彼女と別れて半年が経ちました。
三年間付き合った彼女と別れて半年が経った。
あれから調子はどうですか。元気にしてますか。
そんな言葉さえ、もう僕はかけることができない。
「あなたといるのが一番落ち着くわ」と彼女は言った。
「私のことを分かってくれる人なんてあなただけよ」と彼女は言った。
半年が経った今、僕の隣には誰もいない。
畳の部屋で、一人で座る。
朝起きて仕事に行き、八時間ほど働き、寝る。
君と別れてから、僕の生活は驚くほど単調なものとなってしまった。
君がいない生活が、こんなにも色の無い世界になるなんて。
付き合っている時によく行った、あんなにキラキラと輝いてた海も、もう僕には見ることができない。
世界は信じられないくらいモノクロで、まるで埃っぽい密室に閉じ込められたかのように。
まるで狭苦しい密室に閉じ込められたかのように。
僕の世界はストンと小さくなってしまった。
「好きよ」
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「私にはあなたしかいないわ」
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「愛してる」
そんな言葉が脳裏をよぎる。
付き合っていた頃の幸せな言葉。
彼女の柔らかい声、表情、手触り、何もかも。
もう全て、過去の話。
ああ、もっと大事にしたら良かった。
失って気付くことがある、なんて有り触れた言葉。
でも心にこんな穴が空くなんて、誰も教えてくれなかった。
僕の何がいけなかったんだろう。簡単な仕事をこなしながら、いつも頭の中はそのことで一杯だ。
顔か、性格か、それとも金か。
彼女は僕の何が嫌いになったんだろう。
「別にあなたのことが嫌いになったわけではないの」と彼女は言った。
「ただ、もうこの関係を終わりにしたいだけなの」と彼女は言った。
僕は言われた時、頭が真っ白になった。
大事な話って、そんなことなの。
僕と別れたいって、そんなことを言うために家へ呼んだの。
「ちゃんと直接、言いたかったから」
そんなの、余計辛かった。
いつも僕に優しい微笑みを見せていたその顔が、いつもとは違う表情で。
喉まで出かかっている言葉を、なんとか絞り出そうとしている、そんな表情で。
「私、仕事で遠くに行かなきゃならなくなったの」
何も、聞こえなかった。
「あなたと別れるのは寂しいわ。でもね」
聞きたくなかった。
彼女が僕から離れていってしまう。重要なことはそれだけで。
「この仕事が終わったら、私ねーー」
釈明弁明、聞きたくなかった。
彼女が僕の元から離れていって、半年経った今でも。
あの時の言葉が僕の頭を支配する。
半年経ったのにこんなことをずっと考えてるなんて、どうかしているだろうか。
僕はもう、彼女と手を繋ぐことはできないのだろう。
僕はもう、彼女に笑いかけてもらうことはできないのだろう。
僕はもう、彼女に会うことすらできないのだろう。
ううん、最後は違うかもしれない。
僕はそろそろ、多分彼女に会いに行ける。
あの分厚い扉が、そろそろ開く頃だ。
カツン、カツン、と足音が聞こえる。
「十八番、時間だ」
僕の名前が呼ばれる。
「被害者に、何か想うことはないか」
これが最後になるであろう質問に、僕はいつものように答えた。
「僕は彼女を、愛しています」
さあ、今から逢いに逝くよ。
*
「私、この仕事が終わったらねーー」
あなたとずっと、一緒にいたいわ。