裏口借りていいかな?
- 武道場 -
「ぃやぁぁぁ ! 」
むしゃくしゃした。
剣道部に所属する玲子、その苛立ちを竹刀に込めて打ち込んだ。
昼の封筒、怪し気な生徒会、大呆け教師……それら全ての苛立ちが剣先にこもった一撃。相手はそれをあっさり躱し……
「めぇぇぇぇぇん !! 」
玲子の面に重い衝撃。ジャストヒットだ。
「いってぇぇ……」
玲子は一瞬目を回す。
「どうした沖田 ! そんな物かぁ !! 」
連戦連敗。玲子の苛立ちはピークにさしかかる。
「続けて行くぞ ! 」
相手、副将の小山が動いた……瞬間、玲子は竹刀を投げつけた。
「うぉっ」
予想外の動きに戸惑う小山。
玲子はそのまま懐へ飛び込み投げを打つ。
「ぐはっ ! 」
まともに床に叩き付けられた小山の意識が一瞬飛んだ。
「待て ! こら沖田 ! お前何やってる !! 」
主将が怒声を飛ばす。
……やば。
「またやってしまった……」
防具を外した玲子の隣に、同じ 1 年の香澄が腰を降ろした。
「なんだよ」
「沖田さん面白いよね」
木綿の手拭いを外すと、黒髪が綺麗に流れた。
「だって、無手だとあんなに強いのに、剣道じゃ一番弱いもんね」
どうにも道具が性に合わないらしい。
「んなのいいでしょ。苦手だから克服したいの」
香澄はくすくす笑う。
「そこが偉いのよね。みんな何で分からないかな、この良さが」
「いいよ、興味ないから」
そんな素っ気ない玲子を、香澄はまじまじと見詰めた。
「気を付けて」
「……何のこと ? 」
わざと嘯く玲子に香澄は囁いた。
「噂になってるよ、昼の執行部とのこと。ここの生徒会は、怖いよ」
- 武道場裏 -
秋の日暮れは早い。
17 時の鐘を聞いて 30 分、既に空は群青色に暮れていた。
「……奴だな ? 」
「はい」
照明もない武道場裏手に蠢く影。
1人は昼に玲子を襲った生徒だ。
生徒会執行部。
香澄と話し込む玲子を観察する二人は互いに頷いた。
「更衣室に潜り込むなら今……だな」
その二人の肩に、突然腕が寄り掛る。
「い~けないんだ」
「うおっ」
二人は咄嗟に飛び退き身構えた。
「誰だ ! 」
「おいおい……この学校は教師にそんな口のききかたすんの ? さぁみしいなぁ」
生徒は舌を鳴らす。
「樋川……大作」
「しかも呼び捨てっスか」
そこには、既にスーツを着崩した大作が。
「溢れる若さが性欲に向かうの分かるけどさぁ、やっぱ更衣室は良くないぜ」
生徒会の2人は目を見交わした。
「誤解ですよ。先生の聞き違いでは ? 」
大作は大きく破顔した。
「それも……ありかな」
「申し訳ない。僕たちはこれで……」
一礼すると、2人は足早に校舎へ消えた。
「大人だねぇ」
大作は一度視線を道場へ。
「なぁるほどね……」
- 山王町商店街 -
「どうしたい、浮かねぇ顔だな」
部活を終えた 19 時 30 分、店内で声を掛けたのは甘味処「英吉」主人、浜岡英吉だ。
「なぁんか嫌な視線が多いのよね」
席に着いた玲子に英吉は早速お茶を出し、そのまま向かいに腰掛けた。
「玲ちゃん、恨み買ったな」
甘味処には似つかわしくない、髭面のいかつい英吉がにやりと笑う。
「詩子といい英ちゃんといい、あたしのこと女と思ってないよね」
不機嫌にメニューを手にした玲子に、遂に堪え切れなくなった英吉が声にして大きく笑う。
「詩子ちゃんもよぉ、あんみつ食いながら心配してたぜ。果たし状持ってた、ってな」
……あんのやろぉ。
更にむすっと眉の間に皺を寄せ、メニューを投げつけた。
「あんみつ。サービスしてくれんでしょ」
「おぅ、我等が玲ちゃんの頼みとあらば」
そして、追加注文のように付け加えた。
「でさ、いつものように裏口借りていいかな ? 」
「はっはっは ! それみろ」