【2】
突然のカミングアウトに僕のいたいけな脳みそが火を噴きそうだ。
「地球は戦争の影響で寒冷地化してた。どこに行っても荒れ地ばかり」
夏美さんは僕などお構いなしにカミングアウトを続ける。このやばさは痴女どころの話じゃない。超えちゃいけない一線を超してる。
「で、私に従ってくれるロボット君たちの助けを借りて、数年かけて地球をくまなく探査した。生命体はいたけど人類の姿を見つけることはできなかった」
夏美さんは、そこで顔を伏せてしまった。つむじが見える頭には天使のキューティクルが。お手入れはばっちりのようだ。
「ソコマデ、ハ、ヨイカ?」
「おお! いたのか」
「ムシスル、ダメ」
源次郎が奇妙な歩き方で僕に寄ってくる。ちょっと逃げ出したい気分だ。
「マワリ、コムゾ」
「だから先読みしないで!」
僕は逃げることをあきらめた。
「マスター、ハ、カンガ、エタ。ジブンガ、ジンルイ、ノ、サイゴ、ノ ヒトリデ、アルト」
「えぇ、5年は悩んだわね」
えっと、ということは夏美さんの年齢は――睨まないで夏美さん、怖いから。
「そうして、悟ったの。私は人類最後のひとりなんだから、なにしたっていいんだって」
「すっごいポジティブシンキングですね」
「やけっぱちなだけよ」
夏美さんが、陰のある笑みを見せた。
「私ひとりじゃ人類の再興はできない。あたしは子を産めるけど、その元となる精子はないの」
「すみません、話が見えません」
「これからが大事な場面だから、ちょっと静かにしてて」
夏美さんの目が妖しく光った。僕は口を噤んだ。口答えしたら棺桶入りになりそうな気がしたから。
「で、源次郎はじめ、残されていたAIとロボットの能力をフル動員して、タイムマシンを創りあげたの」
夏美さんが、部屋に鎮座してる巨大卵に視線を移した。
いろいろ突破しすぎてて僕は理解できない。可否はともかくとして、夏美さんが信じきってしまっているというのだけははっきりした。
僕的にはここらでお暇したいのだけれど、目の前に源次郎が立ちはだかってそうさせてもらえそうにない。
「ソシテ、トウヤ。アナタ、ガ、イデンシ、テキニ、マスタート、アイショウ、ガ、サイコウ、ナノ、デス」
「タイムマシンは創れたけど、向かう年代は指定できなかった。この年代に来たのはただの偶然。でも私にはこの偶然に頼るしかないの」
夏美さんの顔が引き締まった。泣きぼくろの目が、キッと上向く。
「世界中を調べて、私の遺伝子と最も相性が良かったのが冬弥君なの」
「……で、僕の精子が欲しいと?」
僕はちらっと卵型タイムマシンを見た。アレに乗せられて連れ去られるわけじゃないんだ。って、僕まで与太話みたいのを信じてどうするんだ。
「あれは、ひとり乗りなの」
僕の疑問に、夏美さんが答えた。
「ツマリ、マスター、シカ、カエレ、ナイ」
源次郎が答えた。合成音声なのに少し悲しそうだ。
「ひとりしかいない世界に、戻るつもり?」
「そうよ。やることに意味はないかもしれないけど、唯一残された人類として、やってみたいの」
無駄だったからって誰に迷惑かけるわけじゃないもの。彼女は小さな声で、呻くように言った。
「セイシ、ヲ、モラエ、レバ、マスタート、イッショ、ニ、ミライヘ、モドル」
源次郎の声は、合成音声の癖に悲壮感に満ちて聞こえた。
「だから、冬弥君の精子が欲しいの」
潤んだ目の夏美さんは、綺麗だった。僕の心を揺さぶるくらい。
ついでに僕の身体もすごく揺れてる。
「て、地震! 大きい!」
ゆさゆさ、ではなく、ゴゴゴゴと地獄の底から閻魔大王が登場しそうなBGMで、部屋が激しく揺れる。
ベッドに座っていた僕に、着物姿の夏美さんが倒れてきた。避けることもできない僕はボディアタックを受け、あえなく押し倒された。
その拍子に持っていた湯呑が宙を舞い、卵型タイムマシンに吸い込まれていく。
「あ」「ア」
僕と源次郎の声が重なる。
卵型タイムマシンに湯呑が当たり、砕けた。そして中に入っていた液体がかかると、ジュワワっと不気味な音を立てソレを溶かし始めた。
「アワワワ」
「ちょ、夏美さん!」
「え、なに?」
卵型タイムマシンがガガガピーと嫌な音をたてはじめた。そしてボフンと煙を出しておとなしくなった。
同時に揺れも収まり、夏美さんの豊かすぎる胸に顔を押しつぶされそうな僕はもがいた。もがいた拍子に、揉んだ。マシュマロ級だ。
「アアア、タイム、マシンガ、コワレ、マシタ」
源次郎の、悲鳴のような声が聞こえた。