【6】
買い物カゴを片手にスーパーの売り場をうろつく。うろつくといっても目標は定まってる。今日の目玉は鯵の刺身だ。
秋刀魚も終わっちゃって鯖が特売なんだけど、高いんだ、鯖!
鯵が特売な理由がわからないけど、鯖は放っておいても売れるから、とか、そんな感じじゃないかな。
理由など、貧乏な僕には関係ない。
たまにしかない刺身の特売。逃してはならないのだ!
「うーんと、どれにしよう」
冷蔵ショーケースに並んだ鯵の刺身を眺める。どれも同じく美味しそうに見える。
「あ、これ」
夏美さんは何気なく取り上げ、僕のカゴに入れた。
「まぁどれでもいいですけど」
「源次郎が言うには、これが一番劣化してないって」
「言い方!」
鮮度が良いとか言ってくれれば周囲の目も白くならないのにその言い方じゃ美味しく思えなくなる。
「え、だってー」
「次は肉です。ひき肉も安いんです。合挽きだけども」
夏美さんに声をかける。ちゃんと監視してないと、危なっかしい。
でも彼女は、店の中を眺めてる。時折目を潤ませて。憧れの何かを見ているみたいだった。
「夏美さん?」
「え、あ、ごめんね」
夏美さんは指で目じりをすくう。美人のその仕草は心臓に悪いです。僕みたいに非リア充には、特に。
「何か、ありました?」
「んーん、何も」
ふるふると首を横に振る夏美さん。誤魔化すように僕の腕にしがみついてくる。
「で、次は?」
「聞いてませんでしたね。お肉です」
「おー、に・く!」
どこぞのニセ外人のイントネーションで言わないでください。恥ずかしい。
当然、周囲の主婦の目は、僕らに好意的ではない。仲のいい姉弟と見ててくれればいいけど、僕たちは美人とイケテない男子。それはないよねー。
「あんまりくっつかないでよ」
「いいじゃない」
夏美さんは僕の腕を抱きしめて放してくれない。ぎゅっと口を結んで、僕になにかを訴えたい目で見てくる。
彼女が何を言いたいのか、僕にはわからない。なにせ、いつも精子を強請られているだけだもの。
「むー」
僕は唸りながらも、夏美さんを引っ付けたまま売り場を歩く。着物越しでも伝わるマシュマロはメロン級だ。
「えっと、挽肉は買えるだけ買って、冷凍するとして……鳥のささみだな」
貧乏には鶏肉。
育ちざかりの僕には物足りないけど、財布には勝てないのさ。
右腕に買い物カゴ。左腕に夏美さん。
周囲の刺さる視線に耐え、卵、もやし、キャベツをカゴに入れていく。その間もずっと夏美さんは僕の腕を放さない。でも視線は売り場の隅から隅まで埃も逃さない勢いでぐるりと回ってる。
気になるなら歩いていってもいいのに。源次郎もいることだし。
「何か気になるものがあれば、見てきてもいいんですけど」
僕が話しかけると、夏美さんはビクッと身体を揺らした。いたずらをした猫が飼い主の反応を伺う目で、僕を見てくる。
部屋の時の自信あふれる夏美さんは、そこにはいない。
「……初めて人がこんなにいるところにきて怖いの」
耳元で、震える声で、夏美さんが言った。僕は夏美さんの目を見た。泣きほくろが飾り立てるその瞳は、少し揺れているようにも見えた。
これは、演技なんだろうか。
微かに震える彼女の肩に気がついた。売り場は涼しいくらいで、それで寒いのかも。
僕はそう思うことにした。
お米を買って、安くなってるパンも買って。これは冷凍するのさ。冷凍庫万歳!
レジでも夏美さんは僕にくっついたまま。レジのおねーさんも苦笑いしてる。
「仲が良いですね」
引きつりながら探られてる。怪しければ通報されちゃうのかな?
「えぇ、姉はちょっと対人恐怖症で」
僕は適当に返答する。姉、と言った時に腕を抓られた。夫婦は人道的に無理です姉弟で通させてください。
僕は悪くない、悪くない。だから通報しないで。
念仏のように繰り返す。
「あ、レジ袋は持ってきてるんで」
愛想笑いでレジを通過する。背中が冷たい。結構な汗をかいてるのに気がついた。
いつもならささっと買い物しちゃうのに、今日は憑かれて疲れた。お腹もグーって文句言ってる。
「急いで帰らないと」
左腕を夏美さんに奪われたまま、レジ袋に買ったものを入れていく。テープで開かないようにとめて、おっけー!
白い視線を華麗にスルーして、そそくさとスーパーを後にした。
無事に帰宅。帰宅したッ!
そう叫びたくなるほど、ヘビーなミッションだった。僕はもう疲れた。
何故か夏美さんの部屋にいるんだけど。
「ここは落ち着く」
夏美さんがホッとした顔で呟いた。そういや人がたくさんいるところが初めてだとか言ってたけど。
それは遠い未来から来たという設定のつじつま合わせなのだろうか?
「マスター、オツ、カレ、サマ」
「人がたくさんで疲れちゃった」
手足が生えた源次郎が床にへたりこんだ夏美さんを労っている。本来のAIってあーだよなーって光景だ。
「マスター、キガエ、ヲ」
「そうね。楽な恰好になっちゃいましょ」
言うが早いか、夏美さんが立ち上がり、帯を緩め始めた。
「ちょ、僕がいるよ!」
「それが?」
可愛らしく首をコテンとさせた夏目さん。キュートですね。
って違う!
小学生じゃないんだから、着替えるなら出ていきますって。
というか、僕を帰してください!
「僕、部屋に戻ります」
「え、やだ!」
「やだって、そっちの方が嫌ですよ! 女性の生着替えを見て良いわけないじゃないですか!」
僕はまだまだ純粋でいたい。リアルな女性を、まだ知りたくないんだ!
興味はあるよ?
あるけど、それをおおっぴらにさらけ出せるほどウェーイな人種じゃないんだ。
「マスター。ハジライ、ヲ、オシエタ、ハズデス、ガ」
「教えてもらったけど、よくわからないのよね」
「オー、ノー」
「だって、源次郎たちロボットしかいなかったもの」
夏美さんが眉を下げて困ってる。
「あの、夏美さんは着替えを見られても恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしいって?」
キョトンとした顔で言い返された。
夏美さんは小学生でもなくって、幼稚園生だった!
そういえば、朝の地震の時におっぱいを掴んじゃったけど、悲鳴も文句も言わなかったな。
柔らかかったなぁ。思い出しちゃうな、あの感触。
着物はごわごわしてるのにふにゅっとしてて、僕の掌に収まらない巨乳で……
あ、だめだ、これ以上想像するとまっすぐに立てなくなりそう。
「トウヤ。ムコウ、ノ、ヘヤニ」
源次郎が気を利かせてくれた。
というか〝向こう〟じゃなくって、〝僕の〟部屋だよ!




