【10】
「源次郎、それ、夏美さんには話してないのかな?」
僕が訊ねると、源次郎の緑の目が明滅する。
「マスター、ヲ、ダイジニ、ダイジニ、ソダテテ、モ、ジンルイハ、ヨミガエ、ラナイ。キケンヲ、オカサ、ネバ、ナラヌ、トキモ、アル」
「やる前から諦めムードなの? それじゃ夏美さんがガッカリするんじゃないの?」
「ワレワレ、ガ、ノゾム、ノハ、マスター、ノ、シア、ワセ。ジンルイ、ガ、ドウ、ナロウ、ト、カンケイ、ナイ」
そう言い切る源次郎の目の光に変化はない。AIといっても、人間に等しい感情があるわけでは、ないのかも。
「ワレワレ、ニ、トッテ、サイ、ユウセン、ハ、マスター、ノ、ノゾミ、ヲ、カナエル、コト」
「……ふーん」
「タトエ、ソレガ、ムダ、デ、アロウ、ト、ワレワレ、ハ、シタガウ、ノ、ミ」
「ダメだって分かってるんだ」
まぁ、コンピュータだしね。未来予測とかは簡単だろうし。
でも、無駄だとわかってここにいるのは、どうなんだろう。いくら夏美さんの望みだから無駄でもやるって言っても、彼女にとっては一大決心なわけだし。
「ムダ、ト、ワカッテ、ココ、ニ、イル、リユウ、ガ、アル」
源次郎の丸い身体から足が生えた。キシキシと窓際に歩いていく。
にゅっと腕を生やしてカーテンを開けた。窓越しに外を見てる。トラックが暴走してる音が良く聞こえた。
「ココ、ニハ、イキテ、イル、ジンルイ、ガ、イル」
「まぁ、僕も人類だし」
ジェット機が飛んでる音も、歩いてる人の声も聞こえる。
この世界は人間であふれかえってる。
「ソコデ、トウヤ、ニ、オネガイ、ガ、アル」
「嫌な予感しかしないけど、まぁ、話は聞くよ」
夏美さんが本当に未来から来たのかは別として、あのまま放っておいてもろくなことにならない気がするんだよね。
だいたい、毎日僕に突撃してくるんだから、無視したら今後も襲撃してくるだろうし。
「デアレバ」
源次郎が僕を見上げる。
「マスター、ニ、ニンゲン、ト、シテノ、セイカツ、ヲ、アゲテ、ヤッテ、ホシイ」
「人間としての生活?」
「ソウダ。アレチ、バカリ、ノ、ミライ、デ、ナセナイ、コト、ガ、イマ、コノ、ジダイ、デハ、カノウ、ダ」
「向こうがどんな世界なのかは知らないけどさ。ここだって空気は汚れてるし水はまずいし。いい場所ではないよ?」
南国の島なら海で泳いで魚と戯れて、なんてできるし、北に行けば雪で遊べるし。
僕じゃなくって、もっと頼れる大人に言えばいいのに。
高校生でしかない僕にはお金はない。仮に遊びに行くってとしても、近場の公園とか映画館とかショッピングモールくらいなもんだ。
楽しめるとは思えないんだけどな。
「ミライ、デハ、ボウゴ、フク、ナシ、ニ、ハ、ソト、ニ、ハ、デラレ、ナイ」
「なにそれ」
「センソウデ、コウハイ、シタ、ダイチ、ニ、ジョウカ、スル、チカラ、ハ、ナク、タイキ、モ、タイヨウ、コウ、カラ、セイブツ、ヲ、マモッテ、ハ、クレナイ」
「なんかSFの漫画みたいな世界だね」
僕が言うと、源次郎は寝ている夏美さんに体を向けた。
「フィクション、デ、アッタ、ノ、ナラ、ドレホド、ヨカッタ、コト、カ」
源次郎の丸い背中が、なんとなく寂しそうだ。ロボットなのに哀愁を纏ってるみたいでおっさん臭いけど、それくらい夏美さんのことを思ってるともいえそうだった。
「セイブツ、ノ、スガタ、ヲ、モトメ、テ、コウハイ、シタ、チキュウ、ヲ、サマ、ヨイ、ゼツボウ、ノ、ウチ、ニ、キカン、スル。マスターハ、ワレワレ、ノ、マエ、デハ、キジョウ、ニ、フルマウ、ガ、ベッド、デハ、ヨク、ナイテ、イタ。ワレワレ、ハ、カケル、コトバ、ヲ、カコニ、サガシタ、ガ、ミツカラ、ナカッタ」
僕も夏美さんを見た。穏やかな顔で寝ている。
「ショクブツ、ハ、アル。ムシ、モ、イル。ショウ、ドウブツ、ハ、イタ。ダガ、ショクリョウ、ト、ナル、ホドノ、オオキサ、ノ、セイブツ、ノ、スガタ、ハ、ナイ。アイガン、ト、ナルヨ、ウナ、カワイイ、ガイケン、ノ、ドウブツ、モ、イナイ」
ペットみたいな動物もいなかったのか。本当にひとりだったんだな。
「コノ、ジダイ、デ、ニンゲン、トシテ、タノシム、コト、ガ、デキタ、ナラ、モト、ノ、ジダイ、ニ、モドッタ、トキ、ニ、ツラク、テモ、ココロ、ノ、ササエニ、ナルノ、デハ、ト」
源次郎の機械的な音声だけが部屋に響く。僕は口を挟めず、ただ聞いているだけだ。
「スナマイ、ガ、マスター、ト、アソン、デ、ヤッテ、クレ、ナイカ」
源次郎が顔だけ回転させてこっちに向き、僕を見てくる。緑の光がどこを見ているのかなんてわからないけど、たぶん僕を見てんだって感じる。
「……遊ぶのは、いいけど、僕は独り暮らしも精一杯の貧乏だ」
「カネ、ナラ、モンダイ、ハ、ナイ」
「お金、持ってるの?」
「キンユウ、システム、ヲ、ハッキング、シテ、ツクレバ、ヨイ」
いやいやいや。それは犯罪だから!
「キンユウ、ネット、ワーク、ジョウ、デ、フシンナ、データ、ヲ、ミツケタ。ソコカラ、ウバッタ、ダケ」
「え、ちょっと待って! それ、普通の人が知っちゃいけないお金じゃないの!?」
「シッタ、コトカ」
「僕の身の安全とかも考えて! 下手したら夏美さんにも危害が及ぶかもしれないんだよ? それはまずいんじゃないの?」
「モンダイ、ナイ。トウヤ、ノ、キンユウ、コウザ、ニ、イドウ、サセタ」
「大問題だよ!!」
田舎のお父さんお母さん。僕は犯罪に加担したことになってしまうようです……




