【14】
気が付けば最後の授業も終わって下校の時間がやってきた。来なくていいのに。
「では行きましょうか?」
カツカツと床を響かせそうな歩みで、二宮さんが僕の机に来る。顔が笑ってるけど笑ってない。周囲もその異様さに、視線を投げては泳がせている。
クラスのムードメーカーを怒らせたお前が責任もって宥めろ。
と言わんばかりの冷たい視線が僕に注がれる。
僕はやってない!
誓って怒らせてない!
怒る理由が僕にはわからない!
心で訴えたところで声に出なければ伝わらない。
僕のいつもだ。
「本当に来るの?」
「友人が不純異性交遊をしているは、止めるべきでは?」
教室の一部がざわめいた。噂好きそうな女子が、さっそく情報集めに勤しんでる。
「不純じゃないし、まぁ、世話になってる叔母さんは異性だけどさ、一応」
嘘だ。
夏美さんは、ものすごい純粋なんだけどちょっと口外できない動機でこの時代に来てるし。そもそも夏美さんは叔母さんじゃないし。唯一、異性というのだけがあってる。
こうなったら嘘を突き通すしかない。
事前に連絡を取って話を合わせてもらわなきゃって簡単に考えたけど、そもそも夏美さんが話を合わせられる確証なんてないし、あっさりと未来から来ました、とか話されたらおかしい人認定されちゃう。
警察とか呼ばれたらまずい。部屋にドアも作っちゃってるし、あれを見られたら大家さんから損害賠償とか請求されちゃう?
源次郎はお金は心配ない的なこと言ってたけど、それもばれたら僕は犯罪の片棒を担いだ共犯者になるんじゃ?
夏美さんは帰っちゃえばいいのかもしれないけど、僕は犯罪者として前科者で就職もままならなくって公園とかで生活しなくちゃいけない?
お先真っ暗じゃないか!
僕の人生終わった、はい終わった!
何故人生にはリセットボタンがはないのか!
後悔は後に立つから後悔なんだよ、と説教喰らいそうだからここでやめとくけど!
お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。
「なんで絶望のどん底にいるヒロインみたいな顔してるの? そんなに都合悪いの?」
思考の底なし沼から浮き上がって顔を見上げれば、しゅっと形の良い眉をゆがめた二宮さん。ものっそ何か言いたげだ。
「……ちょっとこの先の人生について考えてた」
「高校生なんてまだ始まったばかりか始まってもいないでしょ」
「二宮さんは老成してるなぁ」
「あたしが老けてるって?」
やばい、二宮さんの額にコブラ級の青筋が蠢いてる……
「あいや二宮さんは肌もつやつやだし可愛い系女子ですよ。眩しすぎて直視できないくらいですはい」
「見る価値もないってこと?」
「ちょっと待って、なにその高度な心理戦!?」
そんなのされたら頭の出来が残念な僕のライフはゼロです!
「そっか、夏美叔母さんて、美人さんらしいし、あたしじゃ箸にも引っかからないのは当然か」
腕を組む二宮さんの背後に謎のオーラが見える。しかも赤いから、たいそうお怒りのようだ。
しかもまずいことにケッコナウな音量でぶちまけてくれたおかげで周囲の声が一瞬止んだ。
「あの、情報の拡散はご遠慮願いたいんですが」
クラスのざわめきがコンサートホールからアリーナライブ会場へとボルテージが上がっていくのがよくわかる。
僕に向けられる視線がリアルに痛い。ハリセンボンに頬をすりすりされてるみたいだ。されたことないけど。
「やましいことは内緒にしたいよね~」
「や、やましくなんか、ないことはないけど」
「ならあたしがあっても問題はないよね?」
ぐぅ、これがやりたかったのか。したり顔の二宮さんに返す言葉もない。
すっかりはめられた僕はアニメの悪役よろしくグヌヌと唸るしかなかった。
夕日の赤が目に染みる。これが徹夜明けなら太陽が黄色いとでもいう場面だろう。
隣には美少女。夕日の中を手をつなぎ、制服姿で歩く男女。「いい青春だったな」と10年後くらいには回想できそうだ。
もっともそれが連行される形でなければ、だ。
目下のところ、僕は手を確保され、引きずられる格好で、いびつなカップルの形を、世間様に開陳している。
部活で鍛え上げられた二宮さんの筋力に、僕は勝てなかった。情けないが、これも帰宅部男子の宿命か。
「子供じゃないのでひとりで歩けますー」
「こんな可愛い女の子と手をつないでいる幸せな時間をかみしめているのに?」
「可愛いけど違う意味でムッチムチな女の子に引っ張られることが幸せであると判断できるだけの経験をしていないのですー」
「あら、夏美さんに経験させてもらってないの? あたしが経験させてあげてもいいけど?」
「……もう意味深すぎて純情な僕にはついていけない世界です」
からかわれっぱなしで防戦しかできない僕のライフはすでにない。むしろマイナス方面に食い込みはじめた。
ゲームなら回復アイテムがあるんだろうが現実にはない。
僕の人生はハードモードだ。
「ふんふーん」
僕の横からは鼻歌が聞こえてくる。二宮さんはご機嫌な様子。
そろそろアパートについてしまうという極限状態の僕の精神とは真逆だ。
どうしよう、どうやって切り抜ければいいんだろう。
僕の精子だけが欲しい夏美さんは、まぁ、この際いいや。そっけない態度をしてくれた方が都合がいいだろう。
自分以外いなかった同性ということで、そっちに興味が映るかもしれない。もしかしたら卵子をくれとか言いかねないな。
引きこもりの生物学者とでも言い張れば突破できるかも?
問題は、源次郎か。
あれは、現代じゃ作れないブツだ。ロボットが広く使われてるって言っても、一般家庭じゃせいぜいお掃除ロボットくらいだ。
あからさまに変形してしゃべる上に口の悪い源次郎なんか見せたら、何を言われちゃうんだろう。
うまい具合におもちゃと認識してくれればワンチャン。
そうだ、そういい張ろう。出来が悪いおもちゃなんだと。
僕にしてはナイスアイディア!
追い詰められた人間は、何でも思いつくんだ。
ちょっと気分が向上して最後の曲がり角を右に折れたとき、僕は絶望した。
「オ、ヤット、カエッテ、キタナ、トウヤ」
「おかえりなさい、冬弥君」
胸元に源次郎を抱えた夏美さんが、アパート前に立っていた。




