【23】
ピピっと電子音が鳴った体温計は、39.5という数値を示していた。
「……のどの痛みと頭痛とこの熱は……風邪かな」
「のど痛い、頭がズキズキする、寒い……」
ベッドで毛布に包まってる夏美さんの声が弱い。
昨日、海から帰ってきた時からなんか疲れてるなって見えてたんだけど、夜が明けて夏美さんの部屋からうんうんうなってる声が聞こえてもしやと体温計で測ったらこの数値だった。
「僕もなんだかだるくはあるんだけど……」
ピピっと測ってみたら37.4という数値。俗にいう、微熱というやつだ。
ちょっと頭が痛いかなって感じ。
「僕も風邪かもしれないね」
夏美さんのがうつったのかな?
でも昨晩は夕食を食べたら夏美さんはすぐに寝ちゃったんだよね。
疲れてたのかと思ったけど、体調が悪かったんだろうね。
夏美さんが寝込んでて、僕も微熱じゃあ今日は学校を休まないと。さすがに具合の悪そうな夏美さんをひとりにはできない。
「源次郎、風邪薬ってもっ……てるわけないだろうから、創り出せないの?」
夏美さんにげしっと蹴られてベッドから転がり落ちてる緑の球体を拾い上げた。
「……カイセキ、カンリョウ。マスターハ、データベース、ニ、ナイ、カコノ、ビョウゲン、タイ、ニ、カンセン、シテイル、ト、カンガエ、ラ、レル」
「ふーん、で、特効薬的な便利な薬くらいはあるんでしょ?」
「データベース、ニ、ナイ、イジョウ、ソウヤク、ハ、フカノウ」
源次郎が言い切った。
万能AIが言い切るってことは、無理なんだろうけど。
「あいにく、風邪薬は切れてるんだよね」
源次郎を夏美さんのベッドの隅っこにポスッと置いた。
薬ってけっこう高いんだ。頻繁に飲むものでもないし、常備できるほど、僕はお金持ちじゃない。
しかも風邪薬って症状によって効き目が違うんだよ。
鼻水、咳、頭痛。
全部に対応できる薬を作って欲しいよ。
「マスターニ、クスリ、ハ、ダメ」
源次郎がベッドの上を転がって、夏美さんの前に立ちふさがるように止まった。
まるで僕から夏美さんを守るナイトみたいな雰囲気だ。
丸いけど。
「解熱剤くらいは――」
「イッサイ、ノ、クスリ、ハ、ダンジテ、オコト、ワリ」
「そんな重ねて強調しなくってもいーじゃん」
「ダメナ、モノハ、ダメ、ゼッタイ」
いつもは淡々とした口調なのに、今日はなんだか語気が強めに感じる。
ということは、夏美さんに薬はダメなんだろう。
「マスターハ、コノ、ジダイ、ニ、シカナイ、ビョウゲン、タイ、ニ、オカサレテ、イル」
「……未来にはないってこと?」
「オソラク、ミライデハ、ヘンイ、シテイル、カ、ショウメツ、シテ、イル」
「あ、ウイルスも変異するって聞いたことある。インフルエンザとか、毎年流行る型が違うって言うしね」
「ソウデハ、ナイ」
ん?
違うの?
「オシエテ、シンゼ、ヨウ」
「また偉そうな口調に」
万能AIってのはみんなこうなのかなぁ。まったく。
「コノ、ジダイデ、タトエル、ナラ、バ、テンネントウ、ダ」
「てんねんとうって天然痘のこと?」
「ソウ、ダ」
「んーー、ちょっと調べてみる……」
スマホでポチポチっと。
えっと、ウィルスなんだね、これ。でも――
「根絶したって、なってるけど?」
「ソノ、トオリ」
僕はベッドに転がる源次郎に目を向けた。
ちょっぴりベッドをへこませて、ポツンとそこにあるだけなんだけど、なんかドヤ顔してる気がして、なんかムカつく。
「コノ、ジダイ、デハ、ワクチン、ハ、セカイ、デモ、スウカコク、シカ、セイサン、デキズ、ソシテ、ツギツギ、アラワレル、ベツノ、ビョウゲンタイ、ノ、タイオウ、ヲ、ユウセン、スルウチ、ニ、セイホウ、モ、ウシナワレテ、イタ」
「……えっと、良くわからないんだけど?」
「オツム、ガ、ヨワイ、ナ」
「大きなお世話!」
なんで僕が馬鹿にされなきゃいけないんだよ!
「ツマリ、ミライ、デハ、ソンザイ、スラ、ニンシキ、サレテ、イナイ、ソシテ、クスリモ、ナイ、ナニカニ、マスター、ハ、カンセン、シテイル」
「ちょ、ちょっと待って! そんなに大事なの!?」
「ネテレバ、ナオル。ツマリ、カゼ、ダ」
「最初っから風邪っていってよ!!」
だーーー!
バカにしまくってるよね、僕のこと!
でも、風邪だったら薬なんだろうけど、なんでダメなんだろう?
「ねぇ源次郎」
「クスリ、ハ、ダメ、ゼッタイ」
「……それってやばい方と間違ういい方だよ」
「ヤバイ、カラ、ダ」
源次郎の眼らしき光が明滅する。警告のつもりなんだろうか。
「ミライ、デハ、ニンチ、サレテ、イナイ、セイブン、ガ、アル。ソレヲ、マスター、ニ、セッシュ、サセル、ワケ、ニハ、イカナイ」
「そんなに危険なものが入ってるとは思えないけど。だって僕が飲んだって平気だよ?」
「トウヤ、ガ、コノ、ジダイ、ノ、ジンスユ、ダカラ、ダ」
「未来の人間の夏美さんには危険ってことなの?」
「ソウデハ、ナク、ハンダン、ガ、ツカナイ、カラダ。マスター、ノ、ミ、ヲ、キケン、ニ、サラス、カノウ、セイ、ハ、カギリ、ナク、ナクサネ、バ、ナラナイ」
源次郎の、緑の球体の周りに、プラズマに見える小さな稲妻が走った。




