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世界最後のらぶあんぴーす

1月××日(火曜日)

 やべえ。昨日食ったもんに当たっちまったのか腹がいてえ。死んじまいそうだ。三十四年の人生で一番の痛みだ。

 それでも日記を書く俺はなんて律儀なんだ。

 誰にあてた文章でもないってのがミソだ。こんな終末世界で、他人ひとの文章なんざ誰も読まねえだろ。なのに日記を書いてる俺はかなりキレてるぜ。これこそ表現者の姿ってやつだ。

 そう、俺はこんな世界でも詩をつづり歌い続ける、まさにクールなシンガーソングライター。ファンにやられて死んじまったやつらより、俺の方がまさしく本物。歌い続けるイケメン俺様。


 ……それにしても腹がいてえ。今日何度目のおトイレタイムだよ。そろそろケツもいてぇし、もう出すもんなんか残ってねーだろ。つーか勢い余って腸まで出てくんじゃねーかこれ。


 ちくしょう。カビの生えた素麺でも、湯がけば白くなるから食べられると思ったのが間違いだったのか。




1月××日(水曜日)

『世界最後のらぶあんぴーす』 作詞作曲:安藤俺様


 らぶあんぴーす らぶあんぴーす

 世界の終わりにゃ愛が溢れて

 らぶあんぴーす たくあんぷりーず

 溢れたラバーズ 世界が沈む


 へいへいキミタチ どこにいくんだい

 こんな世界で長生きかい

 健康増進 長寿であっぱれ

 そんなの言える 世界かい


 ラブが世界を狂わせて

 エマージェンシー クライシス

 そんな世界で 俺様は

(そうだ 今こそ愛を叫ぼう)


 らぶあんぴーす らぶあんぴーす

 お前ら愛しあってるかい

 らぶあんぴーす 安藤ペース

 愛が世界を0ラブにしても


 愛が欲しけりゃ命を差し出せ

 命が欲しけりゃ愛を捨てろ



 ……やべえ。寝起きで思いついた歌だがケッサクだ。一見イミフな歌詞が最高にクール。「愛」のラブと「ゼロ」のラブをかけてるところとか頭良すぎんだろこれ! 昔ちょっとテニスかじっといてよかったぜ。

 あと、「安藤俺様」ってすげーいいネーミングだよな。忘れられない、言いやすい、ゴロもいい。最っ高だ。最っっっ高!

 昔のバンド仲間とは疎遠になってるから、ついソロで歌う曲ばっか考えちまうな。でもこれ、ドラムもベースもいらねーよ。どう考えても弾き語り、俺様専用曲だ。「この世界」でソロ曲を発表するなんて鋼の精神すぎるだろ俺様カッケー!!

 コードとメロディ、もうちょいちゃんと考えっか。あと二番の歌詞。「マリッジリング」って単語もどっかに入れてえな。


 世界さえ終わってなけりゃ、全世界に配信されてもおかしくない曲だったのになー。

 でも、世界が終わったからできた曲でもあるわな。




1月××日(木曜日)

 くそっ、ついにトイレットペーパーがきれた。誰か持ってきてくれねーかな。腹の調子もそんなにいい訳じゃないんだ。ビチビチじゃねーけどユルユルだ。

 ペーパー探してそろそろ移動すっか。ひとが多いところねーかな。人ごみを見つけ次第、ストリートライブやってやんぜ。一日中叫びまくりの歌いまくり! 爆音騒音ひきつれてやる!


 ……ま、深夜でも早朝でも、大声で怒鳴っても、だれも文句言わねーし警察に通報されることもねーけどな。


 昔はよく母ちゃんに怒られたなー。ご近所に迷惑でしょ早く寝なさい! なんつって。だから俺様はいつも海に向かって、もしかしたら海の中にいるのかもしんねー父ちゃんに向かって歌ってたわけだが。

 ……母ちゃん、元気にしてんのかな。

 仮に死んでゾンビになってるとしても、俺のところまで来るかなあ。あのド田舎からここにくるまで何か月かかるんだよ。夜通し全力で走ったとしても所詮ゾンビだろ。俺のところにたどり着く前に腐りきっちまうんじゃね? いや、真冬だし腐るスピードもマシなのかな。よくわかんねー。


 ま、いーや。ゾンビになった家族なんざ見たくねーし、俺はまだまだ死にたくねー。

 それよか音楽だ。

 音楽は腐らねえ! 賞味期限もねえ!

 食いもんもちょっとは音楽を見習えっつーの。




1月××日(金曜日)

 なかなかいい感じに人がかたまってる場所を見つけたぞ。駅前……てことはこいつらどっかに逃げるつもりだったのかな。それが全員ゾンビになっちまって。

 あの二人は親子っぽいな。ガキの方が母ちゃんを噛んだのか。あーあーあー。まあ俺も、多少は母ちゃんに愛情もってるしな? ガキの気持ちも分からんでもない。

 ……ほんと、ゾンビばっかの世界になっちまったな。

 ま、ゾンビだろうと構わねえ。俺の歌を聞け! 今回の新曲はマジ! ゾンビだって心震えて踊りだすに違いねえ! 俺のソングでゾンビがくねくねダンスするに違いねえ! すんばらしい歌声で踊らせてやるぜ、ゾンビ!



 ――想像してみたらヘビつかいみたいだな俺。




1月××日(土曜日)

 新曲の歌詞づくりに一日ついやす。

 よく考えてみたんだが、「たくあんぷりーず」はいらねーかなあ。

 なんつーか、世界観にまぐわってないよな。

 ……あれ、「そぐわう」だったか? 「そぐう」? まぐわうって違うっけ?


 いや、構やしねえ。表現者に大切なのは、多少おかしくても伝わるハートってやつだ。文法とかそういうのは学生に任せとけばいいんだ。そーゆー技術的なのが違ってても、言いたいことが伝わりゃそれは良い詩だ。多分。

 話戻すけど、「たくあんぷりーず」ってこの世界となんか違うよな。他にいい歌詞ねーかな。

「らぶあんぴーす」に似た単語がいいな。

「ぐりんぴーす」は違うしなあ。


 飯食いながら考えるか。今晩はゴージャスに、レトルトの「カレーマッシュ」にするべ。母ちゃんのカレーにはかなわねーが、これはこれでマッシュルームめっちゃ入っててうますぎな。

 ……待て、「たくあんぷりーず」じゃなくて「まっしゅあんるーむ」ってどうだこれ。



 いややはり、世界観にまぐわってない。




1月××日(日曜美)

 フリーターしてたころから思ってたんだが、日曜日の「び」は「美」のほうがしっくりこねえか。休みの日ってふつくしいだろ。

 今日は朝からライブ。ゾンビラバーズども、安藤俺様の歌に感動しすぎてぴくりとも動かねえ。人の時をとめる男、安藤俺様。……しかし、ちったあ歌の感想言ってくれてもいいんだぜ。俺様とハートで会話してくれてもいいんだぜ。


 そういやこの曲、マリッジリングって単語を入れようと思って忘れてんな。もういっそ、「マリッジリング」で違う曲つくるべ?



 マリッジリング ~世界を壊す永遠の誓い~


 ……やべえ、そっきょーで書いたのにすでにそれっぽいとかありえねえ。むしろ映画にでもなりそうなタイトル。映画になるとしたら最初はそうだな……結婚式の式場うつすんだよ。「永遠の愛を誓いますか? 誓います」みたいなアレ。んで、誓いのチューってなったときに、花嫁が新郎の首に噛みついて血がぶしゅー! 周囲が「きゃー!」

 そこでタイトルばばーん。


 マリッジリング ~世界を壊す永遠の誓い~


 ……やべえ俺、映画監督の才能もあるとか恐ろしすぎるだろ。

 これ絶対続編もいけるパターンだ。サブタイトル変えりゃいいんだよ。


 マリッジリング2 ~愛歌うサバイバー~

 マリッジリング3 ~世界の終わりに愛死あう~


 ……そんでもちろん、こうするよな。


 主題歌・挿入歌:安藤俺様


 ――やべえ。俺という人間はなんて最強なんだ。なんでつい最近までフリーターしてたのかワケ分かんねえくらいの才能。映画監督にすらなれる男だぞ!?

 ちくしょう、わくわくすんなあ。さっそく歌うぜ!

 田舎の母ちゃん、見てるか! つーか生きてるか!

 俺は終末世界でも歌う、最高な男前だ! 母ちゃんのいるところまで歌声を響かせてやるぜ!


「たくあんぷりーず」はこのままでいいや。いいのが浮かんだらそっこー削除な。




1月××日(月曜日)

 今日は珍しいことがあった。

 俺以外の生存者と出会ったのだ。

 今日も今日とて俺が歌っていると、そいつらはやってきた。駅に向かうつもりなのかは知らねえが、駅方向に歩いていた。この世界で、男女ペアで、まだ生きてるとかどんだけ強い二人組なんだよと心の底から思ったもんだ。


「見て、かんばやしくん。歌ってる」


 女が男のリュックを引っ張った。千円未満で売ってそうな安物の黒いリュックに、小さなフライパンとカップをぶらさげている。男が物珍しげな目をこちらに向けた。……女よりちっとばかし年上のようだ。大学生くらいか。気が弱いっつーか頼りなさそうっつーか、「今にも死にそうな男」って印象の野郎だった。ひょろひょろで、色白。黒とか紺の制服を着たら、余計に生気がなくなるタイプの顔色だ。だというのに黒の防寒ジャンパーを着てるもんだから、そりゃあもう死人よりも死人らしい。


「すごいすごい、こういうの久しぶりに見たー」


 のんきな声で話し続けてるのは女の方。この世界でいまだに制服着てるあたりにセンスを感じる。死に装束に制服選ぶとか、どんだけ縛られる人生送ってきたんだこいつ。

 そんな女だが、顔色は悪くなく、顔自体も悪くはなかった。制服プレイで終末世界を歩く根性があるなら、ドンキかどっかでミニスカナースも調達すべきだと思う。

 女は警戒心ゼロみたいな表情で俺に近づいてきた。背後で男が「あさくらさん、あさくらさん」とこっくりさんを呼ぶガキみてーに囁いてる。

 かんばやしくん、あさくらさん。

 名字でさん付けとか、こいつら付き合い始めて三十分か? どうなってんだ。



     *


「おにーさんが作ったの? さっきの変な曲」


 女子高生の言葉に、浮浪者のようないでたちの男はむっとした。自身の最高傑作を「変」で済まされたことに不満があるらしい。

 しかし、女子高生はどこまでもマイペースに、先ほど聞いたばかりの「変な曲」を歌い始めた。

 らぶあんぴーす、たくあんぷりーず。

 作曲者である男が、たくあんの部分で何とも言えない表情をした。


「いい曲だね、変な曲だけど。覚えやすいし」

「…………」

「新型ウイルスのことを歌ってるんだ?」

「…………」

「こんな世界になっても新しい音楽つくるってすごいね。プロだ」


 女子高生をとめようとしていた青年が、大きなため息をついた。


「すみません、悪気はないんです。ただ彼女――」

「もっと聴くか」

「え?」

「俺の歌。もっと聴きたいか」


 男の言葉に青年は絶句した。正直に言うのであれば、アンコールしたいと思えるような歌詞でも曲でも歌声でもなかった。

 しかし、


「うわあ聴く聴く! アンコール、アンコール!」


 女子高生は嬉しそうに手を叩いた。男は必要以上に胸を張り、「変な曲」と称されたそれを歌い出す。


 らぶあんぴーす らぶあんぴーす

 世界の終わりにゃ愛が溢れて

 らぶあんぴーす たくあんぷりーず

 溢れたラバーズ 世界が沈む


 皮肉なのか称賛なのかよく分からない歌だ、と青年は思った。女子高生の言う通り、確かに「この世界」をうたった曲ではあるが、何を言いたいのかは皆目見当もつかない。作った本人も分かっていないのではないか。青年は男を見た。

 男は、楽しそうに歌っていた。

 そこに悲壮はなかった。たとえば、こんな世界で生き延びてしまったこと――誰からも愛されていない事実をうれうような表情はしていない。恐らくは、自分と正反対の顔だろうと青年は思った。

 しかし。


 現状を嘆かない生存者が、この世界にいるだろうか。



     *



 ――母ちゃんどうしてっかな。

 若者を見てババアを思い出すのもどうかと思うが、目の前で手を叩く女子高生を見てまっさきに思い出したのは田舎の母ちゃんだった。幼い頃、おもちゃのギター片手に適当な曲を歌う俺を褒めてくれた母ちゃん。

 ……死んじまったのか。まだ生きてんのか。

 色々と残念な人生を送ってる俺には彼女なんてもの存在してないが、母ちゃんはいる。最愛の人間つったら間違いなく母ちゃんだ。漁師の父ちゃんが海に飲まれて行方不明になったあと、毎日海を眺めに行ってた母ちゃん。一人で俺を育ててくれた母ちゃん。

 死んじまったのか。まだ生きてんのか。


 らぶあんぴーす らぶあんぴーす


 最愛の人の「今」すら知らないのに、愛と平和を歌っている俺はただの馬鹿だ。

 つーか。歌ってばっか、逃げてばっかの恥ずかしー野郎だ。

 確認すんのが怖いんだ。死んでる母ちゃんを目の当たりにするのが嫌なんだ。けど俺だって本当は、誰かを愛したい。誰かに愛されたい。母ちゃんにも会いたい。でももしも、母ちゃんがゾンビになってたら。

 ……俺。

 自分が死ぬのも、怖いんだ。



 愛が欲しけりゃ命を差し出せ

 命が欲しけりゃ愛を捨てろ


 選べずじまい 根性なしの 根無し草



「――いい曲だね。いつかCD出たら買うよ」


 女子高生は曇りのない目でそう言った。本当に、嘘なんて微塵も混ざっていませんって目だ。どうやったらそういう目になれんだよ。こいつの前世は犬か小鳥か?

 ツレの男を見やる。あからさまに「変な曲」って顔だ。あと、「こんな世界でCDなんか出せないだろうに」って顔。

 ったく、夢のねえ男だ。俺みたいに、終末世界でも夢を追い続ける野郎になれよ。

 女子高生は「本当は今日のおやつだったんだけど」と、俺のギターケースに赤色のキャンディを一粒いれた。いちご味か。ついてんな、俺が一番好きな味だ。


「おにーさん、ここに住んでるの? それとも旅の途中?」


 相変わらず小型犬みたいな目をして女子高生。

 ピックを弄びつつ俺は言う。


「時空の旅人だ。歪んだ時を歩く」

「あ、そうなんだー」


 ……頼むからそこナチュラルに反応すんなよ、こっちのが対応に困るだろ。

 ツレの男を見やる。「うわー」って顔だ。「いたーい」って顔だ。そういう反応求めてたんだよ俺だって!


「んじゃ、これからも頑張ってね」


 女子高生はそう言うと、俺のそばからさっさと離れようとした。なんつーか……生者にあんまり関心ねーのかこいつはよ。普通もうちょっと話そうとか思わねえか? せめて夕食一緒にしようとか思わねえのか? ゾンビだらけの世界で、つもる話とかあるだろ普通。

 でも分かる。

 この二人は、……少なくとも女子高生のほうは、慣れてんだ。

 そうやって、なんでもない顔でなんでもないふりをして、「この世界」を歩くのに。


「――なあ、ねーちゃん」


 よびとめると、女子高生は振り返った。そして言った。


「あたし、おにーさんよりは年下だと思うけど。ね、かんばやしくん」


 いやそういう意味の「ねーちゃん」じゃねーよ。


「……あのよ」


 お前らみたいな若者は。


「誰からも愛されずに生きていくのと、愛と引き換えに死んじまうの。……あるいは愛を確認してから、自らの手でそれを殺すの。どれがいいと思う?」


 女子高生はぽかんとした顔をこちらに向けた。男のほうは、ただでさえ死んじまいそうな顔からさらに気力が抜けた。


「……変な質問」


 女子高生が笑った。感情のこもっていない笑顔で。


「――ちなみに。かんばやしくんはどれがいいの?」


 女子高生が軽い口調で話を振る。男は力なく首を振った。迷っているのか、答えたくないのか。その仕草からは分かりかねた。

「あたしの答えは、おにーさんの答えにはならないけどね」と女子高生は肩をすくめた。


「その質問、あたしからすれば破綻してるよ」

「あ?」

「選択肢のある質問って、回答者が『選べる状況にいる』のが絶対条件でしょ?」


 ……女子高生ってのは。

 電車なんかじゃ、ただただうるせーガキのくせに。


「もしもあたしがその答えを選べるならね。――あたしはもう、この世にいない」


 終末世界では、こんなきれいに笑える生き物なのか。




 らぶあんぴーす らぶあんぴーす

 お前ら愛しあってるかい


 ……我ながら作曲の才能があるぜ。口ずさみながら歩くにはぴったりだ。

 もらったばかりのキャンディを口に放り込み、手持ちを確認する。

 水よし。食料よし。寝袋よし。

 歌よし。

 ここからあのド田舎まで、どんくらいかかるかな。どっかにバイクでも転がってねーかなあ。


 らぶあんぴーす 安藤ペース


 三十四歳男。徒歩で母親に会いに行くハートフル野郎。

 さて行くか。


 世界が0ラブになろうとも 俺の愛情無限大



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