道場で樋川には邪魔をされている。任意か偶然か……。
「厄介……だな。奴はどこに属するのか。はたまた無関係……か」
弘志は眉を顰めた。樋川の名は 3 度。
……偶然にしては。
「明朝より監視を密に」
4 人は一様に頷いた。