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渡瀬



レイちゃん……いや……浦浪……違う、うららちゃん。


お隣に住む女の子。

おれにとって、可もなく不可もなく、好きでも嫌いでもなく、ただの幼なじみってだけの女の子だった。


高校に上がってからのうららちゃんは、中学校に入った頃から仲良くなったらしい田村さん……いや……アオイ……とぐいぐい絡んできた。俺たち三人はどうしてか当時流行りだったゲームを一緒にやったり、異世界を旅したりした。


異世界の王子様とうららちゃんが結婚したって聞いた時は、あまりにも物語じみてて笑った事を覚えている。


ぼんやりと俺は窓の外、家から見える早朝の公園で型の練習みたいな事をやってるうららちゃんを眺めてた。

いつぐらいか知らないけど、『特訓』をうららちゃんは日課にしてる。


お?止まった。


ぴたっ、とちょっとの間だけ動きをやめたうららちゃんがゆっくり辺りを見回して、そしてスマホを手に取り何かを確認してる。


今日は朝練習を中断するらしい。


家に戻っていくうららちゃんが俺のほうを見上げる事は無かった。


××××××××


高校に入ってしばらくしたくらいの時期から、うららちゃんはちょっと変わったと思う。どこ?て聞かれたらわからないけど、ちょっとしっかりしたっていうか。


……いや、しっかりなんてしてないな。

ぎゃーぎゃーわめいたり、あの行動は幼稚園児とそう変わらない。 中学校に入った頃から、俺とうららちゃんは一緒にいることが少なくなった。たぶん、俺の母親のほうがうららちゃんとは親しかった筈だ。


でも俺とうららちゃんはただの幼なじみ。そんなの、当たり前だろ。


だから、高校が一緒だと知った時は驚いた。


俺は近場だから、そこに通っておけばいいやって感じにその高校を選んだ。ちなみにその頃女子に人気があったのは二つ隣の駅から通える、制服がかわいい高校だ。

うららちゃんならそっちに通うと思ってたんだけどな。


高校二年の文化祭の時はクラスが別れていたのに手伝ってもらった。俺は、異世界で既に王子様と結婚してるこの幼なじみに、恋心を抱いていたのだとその頃やっと気がついた。



××××××××


「あのさ」


うららちゃんのバイト先はうちのケーキ屋だ。客がいない時を見計らって、店に入る。うららちゃんは男性バイトと話をしながらガラスケースを拭いてるところだった。


「ん?なぁに?しんちゃん」


うちのケーキ屋って、女の子はギンガムチェックの三角巾に、フリフリのエプロンを着けることになってる。ちなみに男性バイトはコックコートと紺色のエプロンだ。


「明日、映画一緒に行かない?」


同じギルドで知り合ったコーガイが、明日アオイとデートするって言ってた。……てことは、いつもだいたいアオイと行動してるうららちゃんは予定が空いてる筈だ。


最近、うららちゃんがやたら可愛く見える。実は何人かが彼氏の座を狙ってるらしい、とアオイから聞いてる。

今も、福本っていうバイトの男がへらへら笑いながらうららちゃんに話しかけてた。


「……ゴメン。今月、カラオケとかいろいろ遊び過ぎたからお金無いの」


ちょっとだけしゅん、としたようなうららちゃんに、俺はサッと映画の前売り券を出して見せる。


「おごる」


「ホント?いいの?」


パアッとうららちゃんの表情が輝いた。漫画だったら効果線がついてるとこだ。でもそれからすぐに肩を落とす。 手に持ってたスプレーを布に吹きかけ、ガラスケースを拭く動作を再開した。


「でも、この前もしんちゃんにジュースおごって貰っちゃってた気がする……」


テレビやなんかでけっこう話題になってたし、前からうららちゃんが見たがってたっていう映画だ。チラチラこっちを見ながら手を動かすうららちゃんが、誘惑と戦ってるのがよくわかる。


店に飾ってあるからくり時計が六時の音楽を奏でる。その音が、店内放送のBGMと混じる。


「じゃ、さ。今月のバイト代が出たら、その時にカラオケか何かを俺におごってくれたらいいよ」


「うん、じゃぁ、それでっ!しんちゃん、ありがとう!」


俺はデート二回分の約束を取りつけることに成功した。


××××××××


「それでね、レリオが山に行くって言うから、アタシも一緒に行ってきたの」


大学に進学すると、同じ学校に居たとき程は一緒の時間をなかなかとれなくなった。

だから俺は『向こうの世界の話を聞きたい』とスマホでメッセージを送る。仕事帰りになら、と言ったうららちゃんは今日も俺の部屋に来た。


「へぇ、二人きりで行ったの?」


俺の部屋に勝手に増えてくぬいぐるみ。それは俺でさえ抱き抱えるサイズの代物だ。カピバラとおぼしきぬいぐるみにしがみつくような格好をしてたうららちゃんは、そこで嫌そうな顔をする。


「アラステアさんがムリヤリついてきた」


だろうな、と俺は笑った。うららちゃんの話を聞く限り、あっちの世界での夫婦仲は良好そうで、たぶん誰にも入り込めない。


「……無理矢理って言えばさ」


ぬいぐるみから離れたうららちゃんはホットコーヒーにスティックシュガーを入れて、スプーンでくるくるかき混ぜる。うららはミルクを入れない主義だから、最初から出してない。


「最近、しつこいお客さんがいて、困ってるんだよね」


俺も母さんからその話は聞いてる。時間的に、俺の部屋の窓から見える公園は暗く見える。街灯に照らされる範囲に人の気配は無さそうだった。


「この前、無理矢理アタシの家に入ってこようとしてね、めちゃめちゃ怖かった」


それは、と俺は息を飲む。


「誰かはわかってるんだよな?警察には」


「言ったけど、見回り増やす事くらいしかできないって」


まぁ、よくある話だ。いくら警察官が親身になってくれても、ボディーガードじゃない。限界がある。


「もー、どうしよーっ!今度お母さん、出張あるって言ってて、その頃アオイはアメリカだし、他の子もみんな都合つかないしーぃっ!」


はぁぁぁぁ、と大きくため息をついて、うららちゃんはコーヒーを口に運ぶ。コーガイはアメリカに転勤になり、アオイは留学の下見と称して会いに行くらしい。


「たまに、こっちでも、あっちみたいに戦えないかな?て思うんだよね」


あっちではできることがこっちじゃできないのがちょっとね、と呟いて、うららちゃんはコーヒーカップをテーブルに置いた。


「じゃあ、うちに泊まれば?」


俺は冗談半分、本気半分で提案してみた。部屋が余ってるって訳じゃないけど、俺と父さんが一緒の部屋で寝て、母さんとうららちゃんが一緒の部屋で寝ればいい。


「……それ、いいかも」


「母さんたちに相談していいって言ってもらえたら、だからな?」


「わかってるって」


そんな事を話してるうち、うららちゃんのスマホが光った。


「お母さん、駅に着いたって。アタシも帰るね」


「送るよ」


「ありがと。でもすぐそこじゃん」


だからいいよ、と言ってうららちゃんはひとりで帰ろうとする。


「これ、片付けるついでだから」


俺は二人分のコーヒーを手に持った。


俺の家は一階が店舗兼倉庫兼従業員スペースで、二階が自宅エリアだ。コーヒーカップを台所に置いて、二人で表に出る。


「アオイが帰国したら、花火しないか?」


そこの公園で。と続けようとしたら、男とばっちり目が合った。確か、俺たちが高校生の時にバイトでうちの店に来てた男だ。


「浦浪さん」


「福本くん……」


うららちゃんは警戒しながら半歩後ずさった。

福本、と呼ばれた男は一歩こっちに進んでくる。


「浦浪さん、今日こそは返事をください」


うららちゃんはまた後ずさる。福本はまた一歩近寄る。 うららちゃんは完全に怯えてるみたいな感じだし、福本ってやつは目付きが変だ。

まともに話が通じるかどうか、ギリギリって気がする。


とん、と後ずさるうららちゃんの肩が俺にぶつかった。

うららちゃんが俺を見上げ、ガッ!と俺の腕をロックした。


「ごめんね福本くんアタシこの人と付き合ってるのもしかしたらそのうち結婚しちゃうかもしれないくらい愛し合ってるのだからごめんねアタシのことはきっぱりさっぱりあきらめてくださいっ!」


うららちゃんは一息で言った。俺が柔らかさに気をとられてる隙に言い切った。言い切ったあとに息切れしてるのがうららちゃんらしさの現れだ。


「えっ」


「え?」


「……ええ!?」


「そう……なんだ……そっか……」


そうなんだ。と最後に言ったのが福本だ。

福本はとぼとぼと帰って行った。暗い公園へ消えてった。


「うららちゃん。これ、どうすんだよ」


場所を考えてくれ、と俺は思う。

開け放った窓から身を乗り出してる俺の両親。

路上で満面の笑みを浮かべるうららちゃんの母親。


「やっば……」


うららちゃんの目が泳ぎまくってる。


「別に、俺なら構わないけど」


俺はうららちゃんの耳に囁いた。


「え、でも、だって、ほら、」


うららちゃんの耳に、俺はまた囁く。


「『あっちの世界』を理解できるの、俺しか居ないだろ?」


はしゃぎまくった俺の両親は婚約祝いケーキを作って近所に配り歩いた。

久しぶりに帰宅した、海外出張ばっかりのうららちゃんの父親は泣きながら怒って笑うという器用なことをやってみせた。

うららちゃんの母親は結婚式場を押さえ、アオイの母親はウェディングドレスを縫い始めた。


そしてうららちゃんの名前は『渡瀬 麗』になった。


しんちゃんと、うららちゃんが結婚するまでの流れをさらっと。


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