罪を被せられた男
アテル王国を攻めてきたお隣の国は『ヨヌイールチ』と言います。
国王の名前は『レジナード』。
彼は戦後処理やら何やらで、王の地位を奪われました。
ヨヌイールチは美しい国
黒い海 青い森 実りの大地
ヨヌイールチは強い国
逞しい男と賢い女
嘆きの王妃の愛が注がれた国
嘆きの王妃が愛した国
レジナードは王城がよく見える塔の窓から、風に乗って届く国民達の歌声をなんとなく聞いていた。
腹立ちまぎれに何かに当たり散らせばこの暗い気持ちも多少は晴れようが、彼が今押し込められているこの部屋には、武器どころかペンの一本、コップやクッションのような物でさえ一切存在していない。
頑丈な、魔力の行使を阻む石でできた部屋の窓には頑丈な格子がはめ込まれていて、景色を小さく区切っている。
深い緑色の、輝く葉をつけた木々の向こう、王城の白い壁はあんなに遠い距離にあるのにどうにも眩しくて、レジナードの目の奥は痛いようだった。
「アテルの盗人め」
レジナードは呪うように低く呟いた。
椅子どころか腰掛ける出っ張りすらない部屋だ。レジナードは冷たい壁に背を預け、固い岩の床に尻をつけた。
今ごろレジナードの遠縁の者が、あのまぶしく白い王城の中、祈りの間でヨヌイールチの王冠、レジナードから引き継いだ王冠をその頭に乗せているのだろう。
「アテルのせいで、俺は」
レジナードは今のアテル王、アラステアのせいで全てを失い、ここにいる。
ヨヌイールチのほとんどの国民にとって、アテル王国は盗人の国ということになっている。あの王国はもともと、ヨヌイールチの土地を切り取ったものだと伝えられているからだ。
ヨヌイールチの南側を納めていた領主が国王を騙して金と土地と人材を奪ったのだ、と。
レジナードが幼い時より聞かされている話では、こうなっている。
南を任されていた領主が国王の目を欺き勝手に己のために黒い色の城を建てた。夜陰に紛れ白い城から王妃を連れ去り、無理矢理己の妻にした。
ヨヌイールチから王妃を奪った彼は、勝手に王を名乗り、近隣諸国に対してアテル王国の成立を宣言した……と。
アテル王国は盗人の国だ、というヨヌイールチ大多数の国民が抱く認識は、この話から来ているものだ。
ただ、この話はアテル王国やその他近隣の国では少々変わった形で伝わっている。
……ヨヌイールチ国王とその妃の婚姻は政略的なもので、互いを望んだ末の婚姻ではなかった。
夫たるヨヌイールチ王からの酷い扱いから耐えきれなくなった王妃はついにある日、幼なじみである南の領主に助けを求めた。南の領主と王妃は手に手を取り合い城から抜け出し、ヨヌイールチ王とヨヌイールチ国から逃れることにした。
誰も住んでいなかった土地にたどり着いた二人は、二人を慕い着いてきてくれた者達と共に、そこで住むことにした。
近隣諸国はどうせ誰も住まない荒れた土地、魔物を減らす為にも丁度良いだろう、と二人に一帯の土地を与え建国させる事にした。それが、今のアテル王国である……と、いう話になるのだ。
どちらの話もどうせ、伝説や神話の時代、神のような者がいたり、神獣というようなものが人と語らうような時代の話だ。
だから現在、アテルを含む近隣諸国の間では、これらの話は『建国神話』という名前の作り話の一節であり、過去に何かあったことに違いはないがいずれの話も信頼には値しないだろう……という考えが主流となっている。
それでも、ヨヌイールチにとって、アテル王国が土地と王国を奪った盗人の国だという感覚は強い。ヨヌイールチ国民にとって、拐われた王妃の嘆きは終っていない。
ただ、ヨヌイールチにとっても嘆きの王妃の時代から今に至るまで、だいぶ時間が流れ過ぎている。少々は考え方を異にする者がいないわけではない。
だからせめて、アテルのほうがヨヌイールチの属国であると認めるのであれば、アテルを国として認めてやっても良いという空気がある。拐われたヨヌイールチの王妃の遺品をアテルが素直に返却し、ヨヌイールチの王族の墓で祀らせてくれれば、アテルを国として名乗ることを許してやっても良いのではないか、という意見もある。
こういった認識のもと、ヨヌイールチは度々アテル王国に攻め入ってきた。へりくだらないアテルが悪いのだから。
「ヤスミ……俺は、失敗したらしい」
うつむいたレジナードの唇から漏れたのは、ヨヌイールチの『異世界より召喚されし巫女』の名前だ。
水木 康美。
大人しい乙女だった。控えめで、それでいて野心家で、ヨヌイールチを豊かにした功労者でもある。
控えめなのに野心家である、とはなかなか両立しえないものだが、彼女は本当にそういう女性だった。
彼女は農業に対しての知識が豊かだった。
彼女の指導のもと、ヨヌイールチの食品関係の生産性は多いに増し、国民は豊かになり、食べ物が手に入らなかったせいで飢える民は減った。
アテルの巫女は文書での同時通信を叶える魔法の道具を発明したらしいが、ヤスミは音声と映像をやりとりできる魔法の道具を開発してくれた。
ちなみにアテルではその道具を国として他国にまで売る予定らしいが、ヨヌイールチではその道具を王や高官のみが扱うものとして隠している。
彼女の望むままにアテル王国を攻め、そして負けた。
ネエッロでの会議にアテルの巫女が来ていた事実をヤスミに教えたのはレジナードだ。
「他国に入れる巫女なんてあり得ない」
と悲鳴のように叫んでから、
「新参の巫女にできることが、私にできない筈がないわ」
と憎々しげに呟いた。負けてはいられぬとヤスミもネエッロまで来て、そして、ネエッロの大地を踏んだものの、苦痛を叫びつつ、レジナードの腕の中で死んだ。
部下に聞けば、船の中から既に苦しんでいたらしい。周囲は皆引き返すことを勧めたが、ヤスミはそれを認めなかったらしい。他国の巫女に劣ることを良しとしなかったのだろう。
大人しく、控えめでありつつ、そういう激しい所も持ち合わせている女性だった。
結局、アテルを害するどころか、レジナードは権力だけでなく恋人さえも失うことになってしまった。
ヤスミを保護したのは、まだ即位する前のレジナードだった。
こうして冷たい岩に体を預けるしかない今になっても、はにかむように微笑む、うつむきがちなヤスミの微笑みが忘れられないでいる。
レジナードは明日、処刑されることを知っている。
何度も他国の領地に攻め入り、国にとって大切な巫女までもを失った罪は、この命であがなわなければならないそうだ。
だが、ヤスミを失ったレジナードはこれからどうやって生きていけと?
レジナードにとって、むしろ処刑という結果はありがたいくらいだ。
今、即位した新しいヨヌイールチの王は新アテル派と聞いている。これからヨヌイールチは変わっていくのだろう。ヤスミとレジナードが築いた国は音を立てて崩れていく。レジナードに未練はない。
レジナードは、肌身離さないでいた首飾りを、服の下からするりと引き出した。
ヤスミと揃いの、燃えるような赤い宝玉のついた首飾りだ。
「ヤスミ、待っていろ、すぐに俺も行くからな」
ヨヌイールチ
アテル王国の隣にある国。
アテル王国とは仲が悪く、時折戦争になる。
国王→レジナード
武器→炎の剣、
精霊→水木 康美みずき やすみ




