奴はもっとやる
書き溜めてある物放出です。
細かい所を気にせず気楽に書いたらこうなった、という物かもしれません。
気楽に楽しんでください。
One day
- 都下郊外墓地 -
たった一人……空は重い雲が陽光を遮っていた。
枯れ葉が一枚、歩道脇の広葉樹より舞い落ちる。整然と並ぶ墓石の一つ、花も、供物もない寂しい墓…そこが落葉の目的地だ。
「秋だねぇ」
その墓石前に佇む若い男が呟いた。
「久しぶりだな、相棒」
彼は手に持つビールを激しくシャッフルし、タップを開けざま墓石の頭に伏せた。
「穂坂……お前は最期まで酒が弱かったなぁ」
思い出すようにくっくと笑う。
泡立つビールが墓石を湿らせた。いい飲みっぷりである。
「待ってな、枯れ木も山の賑わいだ」
男はしゃがみこみ、石をずらした。
「預けてたもん、返してもらうぜ」
油紙に包まれた、ずしりと重いそれ。彼はその重さを確かめるように懐へ入れた。
「この国で仕事だ。見ててくれ」
すっくと立ち上がり、歩き出す。
再び乾いた風が一陣吹き抜ける。
男のスーツをはためかせ、落ち葉を一斉に舞い上げた。
- 山王学園 -
深夜 23 時 20 分、中秋の名月を控えた半月が夜空にまばゆい中、赤い回転灯が山沿いの道を帰路につく。
山王学園高等部。
最近何かとニュースの話題を提供する学園だ。
「今月に入って 3 人……妨害ですか」
窓に束ねるカーテンの陰より、隠れるようにパトカーを見送る男の呟き。
大きな回転椅子に座る男がそれに応えた。
「困ったものだ……。教育委員会も鼻を動かし始めた」
照明を消した室内に2人、表情が読み取れない。
「まさか、教育委派遣の新任教師が ? 」
「分からん。ただ、先日死んだ中里先生の代行が必要なのは事実……」
窓際の男が溜め息を吐く。
「疑い出したら……ですか」
「まったく、騒がしくなったものだ」
その言葉を最後に、この室内は沈黙に包まれた。
day one
……翌日
晴天の空を見上げると、抜けるような青色がどこまでも高い。
彼女は腰まで届く黒髪を風になびかせ大きく息を吸う。
「う~ん、今日も遅刻かな」
剣道道具を肩に、セーラー服。山王学園 1 年の高校生だ。
太陽は真上を過ぎようという頃合い。遅刻どころではない。
よく見ると、膝上何 cm などと競うスカートが、膝を隠して更に下、踝上何 cm 。時代錯誤のいい見本だ。
「まずは、お昼だね」
この住宅街を抜けると、次は学園前の「山王商店街」が待ち受ける。彼女、沖田さん家の玲子ちゃんと言えば商店街の有名人だ。
その時、交差点で飛び出す影。不覚にも玲子はまともにぶつかった。
「いってぇ」
道具を落とした彼女が犯人に視線を巡らせた。伏し目がちに膝を付く、いかにもいじめられ役の男子高校生。しかも山王学園の制服だ。
「あんたねぇ、人にぶつかっておいて……詫びくらい言えないの ? 」
助け起こしてやろう、とすると、その男は意を決したように玲子に目を合わせた。
「な、なんだよ……」
「……これを ! 」
不意に突き付けられた封筒。
「これ、持ってて下サイ」
「はぁ !? ちょ、ちょっと待てよ……」
状況の呑み込めぬ玲子に、その男はうって変わって強気に封筒を押し付けた。
「後、頼みマス ! 」
言うが早いか、彼は住宅街の中に逃げ去った。
「お~い、なんだよそれ……」
呆然と立ち尽くす彼女は、気配を感じて身構えた。
…… 4 人。
同じく山王学園の制服を着た男子が交差点を中心に玲子を囲む。
「何だい、あんたら」
異様な雰囲気だ。
「奴はどうした ? 」
「奴… ? 虐められっ子ならどっか行っちまったぜ」
ただの虐めじゃぁない。玲子は封筒をポケットに滑らせた。
それを見た1人が顎で指し示す。
「その封筒……渡してもらおうか。それは我々の物だ」
ふん、と玲子は鼻で笑う。
「怪しいね。名も名乗らない奴を信用出来る筈ないだろ」
連中のリーダー格らしき男が肩を竦めた。
「我々は生徒会執行部だ。生徒は従う義務がある」
「はん、生憎とあたしは生徒会と義務ってやつが嫌いでね」
「ならば……執行させてもらおう」
男達が身構えた。
「おっけ。やっとあたし好みの展開だ」
「言っておくが、女とて容赦はしない」
玲子は力を抜いて斜に構えた。
「御託はいいから掛かっといで」
「かかれ ! 」
一斉に飛びかかる。
しかし玲子は慌てず正面の男に直進。跳び蹴りを食らわせた。
「ぐはっ ! 」
一発昏倒。
「野郎 ! 」
続けて殴りかかる右拳を躱し、首筋に手刀を叩き込む。
「か……は……」
「女に向かって『野郎』は失礼だろ」
3 人目の腕を取り、膝蹴り。くの字に折れ曲がるその背中へ肘を打ち下ろした。
「へい、ラスト ! 」
「このっ ! 」
殴りかかるそれを、しゃがみ込んで躱し、そのまま足払い。背中を打って息を詰める男へ追い討ちの蹴りを……とその時、
「待てよ ! 」
ふわり、と現れた男が足で玲子の蹴りを止めた。
「……な ! 」
「やめようぜ。もう決着ついたろ」
……あたしの蹴りをあっさり。
「あんた、何者だよ」
飛び退いて身構えた。
ぱりっとしたスーツだが、ネクタイから着崩した 20 代半ば過ぎの男だ。
彼はにやりと笑い、人差し指を左右に振った。
「これ以上やっちまっちゃぁ虐めだぜ」
「だから、あんた何者よ」
名乗っていない。それに気付いた男は急に改まる。
「いや、俺は怪しいもんじゃないよ」
充分以上に怪しいよ ! 玲子は胡散臭気な視線で睨めつけた。
「樋川大作。可愛いキミには大ちゃんと呼ぶ権利をあげよう」
「いるか ! 」
ふと、玲子は辺りを見回した。
……いない !
「連中、逃げちまったじゃないか ! 」
「あぁ、急ぎだったらしいから止めなかったが」
……急いで逃げたんだよ !
「……ち」
玲子は剣道道具を持つと、踵を返して商店街に歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくれ ! 」
玲子は肩越しに振り返る。
「君は山王学園の生徒だな ? 訊きたいことがある」
しかし玲子は舌を出す。
「お断り」
ふわり、と風を感じた。
黒髪をなびかせ、玲子は消えていた。
- 山王学園高等部 -
背後に小高い山を背負う、私立山王学園。
歴史は古く、創立 100 年は下らない。校舎も古く、しかも広大な敷地に数も多く建立された。生徒どころか教師までもがそれらを把握し切れていないのが現状だ。
その、最も古いと言われる時計塔が鐘を打ち、終業時間を知らせた。
……一体なんなんだよ !
1 年紅組の机に突っ伏す玲子。ポケットより例の茶封筒を取り出した。
そこに……
「れぇ~いちゃん」
クラスメイトの高田詩子だ。
「やめろ ! その呼び方するな ! 」
「ダメだよぉ。そんなだから玲ちゃん綺麗なのにもてないんだよ」
……大きなお世話。
詩子は大きな瞳を目敏く動かした。
「なぁに、それ。果たし状ってやつ ? 」
「なんでそうなるんだよ ! 」
「だって玲ちゃんだもん」
ダイレクトにストライクな答えだ。
「らぶれたぁ、って可能性もあんだろ」
すると詩子はくすくす笑う。
「ないない。でも、茶封筒ってところが玲ちゃんらしいね」
「悪かったね」
玲子は封筒を再びポケットへ。
「ねぇ、一緒に帰ろうよ」
「部活があるって」
詩子は、妙に疲れた溜め息を吐く。
「なんだよそれ」
「うん、玲ちゃんは記者さんたちに囲まれなかった ? 」
「玲子は首を振る。
「……別のもんには囲まれたけど……あ、いや、遅刻したしさ。それって事件の取材 ? 」
詩子は頷いた。
「昨日の夜、 3 人目の死者が出たんだって。朝礼で言ってた……」
この閑静な片田舎の山王町で起きた連続事件。この学園敷地内で 3 人も死者が出たのだ。その 2 番目の犠牲者こそが、元紅組担任の中里だ。
「それにしても、新しい担任の先生、来ないねぇ」
「興味ないけどね」
玲子は冷たいものだ。中里先生が校舎屋上からの墜落死体で発見されて 3 週間。話では 5 日前に着任している筈なのに……。
「ま、あたしには関係ないし。悪いけど、一人で帰って」
「冷たいなぁ……」
玲子は思わず苦笑した。既に玲子の悪い噂は校内を席巻していた。なのに、この詩子はお構いなしに話しかけるのだ。
「ホント、悪いね」
恨めしそうに見詰める詩子を横目に、玲子は唯一の荷物、剣道の一式を手にした。
そこに、慌てた様子の教頭が入室。
「おい紅組、帰るのまった。担任の紹介するぞ ! 」
……はぁ !?
教頭に呼ばれたその男。
その姿に玲子は思わず息を詰めていた。
今でこそ成をきっちりしていようと、玲子が間違える筈もなかった。
「……お前 ! 」
相手も教壇の向こうで手を挙げて応えた。
「おっと、昼時の格闘遅刻娘。このクラスだったか」
「樋川大作 ! 」
そこに教頭が割り入った。
「みんな、静かに ! さ、樋川先生、自己紹介を」
詩子は玲子の耳に口を寄せた。
「知り合いなの ? 」
「……ちょっとね」
詩子は期待を込めた笑みを向けた。
「やるじゃん、玲ちゃん」
「あぁ、恐らく奴はもっとやる」
「……何それ」