理純智良の呪い
それは一月半ばの、ある日の夜のこと……。
「あたっ」
魅惑的な小尻に柔らかな衝撃を受けて、理純智良は小さな悲鳴を上げたのであった。
中等部桜花寮の自室で最高学年の智良は自分のベッドの下に向かって思い切り手を伸ばしていた。何かを落としたのだろうと想像はつくが、問題は落とし物ではなく彼女の姿勢であった。智良は極ミニ丈のワンピース型の寝間着姿で床に這いつくばっており、腰を浮かせワンピの裾を払いのけるかのごとくおしゃまな小尻を突き上げていたのである。真っ白なおぱんつが天井の照明を受けながら悩ましげにくねり、目撃者に羞恥心と妄想とをかき立てさせる。
もっとも、彼女のあざといラッキースケベをルームメイトの占部麻幌は長らく見てきたので、何よりもまず呆れが先立ってしまい、それが苛立ちに帰結すると同時に、手に持っていた物をわざとらしく落としたのであった。ファッションセンターのロゴの入ったビニール袋に衣類を詰めたシロモノだから、智良自体にはほとんど外傷がないはずである。
「ちょお、うらべぇ。人のおしりにいきなり何すんのさっ」
薄い褐色のツインテールを振り返らせ、智良はぼやきながら姿勢を変えた。ミニスカワンピの格好であぐらを組むことに関しては麻幌は何も言う気はなかった。智良は自分の尻ではじき飛ばした袋を胡乱げに見つめている。
「なんだようらべぇ、これ」
指差す智良に、麻幌は「うらべぇ言うなッ」と前置きしてから答えた。
「いつも丸出しなあなたに餞別よ。こころよく受け取りなさい」
祝福しているとは思えないようなぞんざいな口ぶりであるが、何にせよルームメイトからのプレゼントとは珍しい。珍しいを通り越して、逆に裏があるのではと疑いたくなるほどであったが、お堅くまっすぐな麻幌が邪悪なくわだてをするとは思えない。
好奇心にあふれながら、智良は結ばれた口をほどいて中身を取り出す。そしてそれを広げたとき、智良は変な声を上げてしまった。
「……ホットパンツ?」
まごうことなくホットパンツである。黒くて生地のよいシロモノで、ミニスカートばかりを穿いていた智良にとっては久しく見ていないものだった。ほかの中身も色違いなだけですべてホットパンツであり、合計十枚のそれが床に並べられている。
なんで? という智良の視線に麻幌は腕を組んで重々しく答えたのであった。
「占いの相談ついでにあなた宛に苦情がよく来るのよ。もう少し自重しないとスカートの中身を見せつけるのが演技とバレてしまうわよ」
「そんなこと言われてもなあ。女の子の恥じらうさまを見るのはあたしの青春で生きがいみたいなものだし」
麻幌は持ち前のキツめの顔のせいで拒絶されるのを恐れ、占いで頼りにされるとまず断れない。智良のラッキースケベに対しても占いでいろいろアドバイスをしたものだが、それでもルームメイトの奇癖は理解できない。ぱっつんの黒髪のすぐ下にある切れ長の瞳に蔑みの光を宿しながら言う。
「……そんなあなたに朗報よ。ここから先毎日これを穿けばこの先の学校生活、恥をかくことはなくなるでしょうよ。ベルトを使わなくてもいいからスカートの下にも直接穿けるわよ」
「はあ!? なんでうらべぇにそんなこと言われなきゃならないのさ?」
「私は周囲の意見を代弁しただけよ。もっとも私もそれで智良の心が動いてくれるとは思っていないけどね。でも、私も他の女子からの信頼を裏切れないから、あなたが絶対言うことを聞くような爆弾を用意してきたわ」
「へえ、おもしろそうじゃん。やれるもんならやってみなよ」
あぐらを組んだ脚をわざとらしく上下させる智良に、麻幌は咳払い一つして言ったものだ。
「私、五行会長に自分の罪を告白するわ。占いの力であなたのラッキースケベ演出に手を貸していたと、ね」
「な!」
さすがの智良も血相を変えて立ち上がった。
「あたしのこと、五行先輩に売り飛ばすつもりかよ!?」
「あなたしだいだけど、さすがの智良も会長に趣味を発揮する気はないみたいね」
現会長の五行姫奏は眉目秀麗と質実剛健の双方で名高い先輩だ。その彼女の目の前でラッキースケベな悪ふざけをしようものなら、たちまち吊し上げの公開処刑である。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
智良は可愛らしくうなった。生徒会に秘密を知られるのは論外であるが、それでも自分の青春を軽々しく投げ捨てるのには強い抵抗をおぼえるのだ。
麻幌としては、そこまで悩むことかと溜息しか出てこないが、このままではいつまで立っても終わりそうにないので、仕方なく助け船を出すことにした。
「明日休みなわけだし、とりあえず一日だけ試しに穿いてみたらどうかしら? 考えが変わらないにせよ、違う世界を味わうのも悪くはないでしょ」
「うーん……」
まあ一日だけならと、智良もしぶしぶ承諾したのであった。
◆ ◇ ◆
翌日、智良はルームメイトに押されてミニスカートではなく黒のホットパンツを穿いて寮部屋を後にした。最初は強い違和感をおぼえた智良であったが、黒いニーソックスであざとく決めた格好を姿見に映してみると案外悪くない気がして、なんだか周りの驚く反応も心地よく対応できそうである。
実際、新鮮な智良の格好を見て、すれ違う寮生がたは驚いてくれていたようだった。クラスの友人からは「ついに見せぱんでびゅーか!?」とからかわれ、洗礼を受けたと思われる大人しげな少女たちはそっと胸を撫で下ろしていた……のかもしれない。
この日は智良も麻幌も所用で寮部屋を出ていた。うらべぇこと占部麻幌は占いの相談に乗るために談話室へ、智良は新作スイーツの発売を聞きつけてコンビニ『ニアマート』へ繰り出したというしだいであった。
星花女子学園近くのニアマートは入荷がまだだったダメ店舗であったため、仕方なく智良は別の店に向かうことにした。そこに辿り着くには自然公園を横切るのが近道で、その公園は休日ということもあって散歩する人や親子連れで賑わっていた。薄れつつあるとは言え、子どもは風の子という言葉が辞書に眠るのはまだ早そうである。
元気だなあと年寄りじみた感想を抱いた智良だが、次の瞬間、その元気な風の子が弾丸のように智良目がけて突っ込んできて、大きな動作での回避を余儀なくされたのであった。スイーツを買う前でよかっただの、ぶつかりそうになったんだから謝れやだの思う間もなく、智良は鬼ごっこの幼女の代わりに別の人物と派手に衝突した。智良は無傷で立っていたが、相手のほうは、まるで突き飛ばされたかのように冷たい地面に転がってしまった。
さすがの智良も慌てふためいた。
「うわわぁっ! ちょっと、だいじょうぶだいじょうぶ!?」
ぶつかった相手が年寄りではないことは若い女性の悲鳴からわかっていたのだが、実際に見た相手の姿は二〇代にもなってないように思われた。ずいぶんと背は高いが、森ガールめいた服装も相まって威圧感はまったくなく、むしろ儚げに見えた。倒れた際に墨色の長髪が乱れ、色白の顔に乱雑にかかっていたのだが、乱れていたのは髪だけではなく……。
「ちょっと、おねえさん……」
「ひゅ……うぅ……」
「早く起きてってば! 格好が大変なことになってる!」
乱れていたのは髪だけではなかった。確かに風は強いが、おねえさんの薄手のフレアスカートは智良とぶつかったと同時に乾いた風に膨らまされ巻き上げられ、倒れたときには菱形模様のタイツに包まれた長くしなやかな脚がさらされてしまったのであった。
いや、脚だけさらされているのであれば、まだよかったのだが……。
「う、うーん……」
智良の叫びに叩き起こされたようにおねえさんは頭を上げ、そして今おかれた自分の姿に気づいた。
「ひゃっ……!」
頬を発熱させながら慌ててスカートを閉じる。乱れた長い前髪からなんともいじらしい乙女の恥じらいの表情がうかがえた。自分がラッキースケベをする際であれば、智良も素直に愉悦にひたれたのであったが、加害者という身であれば、素直に申し訳なさげに手を差し伸べるしかなかった。おねえさんの身体を起こすと、智良は改めて謝罪した。
「すいません。ぶつかっちゃって。ケガとかないですか?」
「はっ、はい……怪我は平気ですけど……あの、見ちゃいました……?」
星花の乙女だけならともかく、不特定多数に恥辱を見られたらしおれきってしまうのは無理もない。智良ははげますように言った。
「いやいや、大丈夫でしたから。それじゃ、あたしはこれで……」
「は、はい。失礼します……」
何事もなかったかのように二人は別れたが、智良は自分の被害に遭った人はこういう心境になるんだなあとしみじみと実感していたのであった。
◆ ◇ ◆
スイーツをなんとか購入して帰ってきた智良を出迎えたのは、疲れきった表情をした麻幌であった。寮部屋でヒャンタのグレープをがぶ飲みしながら愚痴めいた調子で言う。
「今日は散々だわ。占いでまれに見る厄日とあったけど、ここまでとはね。依頼を全部切って部屋に引きこもってればよかったわ……」
「何があったのさ?」
「占いの後に図書室に行こうとしたんだけど、校舎に向かう途中に生徒のスカートが突風にまくれたのを見てしまったし、階段を上がろうとしたら最上段でたむろしている少女たちのスカートも見えちゃったし、挙げ句の果てに廊下の曲がり角で走っている水垂先生とぶつかってそのまま押し倒されてしまうし……」
「なんていうか、だいぶ災難な感じだなー……」
新作スイーツを堪能しながら他人事のように言った智良だが、そんなルームメイトに占いの少女は重々しくぼやいたのである。
「あまりにも荒唐無稽だけど、もしかしてあなたのラッキースケベが封印されると周りがその災厄を被るのかしら……?」
「なんでい。人を不吉なモノみたいに言うなよなー」
「いいえ! そうに違いないわ! スカートとその中身を封印する限り、星花は呪いに見舞われ、安息の時は未来永劫失われてしまう……。もういいわ智良、私が悪かった。あなたはラッキースケベを演じ続け、生徒会にしぼられてしまう運命がお似合いだったのよ」
「角の立つ言い方だなあ。まあ何にせよ、あたしはもうホットパンツを穿かなくていいってこと? 買ってもらって、さすがに悪い気がするけど」
「構わないわ。ていうかむしろ穿かないで。呪いが蔓延するから」
急いで言うと、麻幌は缶を捨てに寮部屋を出て行った。その際、彼女はわずかながらに唇を動かしていたが、その声はささやかすぎて智良の耳に届くことはなかった。
「せっかく似合ってたのに……残念だわ……」
◆ ◇ ◆
「いやー、本日は女の子のおぱんつをいっぱい見れたし、女の子のおっぱいぎゅーしちゃったりして良き一日だなー。突風ばんざい! 休日出勤の疲れがふっとびだー!」
「しょーこ仕事の妨害しすぎ。てかその発言教師としてどうなのよ?」
今さらと言うべき発言であった。