【15】
「あれ、その人間は?」
「あなたが夏美叔母さんですか?」
夏美さんと二宮さんの声がダブルインパクトだ。
あからさまに言い方がおかしい夏美さんにいきなり喧嘩腰な二宮さん。
僕はどうしたらいいのでしょうか?
二股がばれたイケメンならどう切り抜けるのだろう?
そんな羨ましくもなくもない経験のない僕には対処方法が思いつかない。
「あ、それが〝彼女〟って存在?」
「あたしは〝それ〟じゃないし、でも彼女って言われるのは否定しないし」
「わぁ、〝恋人〟って存在、初めて見た!」
胸元に源次郎を抱いたままの夏美さんは、初めてカブト虫を捕まえた時の僕の様に顔を輝かせている。
訝しんで渋面な二宮さんとは、真逆だ。
「ちょっと、変わった人ね」
「色々、常識が欠如してるんだ」
僕に耳打ちする二宮さんに、ぼやかして答える。
嘘ではない。
でも、二宮さんの頭には、夏美さんイコールおかしな人、という印象が、拭いようがないくらい鮮明に刷り込まれてしまった。
初対面での衝撃は、なかなか覆らないんだ。
まぁ夏美さんが僕の精子を持って帰ればもう会うこともないし、そういえばおかしな人だったね、という思い出に変わっていくから問題ないか。
「そんな人に冬弥君を任せられないわね!」
ふんすと鼻息を荒くした二宮さんが、おかしな方にエンジンをふかしてしまった。
「私は冬弥君の精子を貰いにこの時代に来た夏美と申します。〝恋人〟を観察する絶好のチャンスだから、ちょっと研究していいかしら?」
「精子? 研究?」
嬉しそうな笑顔の夏美さんに、勢い込んだ二宮さんの肩がずり落ちた。
テーブルには卓上灯イン僕の部屋。
向かいに座るのは怖い顔の二宮さん。僕の横には嬉しそうな顔の夏美さん。
源次郎は夏美さんの部屋に逃亡した。
絶賛、僕に対する尋問中だ。
「ぶっちゃけ、清くもない、かといって爛れてもない。でもこれはどうなの?」
二宮さんは、僕と夏美さんの部屋を繋ぐドアを見て、凍えそうな声を発した。かき氷のシロップがあればさぞかし美味しいだろうね。
「冬弥君と同棲するんだから、これが普通なんじゃないの? 昔の資料を漁ったら、そんな記述があったもの」
「冬弥被告。もう一度確認するけど、夏美さんとは何にもないのよね? ただ精子を強請られてるってだけで、肉体関係はないのよね? 婚約とかもないのよね?」
「遺伝子上は夫婦になるから同棲するのは当然でしょう?」
「夏美さんは黙ってていただけますかね?」
般若のオーラを纏った鬼子母神が地獄の底から湧き上がる声を出す。怖い。
女の子、怖い。
「説明した通り、夏美さんは人類が滅亡寸前の世界から来た最後の人間で、たまたま相性がいい僕の遺伝子を貰いたいだけなんだ」
「そうよ、形式上だけの夫婦よ」
「だからあなたは静かにしていて」
「二宮さん、そんなに怖い顔しないで。可愛い顔を思い出して!」
小麦色が弾ける笑顔はどこにかくれんぼしたんだろうか。出てきてほしい。
「どうせあたしの顔はそこの美人さんよりもぶちゃいくですよーだ」
「だからそんな高度な心理戦はやめて!」
「否定してくれないのね!」
「やーめーてー!!」
これ以上僕のライフを削らないで!
本当に死んじゃうから!
「おお、これが痴話げんかなのね。えっと、源次郎メモできるものなーい?」
必死に二宮さんを宥めてるのに夏美さんはぶち壊してくれる。スゴイケンキュウネッシンデスネ。
「大人の余裕ってやつですか? 美人さんは違いますね」
「21歳だから、年齢上は成人してるわね」
「歯牙にもかけないって、こーゆーことなのね」
今にも噴火しそうな二宮さんに、天然なのか人工なのかわからない夏美さん。
成立しているようでまったく成立していない会話をするふたり。
ハラハラを通り過ぎてバラバラになりそうな僕のハートを慰めてくれる天使はどこにいるんでしょうか、神様。
「お、落ち着こう、ね、争いは何も生まないよ?」
「あら、争いは憎しみと平和を生むって、過去の歴史データから導き出されてるわよ?」
「平和もですか?」
「争いの果てに統一された国家は長い平和を享受してるしね。あと過度の緊張がお互いのストッパーになるのよ。人間て、結局は心理に縛られるから」
「それが、未来の見解なんですか?」
「データから導き出された答えにすぎないわね。もっとも、その答えを判断する人も必要もないのだけれど」
少しさみしそうな夏美さん。その顔を見ると、僕の胸が痛むんですけど。
「なによ、あたしを放置して見つめ合っちゃって!」
あぁ、争いの種はまだまだ元気だ。
勘違いの連鎖が解きようもなくこんがらがっちゃって憎しみに変わっていく過程を見ているようだ。
でも、これは解決しなくちゃいけない。僕の高校生活はまだ始まったばかり。
二宮さんとは仲良くやっていきたい。それは、彼氏彼女の関係ではなくって、日々会話をする程度でもいいんだ。
高嶺の華に手が届くなんて、僕も自惚れてはいない。ただ味のしない毎日に、適度な甘味料が欲しいだけだ。
「よーし、痴話げんかがいかなるものなのか、良いデータが取れたわ! 良いわよ源次郎」
隣の部屋から転がってきた緑の物体から、しゅーっと嫌な音が漏れ、憤慨やるかたない二宮さんが、テーブルに突っ伏した。




