【11】
望まなくても陽は昇る。夏美さんにベッドを占領され、なぜか彼女の部屋のベッドで寝ていた僕にも、等しく朝は来るのだ。
ヒンヤリとした空気と目覚ましアラームに起こされ、僕はベッドから降りた。部屋の隅にある大きな卵型のアレが夢でなかったことをごり押ししてくる。
夢だったらどれだけ平和だったろうか。
「オキタカ」
源次郎がゴロゴロ転がってきた。緑のボールが僕のやる気を押し下げてくれる。
「マスター、モ、オキ、テル」
「ごはん食べたいってこと?」
「サッシ、ガ、イイ、ナ」
そりゃ僕もお腹空いてるからね。
現在6時半。いつも通り起きて、いつも通り朝ご飯を食べて、いつも通り学校へ行く。
違うのは、多分、夏美さんが襲撃に来ないくらいかな。
代償が、とてつもなくでっかいんだけど。
「冬弥君おはよう!」
勝手に備え付けられたドアから夏美さんが笑顔を覗かせる。今朝は何を食べさせてくれるの?って感じで瞳がキラキラ輝いてる。
ご期待に添えるような食事は作れませんが?
「おはようございます」
それでも挨拶はする。
夏美さんは、大きな子供だ。もちろん知識的には僕なんか足元にも及ばないだろう。なにせ未来で源次郎たちに教え込まれたんだから。
ただ、そこには親も居なければ友達も、赤の他人さえもいなかった。つまり、集団生活を経験していないがために協調性と常識がすっぽり抜け落ちてるんだ。
夏美さんが挨拶するのは、源次郎たちに教え込まれたから、ってのもあると思うけど、僕という人間が相手だからだと思うんだ。
源次郎とは違う、同じ対応をしてこない、自分外の人間。
しかも、遺伝子的相性が抜群で、子孫を残す相手。
それが僕だから。
なにも教えようなんて偉そうなことは考えてない。そもそも僕は高校生。未だ教えられる方の身分だ。
僕という人間を通して、夏美さんに見せられる〝何か〟があればな、と。
「今から作りますから」
「うん!」
尻尾を全力で振るワンコみたいな笑顔で返してくる。
裏表がないのは、彼女に悪意を向ける存在がいなかったからだろうな。
僕にとっては、眩しい太陽だ。
そそくさと自分の部屋に戻ってキッチンに向かう。冷蔵庫は、買い出ししたからにぎやかなはずだ。
「たまご、ベーコン、レタスの余り」
目玉焼きに炒めたベーコンとレタスで良いかな。
フライパンにオリーブオイルをひろげてベーコンを炒める。これが美味しさのコツさ。
後に作る目玉焼きに肉汁がいい調味料として加わるんだ。醤油なんてかける必要がないくらいの塩加減なんだよね。
ジュァァッ
跳ねる油に気を付けながらベーコンをひっくり返す。肉が焦げる良い匂いがボディーブローみたいに蓄積されてお腹減り具合がマックスになる。
皿に盛りつける。置くだけなんだけど。
「良い匂い!」
夏美さんの方にも届いたらしい。ついでにお腹が鳴る音も聞こえた。
「もうちょっと待っててください」
「待ってるよ!」
子犬みたいにワフワフな返事。ペットじゃなけど、ペットみたいだ。
たまごをキッチン台のヘリでガッツンと割り、フライパンへゴーだ。
ジュワっと熱で炙られ、パキュパキュと油と混ざろうとする白身。フツフツと音が擦れべ、水を少し入れて蓋をする。僕は半熟よりもちょい硬いくらいが好きなのさ。
ジュオオオと蓋の向こうで水が激しく踊ってる。蒸らすために弱火にする。
「っと、パンを焼かないと」
冷凍してあった6枚切りの食パンをトースターに入れる。食べ盛りな僕は2枚食べるけど、夏美さんはどうだろうか?
チラっとそっちを見たら、期待に満ちた彼女の顔が。
はい、あなたも2枚食べそうですね。
ちゃちゃっと皿を用意してって、ひとり暮らしだから皿も少ないんだ。夏美さん用に買わないとダメかな?
「ケイヒ、ヲ、ケチ、ルナ」
「うぉぉぉ! 源次郎、驚かさないで!」
いつの間にか足元に緑色のボールが!
心臓に悪いから本気でやめて!
「マスター、ニ、ヒツヨウ、ナ、モノ、ハ、カッテ、クレ」
「妖しいお金で買えと?」
「カネ、ハ、テンカ、ノ、マワリ、モノ、ト、イウデハ、ナイ、カ」
「どっかの悪徳商人みたいなこと言うなぁ」
「カッカッカッカッ」
源次郎改め越後屋とでも呼んでやろうか?
そんなバカなやり取りをしていればトースターがチーンと鳴る。
いそいそと取り出してバターをたっぷり塗り込める。たっぷりってのがミソだ。
熱されてバターは消えるように溶けていく。もちろんパンい染み込んでいくんだ。
甘さの後にちょっぴりの塩味。パンにバターだけでも涎もの美味しさだ。
ジュウジュウといい具合に蒸された目玉焼きをベーコンの上に乗せて朝食のできあがりッ!
「さーできたぞー、運んでー」
「はーい!」
パタパタと小走りな夏美さんに皿を渡せばこぼれそうな笑顔がはじける。こんな食事でとびっきりの笑顔が出るんなら、美味しいレストランに連れて行ったらどんな顔をするんだろうか?
試したくもあるけど、それは後回しだ。僕は食べたら学校に行かなきゃだ。
「いだたきます」
僕と夏美さんの声がぴったり重なった。




