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そして繋がる物語(1)

「まさかこのお屋敷が、テオの別荘とは思わなかった」


「それなら今はこの湖を一人占めできて、嬉しいだろうね」


 王都のすぐ近く、私の領地にあるこの別宅には、敷地の中に湖がある。

 私が研究のついでに作ってしまった、無限に聖水を生む湖だ。聖水のせいか、魔力のせいかは未だによくわからないが、湖の周囲には花が絶えない。今、ちょうど満開の芝桜をテラスから眺めている妻は、この景色だけはあと何千年だって絶対に飽きない自信がある、と呟きながら、花がほころぶように笑った。


 王城から居を移しこの別宅に来て、もう百年近くが経っている。


 私もレイも、見た目の年齢は変化していない。

 精霊になったのだろうな、とはっきりとした変化を感じるのはその一点だけだ。通常の人間であれば、そろそろ墓に入っていておかしくないだけの時間が経っている。こうして精霊という存在になってからも、私のほうでは魔力や霊格などの変化はほとんどない。だからこうして他人とほとんど触れあわない生活を送っていると、自分が人間ではないという実感が薄い。


 王冠を妹に譲ったあとの数年は王城で暮らしていた。

 

 妹が退位し、その次の代、また次の代と時代が進むにつれ、私は周囲の目が、自分達への扱いが変わっていることに気がついた。大賢者や玉座を埋めたことのある、国を導く者に対するそれではない。いつの間にか、我々は人ではないもの、恐れ、丁重に扱うべき人にでは無い存在として扱われていた。


 もともと渡しは国王となるべく育ってきた。だから常に周囲とは心の中で一線を引くようにしてきたし、大賢者の肩書や、国王としての肩書には慣れている。

 だから、簡単に割りきることができた。

 精霊としての自覚がほとんど無い状態でも、周囲から人ではないものとして、壊れ物を扱うように接されるあの対応の中での暮らしも、すぐにそういうものとして受け入れられた。


 しかし、妻はどうだろう?


 彼女は、本人曰く普通の女の子だ。

 国政に関わる為の専門的な教育も、その立場を受け入れる覚悟もないまま、私の策略で王妃にさせられたような少女だ。

 そもそも、異世界からこの国のために引きずり込まれたようなものなのだ。どうしても、この世界そのものに彼女が慣れ親しんでいると私には思えなかった。


 私は妻を人目から隠すように、自分の領地にある研究用の別宅へ、転居を決めた。


 ここでの暮らしは非常に穏やかだ。王都と違って刺激が無いので、今度は退屈すぎないかと少し心配になったが、カピバラの姿で好きなだけ水浴びと日向ぼっこができるから幸せだ、と妻は喜んでくれた。

 私は私で、毎日好きなだけ研究に埋没できるし、ここでの暮らしには妻を一人占めできる幸せがあった。


 未だに大賢者の称号を持ったままなので、私の手を借りたいと、王城から呼び出されることがたまにある。だがそれも本当にまれなことだったから、私と妻は静かに、穏やかに、ただ幸せな毎日を送ることができていた。


 ぬるま湯のような生活だ。


「テオ、お手紙が来てるよ」


 王城からは月に一度、我々に生活費と、身の回りの品、いくらかの食品が届く。

 山のように積み上がった木箱や紙製の箱を開けて、こちらの保管庫、あちらの棚へと届いた物を移動させていく。我々には余分であったり、必要の無い品物は近場の町へ下げ渡し、孤児院や救貧院などの支援に与えることもあるし、レイがどこかへしまい込んでいるものもあるようだ。

 城に詰めて働いていたときの蓄えと、そして実は、今からでもいくらでも私には生活費など稼ぎようはあるのだが、荷物に混じって届く外界からの便りのために、貢ぎ物は受け取ることにしていた。


 今のところ、国政は安定しているようだ。ついに隣国ヨヌイールチとも国交が始まるらしい。

 そして、私の友人の一人、生き残っていた最後の一人がついに先日、亡くなったそうだ。


 仕方のないことだ。精霊になった実感は未だに薄いが、私は年を取らず、人間には老いが来る。


 葬式はもう終わってしまっただろう。後で彼の家族に手紙でも……と考えていると、私の前に暖かなお茶が差し出された。


「大丈夫だよ」


 特に心の落ち着く効果の高い、香りの良いものを選んでくれた妻に私はそう言い、自分の腕の中に抱きしめた。

 小柄な体、ふわふわしたやわらかい髪。良い匂いがして、暖かい。我慢できずにキスをしたら、わかりやすく困った顔で怒りだした。


「心配してるのにっっ!」


「だから、大丈夫だって言ってるんだよ。私にはレイがいるからね」


「……うっ」


 言葉を詰まらせ、顔を赤くした妻を見て、そして、思う。

 私は、まさか精霊としてこうやって生きるとは思っていなかったが、妻は、レイは、どうなのだろうか。こちらとあちらの世界はあまりにも違う。知人のほとんどいない世界に引きずり込まれ、私のようにゆっくりと時間をかけて世界と決別できなかった妻は、今は知人が私しかいないこの生活で寂しくはないのだろうか。


 ここ数年、王城からの呼び出しはめっきり無くなった。

 来月、王城からの届け物が届くくらいまでの時間、ここを離れたところで問題は無いだろう。


「レイは、この世界をあまり見てはいなかったね?私の研究もひと段落ついたことだし、旅でもしてみないか?」


 ××××××××


 え。旅とかめっちゃレリオとあちこち行ったから、もうどこにも行かなくてもいいんだけど。

 ていうかここに居られればアタシ、それだけで幸せなんだけど。


 でも、テオも、お友達の訃報で凹んでるのかな……?なら、付き合ってもいっか。


 行ったことない場所もあるし。テオとの旅が楽しいかは分かんないけど、テオと一緒にいるのはまぁ、悪い気分じゃない。


 そして、アタシ達は国内のあちこちを見て回った。

 何の目印の無いまま、知らない場所に空間を渡って『移動』するのはちょっと難しい。

 行きは知ってるところまで、空間を渡って行っちゃう。そこから先は馬車や馬、歩き。そんな旅をした。


 アタシは簡単に自分の領域に手を伸ばして移動できるけど、どうもテオには空間を渡るっていうの、難易度が高いっぽかった。

 だからアタシ達はちょっと工夫して、アタシとテオが一緒に転移できるよう、練習するところからの旅だったけど。


 テオとあちこちを行くようになってから改めてまた思った。アテル王国は、本当に綺麗な国だ。


 大きな街も、広い草原も、小川も、山も。

 アタシ、この国が大好きだ。

 この世界に来ることが出来て、幸せだ。

 ずーっと、ずーっと、これからも、アタシはこの国を見守っていくことになるんだ。


 なんだかすごく、うれしかった。



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