【20】
僕はいま、電車に揺られてる。
朝焼けが綺麗な秋空が、どこまでも広がっているのが見える。窓からだけど。
夏美さんが突然海に行きたいと言い出したので、お出かけしている最中だ。
でもね、今日は11月の3連休の初日なんだ。もうね、海に入るとかの気温じゃないの。
いま見てるのは朝日で、しかも日の出なわけで。
僕が住んでいる県は海がない。だから遠出しないといけないから始発だよ。
まぁ、空いてるから人目を気にしなくって済むのは助かってるけど。
「わぁ! 太陽が黄色くて綺麗!」
夏美さんが目を輝かせて大きな声を上げた。
僕が座っているのは、所謂ボックス席だ。二人掛けの席が対面になってるやつね。
夏美さんはその窓際をひとりで独占してる。
海に行くということで着物は勘弁してもらった夏美さんの今日の装いは、臙脂色のスカートに灰色のニットだ。どうやら通販で調達したらしい。
サイズを間違ったのかちょっとダボついた感じだけど、凶悪な胸が隠される感じで僕の精神安定には寄与してくれてる。
思春期真っ盛りの僕は、どうしてもある一点に視線が行きがちだ。
剣が峰がなだらかな砂丘になれば、だいぶ落ち着ける。情けないけど、僕はジェントルマンにはなれそうもない。
僕は凡人らしくジーンズに茶色のパーカー。地味が似合う男「忍足冬弥戸」とは僕のことさ。
「タイキ、ノ、セイブン、ガ、スコシ、チガウ、カラ、デス」
「どう違うの?」
「コノ、ジダイ、ハ、サンソガ、ホウフ、ナノデ、タイキガ、ウスク、アカミ、ガ、ヨワイ、ノ、デス」
「へぇ、いつも見てる朝日はもっと真っ赤っかだもんね」
夏美さんが抱えてる緑色の物体と会話をしてる。心配だからと源次郎も来た。というか、連れてきた。
何かあったら僕だけじゃ対処できないって。
でも、公共の空間で源次郎をしゃべらせないでって念を押したことは忘れてるみたいだ。
「あのさ、源次郎はちょっと静かにしてほしいんだ」
「ム。ソウ、カ」
犬型のロボットとかお掃除ロボとかもあるけどさ、緑の球体がしゃべる、なんてロボットはないんだよ。
おかしい人と思われたくないでしょ?
「でも、こっちは酸素が豊富って言ってたけど、なんで?」
源次郎が言ってたことが気になって、思わず夏美さんに聞いた。地球温暖化とか、関係あるのかな?
「んー、それは源次郎に聞いて?」
朝日を浴びて爽やかな笑みの夏美さんにスルーされた。
「キキ、タイカ」
だからしゃべるなって。
でも聞きたいかも。
僕は顔をあげ、あたりを見回した。うん、僕ら以外にはいない。
「少しだけなら」
「ナマイキナ」
「なんで拗ねるんだよ!」
まったく。なんでAIが拗ねるのさ。
夏美さんの言うことしか聞かないAIなのか?
僕だって人間なんだからすこーしくらいいうことを聞いてくれても罰は当たらないよ!
「そう言わないで、冬弥君に教えてあげてよ。私も聞きたいし」
夏美さんが苦笑いでフォローしてくれた。
「シカタ、アリマセン、ネ」
「うん、ありがとう!」
にっこり笑顔で返す夏美さん。さすが、源次郎の扱いに慣れてる。
「デハ、セツメイ、シヨウ――」
源次郎が言うには、未来では大気の総量に変化があるんだって。大気中の二酸化炭素が増えてるんだとか。
人間は、化石燃料から脱することはできなかったみたいで、未来でもガンガン使ってるみたい。
自然エネルギーって騒いでるけど、ダメだったみたいだ。
原油は大昔の二酸化炭素でできてるわけで、それを使い続けたら、まぁ、増えちゃうよね。いままで土の下にあったものがばーっと空気中に追加されちゃうんだもの。
詳細なデータは失われちゃったみたいで、推測の域を出ないんだとか。
眉唾物だけど、ともかく、いま見ている日の出は未来よりもちょっと黄色いみたい。
「科学と社会と歴史がごっちゃな授業みたいで、疲れた」
正直に言おう。僕は、理系は苦手だ。化学記号を覚えるなんて、苦行でしかなかった。
化学記号なんて知らなくたって生きていけるんだ。いいじゃないか知らなくたって!
「ずっと前に教えてもらったかもしれない」
突然、「あ」という顔の夏美さんがパンと手を叩いた。テヘペロじゃないけど、小さく舌を出して小悪魔感を漏れ出させてる。
「マスター、ハ、ワスレ、ヤスイ、デス、カラ、ネ」
「えへへー」
照れ隠しに笑う夏美さん。
最後の人類にそんなことを教えて意味があるのだろうか、という言葉は、呑みこんでお腹にしまい込んだ。
今日は海を見に来たんだ。夏美さんは楽しみにしてるんだし、野暮なことは言っちゃだめだ。
未来では見ることがかなわない現代の海を、思う存分楽しんでもらう。それが今日のすべてだ。
僕は案内役というかつきそいで、夏美さんを楽しませつもりだ。
「お腹すいたねー」
「さっきサンドイッチ4っつも食べたましたよね」
「だって美味しかったんだもん! もぎゅって噛むとシャキッと音がしてちょっと苦いのが拡がるんだけどその後に濃厚な甘みで上書きされるの!」
「あー、チーズレタスサンドですね」
「黄色いのが挟んであるのは、ちょっと酸味が来てから、ホロホロと崩れるこってりな何かに襲われて、むにゅっと歯ごたえも加わって」
「たまごサンドですねー」
「もう離れられない美味しさなの!」
「もうありませんよー」
目をキラキラさせておかわりを求める夏美さんの視線を感じつつも、僕は窓に見える房総半島の山を眺めた。
美味しいと喜んでくれるのは嬉しいけど、これ以上食べさせたらお腹痛くして海どころじゃなくなっちゃう。




