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【16】

「ちょ、夏美さんなにしたの!?」


「ちょっと黙ってもらっただけよ」


 うふっと言いたげな良い笑顔で言ってのけられると二の句が継げない。


「彼女抜きで話がしたくって」


「だからって気を失わせることは!」


「あら、そんな手荒なまねはしないわよ。だって、貴重なサンプルだもの!」


 夏美さんはそう言うと転がる源次郎を両手で掴み、そっとテーブルの上に乗せた。源次郎の手が伸び、二宮さんの頭に触れた。

 何をするつもりなのか予想もつかない僕は、抗議すべきタイミングを逃してしまっていた。

 なさけない。


「冬弥君って、彼女に好意を抱いてる?」


「ッッ!」


 何でもないというふうに言ってのける夏美さん。僕の心臓はきっかり1秒止まった。


「そそそそれはッ」


「シンパク、スウ、キュウ、ジョウ、ショウ。クロ、デス」


「やっぱり! 」


 ぽむっと手を合わせた夏美さんは嬉しそうに微笑む。

 あれ、同棲するから仮でも夫婦とか、言ってたよね。それが、僕が二宮さんに想いを寄せてる状況でも上機嫌だ。

 普通は修羅場とか、僕には縁がなさそうなサツバツとした場面だと思うんだけど、夏美さんにとっては違うみたいだ。


「オモイアウ、トイウ、カンジョウ、ヲ、カンサツ、スル、マタトナイ、コウキ、デス、マスター」


「うん、そうね! 私の子どもたちに教えるにも、きっと役に立つわね」


 うんうんと何回も頷く夏美さんは、口をまっすぐに結び、何かを決意しているようにも見えた。僕の観察だからあてにはならないけど。


「子供たちに教えるって、何をですか?」


「それはね、将来私たちの子供たち同士が好きあったりするわけでしょ? そうなった時に母親として、ただひとり残された大人として、教えなきゃいけないでしょ?」


 にっと口もとを緩ませる夏美さん。

 えっと、近親婚は遺伝子的にアウトだったはず。源次郎が教えてないはずはないよなーと、テーブルの上の緑の球体に目を向ける。


「エェ、キット、ヤクニ、タツ、ハズ、デス!」


「そうよねそうよね!」


「マスターハ、マタ、カシコク、ナリ、マシタ」


「ふふ、知らなかったことを知るのは、楽しいもの。頑張っちゃうわよ!」


 ふたりのやり取りを見た僕は、確信した。源次郎は教えてないんだ。

 多分、夏美さんが悲しむことはしない方針だからだ。

 夏美さんをサポートする源次郎たちの望みは、彼女の幸せ。彼女が悲しむことはしないんだろう。


 鳥籠の中のカナリア。

 そんな言葉が思い浮かんだ。


 夏美さんのために、源次郎たちが選んだ未来を、僕は馬鹿にすることはできない。

 彼はわかっていた。夏美さんの思惑を推し進めた先を。


 だから源次郎は嘘をついている。きっと、夏美さんが死ぬまで嘘をつき続けるつもりだろう。

 人間なら「墓まで持っていく」って言うだろうな。


 そう思うと、目の前の楽しげな景色が、まったく違ったものに見えてくる。

 僕も、ここは源次郎の嘘につきあうべきだろうか。

 嘘をついて、夏美さんを悲しませないようにすべきだろうか。


 源次郎の言葉が僕の脳裏に甦る。

 この世界で、人間として、一緒に遊んでほしい。


 それは、避けられない破滅に進むしかない夏美さんへの、源次郎たちなりの、手向けなんだろうか。

 せめて楽しい思い出を。

 無機質な源次郎の緑の目が、そう言っているように、思えた。


 目の奥が熱い。


 まったくの茶番だ。コメディだ。三文芝居だ。

 人類最後の女性を、AIだちの掌で転がす、喜劇だ。


 夏美さんが源次郎を疑うことはないだろう。タイムマシンであり、育ての親であり、信頼できる、本当に数少ない存在なんだから。

 未来の人類は、どういった理由で、この思考をするようなAIをつくったのだろう。

 こんなにも、人間臭いAIを。


「ね、冬弥君もそう思うでしょ?」


 矛先を向けてきた夏美さんに、僕は腕で目元をぬぐい、そうだねって、答えた。





 しばらくしてテーブルから起き上がった二宮さんを、僕は送る事にした。

 夕陽が地平の下にもぐりかけてる逢魔が刻。彼女は黙って僕と歩いている。

 まぁ、急にテーブルに突っ伏すことになるとか、話の通じない人間と相対したとか、普段じゃありえない出来事だったから仕方なしだ。


「今日あったことだけど……」


「あの()の言ってたことは、本当なの?」


 僕の言葉を引き継ぐように、二宮さんが呟いた。夕陽をバックに少し俯いて、アスファルトに伸びる影を見つめて。


「夏美さんのこと?」


「違う。あの、緑色のロボット」


 二宮さんが顔をあげた。影になって見えないけど、困惑か、それに近い表情が浮かんでいるだろうことは察せられる。


「源次郎のこと?」


 二宮さんが黙って頷いた。

 夏美さんではなく、あのヘンテコ人間臭いAIが気になってる様子。それって恋なのかしら?

 なんてことはなく。

 多分、見たこともないロボットだからだと思う。 


「あの源次郎ってロボットが、ゴメンって謝ってきたの。耳から聞こえなかったから、多分あれは声にしてなくって、振動で伝えてきたんだと思う」


「え、ちょと待って! 二宮さん、寝てたんじゃないの?」


「意識はあったけど、身体が動かなかっただけ。だから声も出せなかった」


 二宮さんが、一歩近づいてきた。


「会話は聞いてたけど、あの人は、なんなの?」

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