第141話「ザリガニ釣り」
なんだか嫌な予感がします。
『千代ちゃん千代ちゃん、わたし、なんだかザワザワします』
『わ、私もゾワゾワする……どうして……だろ……うっ!』
『げっ!』
わたしと千代ちゃん、開いた口がふさがりません。
雨です雨。
薄暗い空から落ちて来る雨粒。
「止みそうもないですね」
わたし、窓に顔を寄せて外の様子を見るの。
ミコちゃん、配達のバスケットを準備しながら一緒になって外を見て、
「結構降ってるわね」
「ですね」
「配達、どうしようかしら」
「でも、老人ホームも学校も待ってますよ」
「そうなんだけど、濡れてもダメでしょ」
「ですね」
「ビニールなんかでバスケットを包んでも、濡れる時は濡れるから」
ミコちゃん考えてます。
わたし、ビニールで包む以外にはちょっと考え付きません。
って、パン工房から店長さんが出て来て、
「今日は配達いいよ」
「え、でも、みんな待ってますよ」
店長さん、わたしの言葉にカレンダーを示しながら、
「今日は綱取興業さんが来るから」
「ああ、配達人さん」
「配達ついでに車に乗せてもらうよ」
「じゃあ、配達はいいんですね」
「でもでも」
「でもでも?」
「老人ホームには行ってもらわないと」
「どうしてですか? 配達は配達人の車で一緒なんでしょ?」
「老人ホームはポンちゃん達の手伝いをあてにしてるんだよ」
「ああ、そうなんですか」
そうです、老人ホームの朝のお茶のお手伝いとかしてるんです。
「だから、配達のパンやお菓子はいいから、身体一つで行って」
「わかりました~」
「それにレッドやみどりと一緒に登校して欲しいしね」
「そういう仕事もあるんですね」
「うん、頼むよ~」
って、ミコちゃん奥に引っ込んでレッドを連れて来ました。
ミコちゃんは幼稚園カバンにお弁当入れたり、連絡ノートを入れたりしてます。
レッドはわたしのしっぽをモフモフしながら、
「ポン姉もいっしょ~」
「はいはい、一緒に行きますから、モフモフはなしですよ」
「むう、たのしいのに~」
「ほらほら、手をつなぐ、しっぽはダメ~」
「ざんねんゆえ~」
わたし、レッドの手を引いて出発です。みどりはコンちゃんと一緒ですよ。
レッド、カッパを着て出るんです。
「はやくはやく~!」
「ほらほら、離れないでください」
「ポン姉おそーい」
「レッドは雨なのに、楽しいんですか?」
「たのしー!」
って、レッド、家を出たら……なんで水貯まりをバシャバシャするんでしょうね。
でもでもすごい楽しそう。
むむ、しかし、バシャバシャされると足元濡れちゃいます。
困ったもんですね。
雨が地面で弾けて、薄らと煙がかかったみたい。
わたしはレッドに手を引かれて行くんです。
「しかしよく降りますね~」
「ですね~」
「レッド、今日は学校で遊べませんよ」
「なにゆえ?」
「雨じゃないですか~」
「えー、あそびたーい」
「今日はお絵かきでおわりなんです」
「ふふ、レッドがはくとよんでくだされ」
「レッドはお絵かきも好きだからへっちゃらですね」
「えへへ~」
「でもでも」
「なにごとですかな?」
わたし、回りを見回して、コンちゃんに目をやると、
「コンちゃん、今日の雨はなんだかいつもと違いませんか?」
「さて、そうかのう」
「だって、なんだか……」
「今日は配達の荷物がないからの」
「なるほど、いつもは配達でダッシュですもんね」
「今日はお散歩気分なのじゃ」
むむ、確かに、今日は回りを見る余裕がありますよ。
いつもはバスケット片手に小走り。
今日は歩いてのんびりですもんね。
って、そんな事を考えていたら向こうからポン吉と千代ちゃんやってきます。
「ポン吉、千代ちゃん、おはよー」
「ポンちゃんおはよう~」
「来てやったぜ」
合流したら、レッドはわたしの手を放してポン吉に取りつきました。
みどりも千代ちゃんとなにか話していますよ。
「コンちゃんコンちゃん、わたし達のお役御免ですかね?」
「そうかのう、まぁ、老人ホームまで一緒だがの」
「方向一緒ですもんね」
レッド達の後をわたしとコンちゃんが続きます。
まったく子供は雨でも元気。
時々ダッシュしたり、立ち止まって騒いだり、はしゃいで楽しそうなの。
「?」
って、レッドが急に田んぼの方を見て固まります。
レッドが田んぼを指差してピョンピョン跳ねるのに、子供達も見て固まりました。
「どうしたんでしょ?」
「ふむ、何事かの?」
わたし達も行ってみて、田んぼの方を眺めます。
うーん、いつもより水がちょっと多い……だけですよね。
「コンちゃん、わかる?」
「さあ?」
しゃがんでレッドと同じ目線にしてみます。
うーん、わかりません。
「ねぇねぇレッド、どうしたの」
「おお、ポン姉、あれあれ!」
「あれって?」
コンちゃんもわたしに倣ってしゃがみます。
二人してレッドの指さす方を見てみると……
「うん?」
「ふむ?」
わたしとコンちゃん、目をしかめるの。
レッドの指の先には田んぼの横を流れる用水路。
いつもより水かさが増えてるけど……
「レッド、わからないんだけど」
「よくみるゆえ~」
「よく見てますよ~」
「あれあれー!」
「あれって……」
って、コンちゃんが気付いたみたいで、わたしの肩を揺らしながら、
「これ、ポンよ、よく見るのじゃ」
「だから、どこを?」
「黒いのが動いておろう」
「黒いの?」
よーく見ると、なにか動いています。
「なにかな?」
「あれはザリガニだぜ!」
ポン吉がニコニコ顔で言います。
「ザリガニ?」
「ポン姉知らないのかよ~、エビだよ、ハサミ付き」
「川エビの親戚ですか?」
「まぁ、そんな感じかな」
あ、なんとなく見えてきました。
ザリガニ、たくさんいます。
本当、ハサミ付きのエビですね。
「テレビで見た事あります、イセエビ?」
「イセエビはハサミないだろー」
「ロブスター?」
「あー、ちょっと似てるかな~、でもザリガニは小さいかな~」
「でしたね~、でも、川エビよりは大きいですね」
「だな~」
わたし達、ついつい足が止まっちゃいます。
雨でにごった水面にモゾモゾ動くザリガニの影。
「なにをしているゆえ?」
レッド、わたしの服を引っ張りながら聞くの。
ザリガニの影はえさに群がってるわけではなさそうなんだけど……
「ねぇねぇポン吉、あれはなにしてるの?」
「さぁ……なんだろ?」
「えさ食べてるわけじゃないよね」
「うーん、ザリガニは何でも食べるって話だけどなぁ~」
「ポン吉にもわからないんですか?」
「ザリガニはあんまり興味ないかな~」
レッドは答えがみつからないのにわたしをゆすりだす始末。
って、千代ちゃんニコニコ顔で、
「ほら、歌であるよね」
「歌? ザリガニの?」
「ザリガニじゃないけど、メダカの学校」
「ああ、はいはい、老人ホームでよく歌ってますよ」
千代ちゃん、レッドの頭をなでがら、
「ザリガニも学校じゃないの?」
「がっこー!」
レッド、答えが見つかって嬉しそう。
「さ、早く行こう、濡れちゃうよ」
千代ちゃんが言うのに、レッド、千代ちゃんの手を握って出発です。
「ねぇねぇ、コンちゃん」
「何かの?」
「ザリガニの学校なんでしょうか?」
「まさか……のう」
って、コンちゃん行ってしまうレッド達の背中を見て目を細めながら、
「しかし、レッド、楽しそうなのじゃ」
「ですね~」
「今日、学校でたくさん遊べば、家に戻ってもすぐに寝てしまうのじゃ」
「それは助かる~、本読んで早く寝てくれると楽だもん」
午後は雨もあがってくれました。
カラッと晴れてますね。
何故かレッドが早く家に帰って来ちゃいました。
「ただいま~」
「レッド、早かったですね」
「ちよちゃもいっしょでーす」
って、レッドは千代ちゃんの手を引っ張って帰って来たんですね。
千代ちゃんちょっと困った笑み。
「ねぇねぇ、レッド、家に帰ったらまずなんですか?」
「おうちにかえってきたら……なにでしたかな?」
「手を洗って来なさい」
「はーい、てあらいいきまする~」
レッド、スキップしながら行っちゃいました。
「なんだか今日のレッドはルンルンですね……で、千代ちゃんどうしたんです?」
「え?」
「なんだかちょっと笑顔、困ってますよね」
「わかるんだ……」
千代ちゃんキョロキョロして、コンちゃんのテーブルに着きます。
コンちゃんはテーブルを枕にスヤスヤお昼寝中。
わたしも空いている席に腰を下ろすと、
「どうかしたんです?」
「うん、今朝、用水路でザリガニいたよね」
「たくさんいましたね」
「私、ザリガニの学校って言ったでしょ」
「そうそう、そんな話でしたね、でも、ザリガニの学校なんてないですよね~」
千代ちゃん、苦笑いになってます。
さっきよりもさらに苦々しい感じなんです。
「ザリガニ釣りに……って展開」
「あー!」
「もう、レッドちゃん、行く気満々」
千代ちゃん力無く笑ってます。
わたしも事情、すぐにわかりました、愛想笑いで、
「レッドに捕まっちゃったんですね」
「うん」
「でも、こーゆーのは釣りキチのポン吉の仕事では?」
「ポン吉……逃げた」
「でしょうね、なんだかこーゆー気配を察する能力ありそう」
「今度学校で懲らしめてやる」
「千代ちゃん出来ますか?」
「ポン吉なら出来そうな気がする……ポン太は無理でも」
「あー、なんだかそれ、わかりますよ」
って、レッド、奥から出てきました。ミコちゃんも一緒なの。
「ちよちゃー、いきまするー」
「はいはい、ザリガニ釣り、行こうね」
レッド、千代ちゃんの手を取って引っ張ってます。
ミコちゃん、わたしの肩をゆすりながら、
「ポンちゃんも行って来て」
「え? いいの?」
「今日は観光バスも来ないから、コンちゃんと私でお店やるから」
「うん、レッドのお守をすればいいんだよね」
「ザリガニ釣りだから、川でしょ」
「うん、朝、見つけたから、きっとあそこだよ」
「ほら、朝、雨降ってたでしょ、だから川の流れもいつもよりね」
「なるほど~、でもでも、川って畦のすぐ横、用水路だよ」
「油断したらダメなのよ」
「ま、いいや、行ってきま~す」
「千代ちゃん千代ちゃん」
「何? ポンちゃん?」
「ザリガニ釣りの経験は?」
「ちょっとだけ」
わたし、千代ちゃん、レッドで今朝の用水路に向かいます。
ふむ、経験者は千代ちゃんだけみたいですね。
わたし、千代ちゃんの手にしている釣り竿を見ながら、
「あのー、千代ちゃん……」
「何? ポンちゃん?」
「さっきからこう、えさがプラプラしてるんですが……」
「うん、それが?」
見れば……コンちゃんの酒の肴、スルメです。
でも、針なんかないの、スルメが糸に結んであるだけ。
「これで釣れるの? 針もないし、糸もバレバレ」
そうそう、ポン吉と釣りに行った時は釣り用の糸で透明っぽいの。
今日の糸はタコ糸ですよ、白くてはっきり見えます。
「ザリガニ釣りはこれでいいよ」
「針ないと逃げませんか?」
「まぁまぁ、私はレッドちゃんと一緒、ポンちゃんはこの竿で」
わたし、竿を一つもらいます。
もう一本はレッドが嬉しそうに振ってますね。
針がないから危なくないけど……
「こんなので本当に釣れるんですか?」
レッド、早速振り込みます。
わたし、レッド、千代ちゃんでじっと釣り糸の先を見てると……
あ、ザリガニ、近寄って来ました。
糸がピクピク動きますよ。
「えいっ!」
レッド、絶妙な合わせ。
でも、ザリガニは「ポチャ」って落ちちゃいました。
針がないから当然ですよね。
「ねぇ、千代ちゃん、本当に釣れるの?」
「では、お手本」
千代ちゃん、レッドの竿を借りて釣り始めるの。
すぐに糸がピクピク。
千代ちゃんはすぐに竿を上げません。
ちょっと待って……ああ、えさ、持って行かれてますよ!
糸、どんどん動いて行くの。
千代ちゃんの口元に笑み。
ゆっくりと、ゆーっくりと竿を上げます。
動いていた糸がピンと張って、引き寄せられるの。
スルメが見えて、ザリガニのハサミが見えて……
千代ちゃんがゆっくり竿を上げると、今度はザリガニ落ちません。
スルメをしっかりハサミでつかんで放さないんですよ。
ソロソロと、ゆっくり竿を立てて、ザリガニゲットです。
「わーい、ちよちゃ、すごーい」
レッド、大喜び。
でも、ザリガニをつかまえるの、おっかなびっくりみたい。
千代ちゃんが捕まえるポイントを教えていますね。
「千代ちゃん千代ちゃん」
「何、ポンちゃん?」
「ゆっくり上げればいいんですか?」
「うん、ザリガニはえさを放さないよ」
「ザリガニはバカですね~」
「食いしん坊はポンちゃんそっくり」
「千代ちゃん、ちょっと体育館裏とか来る?」
「こわーい」
レッドと一緒にわたしも竿を振ります。
ザリガニはすぐに食いついてきますよ。
レッドはまた「パッ」っとやっちゃってばらしました。
わたしは千代ちゃんを見習って「ソローリ」と上げるの。
ふふ、ザリガニ簡単にゲットです。
釣り上げられてもスルメを放さないとは、とんでもない食いしん坊ですね。
「ポン姉、すごーい」
「ふふ、釣ってないのはレッドだけですよ」
「むずかしいゆえ~」
「難しくないですよ、レッドは一度釣った事ありますよ」
「え~! ざりがにさんははじめてゆえ~」
「老人ホームで魚釣りやったでしょ~」
「!」
そうそう、老人ホームでやった釣りの遊びと一緒です。
重たい魚を釣り上げるのは、ゆっくり上げるといいんですよ。
レッド、思い出したみたいで、今度はゆっくり竿を上げます。
「上手上手、レッドもザリガニ、ゲット」
「やったー!」
ゲットしたザリガニをバケツに……これで3匹ですね。
もういいかなって思ったけど、レッド、さらに振り込みます。
わたしと千代ちゃんは見守ってるだけなんだけど……
なんだか嫌な予感がします。
『千代ちゃん千代ちゃん、わたし、なんだかザワザワします』
『わ、私もゾワゾワする……どうして……だろ……うっ!』
『げっ!』
わたしと千代ちゃん、開いた口がふさがりません。
すごい大きいザリガニがえさを掴んでいるんです。
「ね、千代ちゃん、わたし、ザリガニは初めてだけど……」
「な、何、ポンちゃん……」
「あれって『大物』だよね?」
「うん、初めて見た、あんな大きなの」
「イセエビ級?」
「う、うん、イセエビ水族館で見た事あるけど」
そうそう、遠足で見ました。
まさにイセエビ級です、いや、イセエビでも大きな方でしょう。
びびってるわたしと千代ちゃん。
でもレッドは目をランランとして、
「ちょうおおもの、まさにたいけつのずしき」
「なにが『対決の図式』ですか、レッド、釣れるわけないでしょ!」
なんていうか、タコ糸ではきっと切れちゃうと思います。
「いえいえ、つりまする~」
レッド、ゆっくりと釣り竿を上げて……でも、イセエビ級もゆずりませんよ。
糸……切れてくれればいいのに、なかなか切れません。
レッドも微妙な力加減で頑張ってます。
うーん、あそこまで大きいと、正直コワイですよええ。
糸、切れて、そしたらそこで「ジ・エンド」。
あんな大物、釣れるわけないんです。
「あ!」
ま、まさか!
レッドがもっていかれました!
宙に舞うレッド。
わたしと千代ちゃんで足をつかまえて……
一緒になって用水路にダイブ!
三人そろって泥まみれ。
「うえ……泥まみれ~」
「落ちちゃったね」
わたし、千代ちゃん、すぐにレッドを見ます。
レッドは目に涙……すぐ泣くかな?
「うう、おおもの、にがしました~」
そっちで泣きますか、そうですか。
わたしは用水路に落ちたので泣くと思ってましたよ。
「痛いっ!」
しっぽに激痛。
見ればさっきのイセエビ級がわたしのしっぽを挟んでます。
「ギャーッ!」
わたし真っ青。
千代ちゃんも戸惑ってます。
「きゃー、イセエビゲット!」
レッドは大喜び。
イセエビ級を躊躇なく捕まえるの。
って、わたしのしっぽ、はさまれたまま動かさないで! 痛いから!
「すごいすごーい、おおきいー!」
レッドは大喜びだけど、わたした超痛いの!
お願いだからブンブン動かさないでください!
痛いいたいイタイITAI~っ!
泥まみれになって怒られると思ったけど……
ミコちゃんもイセエビ級にびっくりで、おとがめなしでした。
イセエビ級はタライの中でおとなしくしてるの。
夜、レッドは疲れ切ってスヤスヤ。
わたしはしっぽがヒリヒリ。
大変な一日でした、とほほ~
「ちょっとですね~」
「ちょっと? 何?」
「なんだか物足りないかな~って」
「なにか?」
「はい、なんて言うか……」




