【13】
秋も深まって昼でも肌寒いのに今いる場所が屋上なだけになおさらだ。木枯らし一号はまだ吹かないけど、僕の寂しい懐には隙間風が入りっぱなしだ。暖まることなんてない。
僕の目の前には、ちょうどよさげなコンクリートの塊に腰かけて美味しそうにお弁当をはむはむしてる二宮さん。どうしてこうなった?
「ほふはふんは、はへはひほ?」
「食べてる時にしゃべるとなに言ってるのかわからないよ」
言ってるそばから二宮さんは卵焼きを口に入れた。綺麗な黄色のだし巻き卵だ。美味しそうだなぁ。朝は弁当つくってる時間はないからなぁ。いーなー。
むぐむぐごくん。そんな羨ましい音が聞こえた。
「冬弥君、欲しい?」
僕の心を見透かしたように、二宮さんが卵焼きを箸で持ち上げてる。ごくりと喉が鳴る。
「あとで白状してくれれば、あげるよ?」
可愛く首を傾げる二宮さん。あざとい。自分が可愛いと思ってるからできるんだろう。神さまは不公平だ。
僕だって夏美さんと関わり合いたかったわけじゃない。夏美さんは向こうから這い寄ってきたんだ。
二宮さんと仲良くなれそうなのは嬉しいけど、僕が望んでる展開じゃないのがなんとも。
「白状と言っても……」
「卵焼きはこれが最後だよ?」
「うっ」
涎を垂れそうな口にアンパンを突っ込む。1個ならまだしも2個は飽きる。
栄養の観点からも、良くない。もっと肉を! いや違う、もっと卵を!、だ。
「そんなに秘密の相手なんだー」
アンパンにかじりつく僕に、二宮さんの白い視線が刺さる。軽蔑なのか、それとも違う感情から発生したものなのか。
自惚れるほどの外見なら「もしや嫉妬?」なんて思ったかもしれないけど、僕はそこまで自信家じゃない。
悪い女に引っかからないための警告なのか。
貧乏な僕に悪い女が寄ってくるはずもなし。
彼女の意図がわからないまま僕はアンパンをかじる。甘いけど甘くない。
夏美さんのことを打ち明けても信じてもらえないだろうな。頭がおかしいと断ぜられ「お巡りさんコイツです」されちゃうかも。
それに源次郎は明らかにオーバーテクノロジーだ。見つかるとまずい。
いつぞやの映画のように未来を大幅に変えてしまう可能性すらもある。
心が痛むけど、ここは嘘をつき通すのが得策だ。
「叔母さんに秘密もないって。近くに住んでるから様子を見にきただけだって言ってたし」
「それにしては親密だったって聞いたけど?」
二宮さんはわかりやすく口を曲げた。変顔でも可愛いですね!
っと、でも人伝に聞いたってことはすっとぼけるには好条件。直接見てないんだから夏美さんの見かけから年齢を推測できないってこと。
夏美さんを仮に30歳としておけば、母さんの歳が離れた妹だとしても齟齬はないはずだ。
妙齢の女性っていう都合のいい言葉もあるしね。日本語って便利だ!
「母さんとは年が離れてていまアラサーだ。僕は、年の離れた弟感覚なんじゃないのかなー?」
「ふーん、そうなんだー」
といいつつ、二宮さんは最後の卵焼きを食べてしまった。
んー、お気に召さなかったのか。答え方間違えた?
「あぁ卵焼きが……」
もぐもぐごっくんされちゃった。たわわに実る胸よりも嚥下する喉が艶めかしいと感じる僕は高校生としてはもうだめかもしれない。
「……そんなに欲しいならお弁当作ってあげてもいいんだけど?」
小首を傾げる二宮さんは可愛い。これは真理だ。きっとお弁当は極楽にのぼっちゃうほどおいしいに違いない。
ん、弁当?
「お弁当……ああああ! 夏美さんのお昼を考えてなかった!」
忘れてた!
あの人、調理もできないし、放っておいたら何するかわからないし、ってか、冷蔵庫の中身を勝手に食べられちゃうと僕の一週間節約スケジュールが狂う!
タイムセールで買いだめした、せっかくの食材が!
「しまったぁぁぁ!」
「へぇ、夏美叔母さんは、お昼を気にする間柄なんだ……ふーん、冬弥君って、お婿さんタイプだよね」
あ。
にっこりと笑っていらっしゃるはずの女神さまの目が笑っておりません。
口だけで笑う可愛い子の顔がこれほどの迫力とは、全国の高校生でも知っているのは一握りだろう。
そんな一握りにはなりたくなかったけど、なっちゃたのは仕方がない!
ここは誤魔化すんだ、僕!
「いや、お僕としてはお嫁さんに来てほしいからお婿さんには行きたくないというか」
「で、その夏美叔母さんはお嫁に来てくれるの?」
「いや、だれも叔母さんが夏美さんだとは言ってないけど?」
「和服が似合う美人さんだけど料理が壊滅的にできなくって冬弥君がお世話してるうちに愛情がわいてそのままってのは良くある話よね?」
「ラノベとか官能小説ならありうる展開だけど、残念ながらそんないいものじゃないよ」
「夏美さんって人が叔母さんだってのは否定しないのね」
ぐっはー。メーデーメーデー。例愛経験値不足の僕には太刀打ちできない。援軍はいないのか!
いるはずないよ、僕は影の薄い生徒。彼女はおろか、異性の友達だって、話しかけてくれる二宮さんしかいないんだ。
その二宮さんに責められちゃ勝ち目はない。
ここは男らしく土下座でなかったことにしてもらうしかないのか。
「学校終わったら冬弥君の家に行こうかな」
「ごめんなさい、やめてください」
からすが笑うようにカーと鳴いた。




