【5】
「とりあえずですね、説明を」
人間、限界を突破すると冷静になるってのは本当だった。いまわかった。思い知った。
部屋を壊していいわけねーでしょがー!
「まぁ、冷静になろうね」
夏美さんが湯呑を差し出してきた。ほのかに香るのはほうじ茶のもの。受け取って覗いてみても、茶色いほうじ茶だ。
今回は大丈夫なのか?
ちろと夏美さんを見やれば、すっと視線を逃がされた。飲んじゃダメな奴らしい。よし、僕は冷静だ。
「大丈夫、僕は冷静です」
「シンパク、スウ、セイジョウ」
「あらま、僕って信用ないね」
「マスター、ノ、ハッカン、イジョウ」
「……夏美さん」
夏美さんは僕の視線から逃れ、へたくそな口笛を吹いている。世に完璧な人はいないんだって、実例がいると説得力も出るよね。
「カベ、ダガ。マスター、ガ、ヤラカシ、タ」
「源次郎も容赦ないよね」
「リユウ、ハ、アル」
源次郎の緑の目が強くなった。気迫、なんだろうか。
「タイム、マシン、ガ、コワレタ、ノデ、ミライ、ヘノ、キカン、ガ、コンナン、ニ、ナッタ」
部屋の隅に置かれている卵型のブツを見た。寂しそうに佇んでる。
機械に感情なんてないんだろうけど、でも自分の役割をなせなくなった悲しみがあふれているように思えるのは、なんでなんだろう。
「ア、ソノ、タイム、マシン、ガ、ワタシ、ノ、ホンタイ、デス」
「源次郎なんかい!」
「ホメラ、レタ」
「褒めてないぃぃ!」
このデラックスなAIを相手にしていると疲れる。凄い疲れるのはなんでなんだ。
普通AIは先回りして人間の負担を減らすような思考をするんじゃないのか?
すっごい先の未来は違うのか?
「カエロウ、ニモ、ナオス、マデハ、カエレ、ナイ。ヨッテ、ソレ、マデハ、コノ、ジダイ、デ、スゴス、ノダ」
「そう!」
ニッコリ笑顔の和服美人がパンって手を叩いてそのまま頬にくっつけるあざといスタイル。
あざとすぎる仕草に純粋な僕はドキドキだ。悔しいィィ!
「せっかくだから、その、冬弥君とは仮でも夫婦になるわけだしぃ」
照れないでください。精子と卵子だけの関係です。というか、僕は認めていませんけど。
「認知って言葉知ってます?」
「いっそのこと同棲しちゃえ!って思ったの」
ちっとも聞いてなーい!
「いいですか、僕は認めてないんですよ? そもそも未成年で結婚できる年齢、つまり18歳にも達してないんです。そこんとこオッケーですか?」
「若いってことは、精子も元気なのよね? ばっちりじゃない!」
話を聞いていないうえにこの人のポジティブさ。たったひとり残された人類で悲劇のヒロインではないの?
「頑張って好きになるから、よろしくね」
「あ……ぅ」
頬を赤く染め、はにかむよ彼女が、可愛いと思ってしまったのは、内緒だ。絶対に内緒だ。
顔がチンチンに熱くなってるけど、内緒だ。
胸がドクドク言って喉がからからになったけど、気のせいなんだ。
ポケットが震え「ぬはははは!」とスマホのタイマーが鳴った。
「あ」
やばい、スーパーのタイムセールを忘れてた!
今は16時。もう始まってる!
「あの、スーパーに買い物に行かないといけないから、僕もう行きますよ!」
「あ、待って私も行く。置いていかないで!」
僕が立ち上がると夏美さんも立ち上がった。源次郎がぴょんと飛び上がり、手足を格納し完全球体になって夏美さんが胸元でキャッチした。
「ついてくるんですか?」
「仮の妻として、行動はいつも一緒! 夕食も一緒に食べよ?」
妥協という影のない、僕に対する好意しか感じられない笑顔に、悔しいことに負けた。負けた。